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第二章 運命が動き始める
二つの結婚式
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結婚式の日は、快晴だった。
王都の大聖堂で、二組の結婚式が同時に執り行われる。片方はリリアーナとアンリ、もう片方はエリアナとアレクシス。
準備をしながら、エリアナは鏡を見た。
母のウェディングドレスを着た自分。髪は丁寧に結い上げられ、首には琥珀色のネックレスが輝いている。
「お嬢様、本当にお美しい」
マルタが、涙を浮かべて言った。
「ありがとう、マルタ」
エリアナは微笑んだ。この一か月で、少しだけ笑顔が戻ってきた気がする。
扉が開き、リリアーナが入ってきた。彼女は豪華なドレスに身を包み、宝石で飾り立てて、まるで妖精のようだ。
「お姉様、準備はできて? あら、そのネックレス、どうしたの?」
リリアーナは目ざとく気づいた。この五年間というもの、エリアナは新品の何かを買ってもらったことがない。ウェディングドレスさえ母のお古だ。だから、美しいネックレスの存在は、妹の注意を引かずにはおかなかった。
「これは……アレクシス様から、いただいた婚約の印です」
「まあっ」リリアーナは、一瞬だけ目を細めた。「悪魔公爵にしては、意外と気が利くのね。でも、わたくしがアンリ様からいただいたダイヤモンドの方が、ずっと高価よ」
そう言って、彼女は首にかかった大きなダイヤモンドのネックレスを見せびらかした。
エリアナは何も言わなかった。
価値は、値段だけで測れるものではない。
このネックレスは、アレクシスが自分のために選んでくれた。それだけで、エリアナには何よりも大切なものだった。
屋敷の正面玄関を出て、大聖堂への馬車に乗る時、父が短く言った。
「エリアナ、この先も、フォンティーヌの名を汚すような真似はするな。公爵に離縁されても、おまえには戻る家はないぞ。心得ておけ」
それだけ。
祝福の言葉も、幸せを願う言葉もない。
エリアナは、もう何も期待していなかった。
大聖堂は、多くの貴族で埋め尽くされていた。片側にはリリアーナとアンリ、反対側にはエリアナとアレクシスが立つ。
人々の視線は、ほとんどがリリアーナに注がれている。「百年に一度の美少女」の結婚式を、皆が見たがっているのだ。
エリアナの式は、まるで添え物のよう。
でも、エリアナはもう気にしなかった。
なぜなら——
アレクシスが、そこにいたから。
彼は黒いタキシードに身を包み、まるで闇から抜け出したかのよう。申し訳ないが、悪魔公爵と呼ばれるのも無理はないと思えてしまう。その青い瞳が、エリアナを見つめていた。
神父の言葉が響く。
「アレクシス・ヴァルモント、汝はこの女性を妻とし、良き時も悪しき時も、共に歩むことを誓うか」
「誓う」
アレクシスの声は、明確で力強かった。
「エリアナ・フォンティーヌ、汝はこの男性を夫とし、良き時も悪しき時も、共に歩むことを誓うか」
エリアナは、アレクシスの瞳を見つめた。
そこには、冷たさだけではない何かがあった。
「誓います」
彼女の声は、小さかったけれど、確かだった。
「では、指輪の交換を」
アレクシスが、エリアナの左手を取った。そして、銀の指輪を、そっと指にはめた。
エリアナも、震える手で、アレクシスの指に指輪をはめた。
「誓いのキスを」
神父の言葉に、エリアナの心臓が激しく跳ねた。
アレクシスが、ゆっくりとエリアナに近づいた。
そして、彼の唇が、エリアナの唇に触れた。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬が、永遠のように感じられた。
彼の唇は、温かかった。
氷のような男だと思っていたのに。
キスが終わり、二人は離れた。
会場から、拍手が起こった。でも、その多くはリリアーナとアンリに向けられたもの。
エリアナには、周囲のことなど、どうでもよかった。
誰が祝ってくれようが、祝ってくれなかろうが。これはアレクシスと彼女との結婚式だ。二人さえいれば、それでいい。
たとえ両親でさえ、リリアーナたちの方しか見ていなかったとしても。
傍らに立つアレクシスが、彼女の手を強く握ってくれている。
「これから、よろしく頼む。エリアナ」
