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第六章 陰謀
思いがけない非難
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「伯爵、入るがよい」
王の言葉に応じて入室してきたのは、エリアナの父であるロベール・フォンティーヌ伯爵だった。
継母のマルグリットと妹のリリアーナも一緒だ。
伯爵の背後から、従者が銀盆を捧げ持って現れる。盆の上には、厚手の羊皮紙の束と、黒革装丁の帳簿――さらに別の従者が、両手で抱えるほどの木箱を運んでくる。
「フォンティーヌ伯爵より、極めて憂慮すべき事案の報告があった。密輸――禁制物資の不法取引についての告発である」
王の言葉は、まったく思いもかけないものだった。
エリアナはあっけにとられた。
猛烈にいやな予感がする。傍らに立つアレクシスの手を、固く握りしめた。
「伯爵、ここにて明らかにせよ」
「ははっ」
ロベールは恭しく頭を垂れると、銀盆から一枚の契約書を取り上げた。
それを高く掲げ、王が見えるように角度を変える。
「これは、南方貿易ギルドとの間で取り交わされた『南海諸島航路における特別物資供給契約書』にございます。取引品目は『希少鉱石』『霧薬草エキス』『特級魔導触媒』……いずれも、わが国からの輸出が禁止されている禁制品です。これらを国外へ売りさばけば、莫大な利益を得ることができるでしょう」
読み上げながら、ロベールはわざとゆっくりと紙をめくる。厚い羊皮紙には、細かな文字が隙なく並び、その隅――透かしには、見慣れた紋章が浮かび上がっていた。
ヴァルモント公爵家の、鷲と月桂冠の紋章だ。
「売主の名義は――ヴァルモント公爵家。署名は、公爵家執事セバスチャン・リュディア。印もまた、公爵家の公式封蝋にございます」
ロベールは堂々たる態度で言い切った。
「そ、そんなはずは……」
エリアナは小さくつぶやいた。
アレクシスは不正取引などする人ではない。
何か恐ろしいことが起きている気がして、脚が小刻みに震える。
ロベールは契約書の束を従者に渡し、今度は黒革の帳簿を持ち上げた。表紙の端には、やはりヴァルモント家の紋章が焼き印されている。
「この帳簿には、十年にわたる取引の収支が記されております。南方ギルドよりの入金、禁制物資の売却益、そして……港湾役人への賄賂の支払いまで」
ぱらぱらとページをめくるたび、インクで黒く汚れた数字がちらりと見えた。
その数字の脇には、見慣れた略号――執事セバスチャンのサインに似た記号が、いくつもいくつも記されている。
エリアナは、胸に冷水をかけられたような心地がした。
(そんな……セバスチャンが、そんなことを?)
信頼してきた家人の名が、黒く汚れた文字として並んでいる。めまいがした。
「さらに、南部港湾税関の台帳と船荷証券の写しもございます」
別の書類が持ち上げられ、官吏が前に進み出る。
彼はこわばった顔つきで敬礼し、王の前にひざまずいた。
「税関職員、ヨアン・ブライスにございます。ここに証言書を……」
税関印と魔術印が押された証言書が示され、その内容が読み上げられる。
「――ヴァルモント公爵家名義の通関手続きが、過去数年にわたり反復継続して行われていたことを、このヨアン・ブライスは確かに見聞した……」
エリアナの耳には、もう言葉が遠く響いているだけだった。
その証言を裏打ちするように、騎士団長が一歩前に出て、木箱の蓋を開く。
黒く鈍く光る鉱石が、燭光を受けて不気味な輝きを放った。
希少鉱石ロクサロイドだ。見間違いようがなかった。
箱の側面には、やはり、鷲と月桂冠の紋章が刻まれている。
「先日、南部港倉庫を急襲した際に押収した品です。箱にはヴァルモント公爵家の紋章が刻まれ、封蝋も公爵家のものと鑑定されています」
騎士団長の声には、義憤が含まれていた。
完璧なまでに証拠が揃っている。
契約書、裏帳簿、税関の書類、押収された禁制品。
ヴァルモント公爵が禁制品の不正取引に関わっていたことは、もはや疑いようのない事実、だと誰もが思うだろう。
恐ろしさのあまり、エリアナは震えていた。
そんな彼女の手を、アレクシスがぎゅっと握り返した。
大丈夫だ、心配するな、というように。
エリアナは彼の横顔を見上げた。
アレクシスは表情を変えずに、王をまっすぐ見返していた。
王の言葉に応じて入室してきたのは、エリアナの父であるロベール・フォンティーヌ伯爵だった。
継母のマルグリットと妹のリリアーナも一緒だ。
伯爵の背後から、従者が銀盆を捧げ持って現れる。盆の上には、厚手の羊皮紙の束と、黒革装丁の帳簿――さらに別の従者が、両手で抱えるほどの木箱を運んでくる。
「フォンティーヌ伯爵より、極めて憂慮すべき事案の報告があった。密輸――禁制物資の不法取引についての告発である」
王の言葉は、まったく思いもかけないものだった。
エリアナはあっけにとられた。
猛烈にいやな予感がする。傍らに立つアレクシスの手を、固く握りしめた。
「伯爵、ここにて明らかにせよ」
「ははっ」
ロベールは恭しく頭を垂れると、銀盆から一枚の契約書を取り上げた。
それを高く掲げ、王が見えるように角度を変える。
「これは、南方貿易ギルドとの間で取り交わされた『南海諸島航路における特別物資供給契約書』にございます。取引品目は『希少鉱石』『霧薬草エキス』『特級魔導触媒』……いずれも、わが国からの輸出が禁止されている禁制品です。これらを国外へ売りさばけば、莫大な利益を得ることができるでしょう」
読み上げながら、ロベールはわざとゆっくりと紙をめくる。厚い羊皮紙には、細かな文字が隙なく並び、その隅――透かしには、見慣れた紋章が浮かび上がっていた。
ヴァルモント公爵家の、鷲と月桂冠の紋章だ。
「売主の名義は――ヴァルモント公爵家。署名は、公爵家執事セバスチャン・リュディア。印もまた、公爵家の公式封蝋にございます」
ロベールは堂々たる態度で言い切った。
「そ、そんなはずは……」
エリアナは小さくつぶやいた。
アレクシスは不正取引などする人ではない。
何か恐ろしいことが起きている気がして、脚が小刻みに震える。
ロベールは契約書の束を従者に渡し、今度は黒革の帳簿を持ち上げた。表紙の端には、やはりヴァルモント家の紋章が焼き印されている。
「この帳簿には、十年にわたる取引の収支が記されております。南方ギルドよりの入金、禁制物資の売却益、そして……港湾役人への賄賂の支払いまで」
ぱらぱらとページをめくるたび、インクで黒く汚れた数字がちらりと見えた。
その数字の脇には、見慣れた略号――執事セバスチャンのサインに似た記号が、いくつもいくつも記されている。
エリアナは、胸に冷水をかけられたような心地がした。
(そんな……セバスチャンが、そんなことを?)
信頼してきた家人の名が、黒く汚れた文字として並んでいる。めまいがした。
「さらに、南部港湾税関の台帳と船荷証券の写しもございます」
別の書類が持ち上げられ、官吏が前に進み出る。
彼はこわばった顔つきで敬礼し、王の前にひざまずいた。
「税関職員、ヨアン・ブライスにございます。ここに証言書を……」
税関印と魔術印が押された証言書が示され、その内容が読み上げられる。
「――ヴァルモント公爵家名義の通関手続きが、過去数年にわたり反復継続して行われていたことを、このヨアン・ブライスは確かに見聞した……」
エリアナの耳には、もう言葉が遠く響いているだけだった。
その証言を裏打ちするように、騎士団長が一歩前に出て、木箱の蓋を開く。
黒く鈍く光る鉱石が、燭光を受けて不気味な輝きを放った。
希少鉱石ロクサロイドだ。見間違いようがなかった。
箱の側面には、やはり、鷲と月桂冠の紋章が刻まれている。
「先日、南部港倉庫を急襲した際に押収した品です。箱にはヴァルモント公爵家の紋章が刻まれ、封蝋も公爵家のものと鑑定されています」
騎士団長の声には、義憤が含まれていた。
完璧なまでに証拠が揃っている。
契約書、裏帳簿、税関の書類、押収された禁制品。
ヴァルモント公爵が禁制品の不正取引に関わっていたことは、もはや疑いようのない事実、だと誰もが思うだろう。
恐ろしさのあまり、エリアナは震えていた。
そんな彼女の手を、アレクシスがぎゅっと握り返した。
大丈夫だ、心配するな、というように。
エリアナは彼の横顔を見上げた。
アレクシスは表情を変えずに、王をまっすぐ見返していた。
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