彼は小さく囁いた。
「こちらこそ……アレクシス様」
エリアナは、初めて心から大きく微笑んだ。
王都の大聖堂で、二組の結婚式が同時に執り行われる。片方はリリアーナとアンリ、もう片方はエリアナとアレクシス。
準備をしながら、エリアナは鏡を見た。
母のウェディングドレスを着た自分。髪は丁寧に結い上げられ、首には琥珀色のネックレスが輝いている。
「お嬢様、本当にお美しい」
マルタが、涙を浮かべて言った。
「ありがとう、マルタ」
エリアナは微笑んだ。この一か月で、少しだけ笑顔が戻ってきた気がする。
扉が開き、リリアーナが入ってきた。彼女は豪華なドレスに身を包み、宝石で飾り立てて、まるで妖精のようだ。
「お姉様、準備はできて? あら、そのネックレス、どうしたの?」
リリアーナは目ざとく気づいた。この五年間というもの、エリアナは新品の何かを買ってもらったことがない。ウェディングドレスさえ母のお古だ。だから、美しいネックレスの存在は、妹の注意を引かずにはおかなかった。
「これは……アレクシス様から、いただいた婚約の印です」
「まあっ」リリアーナは、一瞬だけ目を細めた。「悪魔公爵にしては、意外と気が利くのね。でも、わたくしがアンリ様からいただいたダイヤモンドの方が、ずっと高価よ」
そう言って、彼女は首にかかった大きなダイヤモンドのネックレスを見せびらかした。
エリアナは何も言わなかった。
価値は、値段だけで測れるものではない。
このネックレスは、アレクシスが自分のために選んでくれた。それだけで、エリアナには何よりも大切なものだった。
屋敷の正面玄関を出て、大聖堂への馬車に乗る時、父が短く言った。
「エリアナ、この先も、フォンティーヌの名を汚すような真似はするな。公爵に離縁されても、おまえには戻る家はないぞ。心得ておけ」
それだけ。
祝福の言葉も、幸せを願う言葉もない。
エリアナは、もう何も期待していなかった。
大聖堂は、多くの貴族で埋め尽くされていた。片側にはリリアーナとアンリ、反対側にはエリアナとアレクシスが立つ。
人々の視線は、ほとんどがリリアーナに注がれている。「百年に一度の美少女」の結婚式を、皆が見たがっているのだ。
エリアナの式は、まるで添え物のよう。
でも、エリアナはもう気にしなかった。
なぜなら——
アレクシスが、そこにいたから。
彼は黒いタキシードに身を包み、まるで闇から抜け出したかのよう。申し訳ないが、悪魔公爵と呼ばれるのも無理はないと思えてしまう。その青い瞳が、エリアナを見つめていた。
神父の言葉が響く。
「アレクシス・ヴァルモント、汝はこの女性を妻とし、良き時も悪しき時も、共に歩むことを誓うか」
「誓う」
アレクシスの声は、明確で力強かった。
「エリアナ・フォンティーヌ、汝はこの男性を夫とし、良き時も悪しき時も、共に歩むことを誓うか」
エリアナは、アレクシスの瞳を見つめた。
そこには、冷たさだけではない何かがあった。
「誓います」
彼女の声は、小さかったけれど、確かだった。
「では、指輪の交換を」
アレクシスが、エリアナの左手を取った。そして、銀の指輪を、そっと指にはめた。
エリアナも、震える手で、アレクシスの指に指輪をはめた。
「誓いのキスを」
神父の言葉に、エリアナの心臓が激しく跳ねた。
アレクシスが、ゆっくりとエリアナに近づいた。
そして、彼の唇が、エリアナの唇に触れた。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬が、永遠のように感じられた。
彼の唇は、温かかった。
氷のような男だと思っていたのに。
キスが終わり、二人は離れた。
会場から、拍手が起こった。でも、その多くはリリアーナとアンリに向けられたもの。
エリアナには、周囲のことなど、どうでもよかった。
誰が祝ってくれようが、祝ってくれなかろうが。これはアレクシスと彼女との結婚式だ。二人さえいれば、それでいい。
たとえ両親でさえ、リリアーナたちの方しか見ていなかったとしても。
傍らに立つアレクシスが、彼女の手を強く握ってくれている。
「これから、よろしく頼む。エリアナ」
彼は小さく囁いた。
「こちらこそ……アレクシス様」
エリアナは、初めて心から大きく微笑んだ。
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