辺境伯の溺愛が重すぎます～追放された薬師見習いは、領主様に囲われています～

深山きらら

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正式採用

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　ハンナを救った一件以来、アディの評判は領内全域に広まった。

「月光草を採りに、あの危険な崖まで行ったらしい」
「領主様が自ら護衛されたそうだ」
「彼女の薬は本当によく効く。私の娘の長年の頭痛も治った」

　領民たちの間で、アディは「奇跡の薬師」と呼ばれるようになった。

　そしてルーファスは、彼女を正式に専属薬師として雇用することを決めた。

　ある朝、グレゴリーを通じて呼び出されたアディは、緊張しながら領主の執務室を訪れた。
　広い執務室は、書類や地図で溢れていた。その中央の机で、ルーファスは書類に目を通している。

「お呼びでしょうか」
「ああ」ルーファスは顔を上げた。「お前を、正式にこの領地の専属薬師として雇用したい」

　アディは目を丸くした。

「せ、専属薬師……ですか？」
「そうだ」ルーファスは一枚の羊皮紙を差し出した。「契約書だ。内容を確認してくれ」

　アディは震える手で羊皮紙を受け取り、目を通した。そして、その内容に驚愕した。

　まず給与が、王都の一人前の薬師の三倍以上だった。それだけでも信じられないのに、さらに条件が記されていた。

『一、危険な薬草採集には必ず護衛（領主本人または精鋭騎士）を同行させること』
『一、週に一度は必ず休日を取り、心身の休養に努めること』
『一、無理な治療依頼は断る権利を有すること』
『一、専用の研究室と住居を用意すること』
『一、必要な薬草、器具、書物は領地の費用で調達すること』

「りょ、領主様……これは……あまりにも……」

　アディは言葉に詰まった。これは破格すぎる。いや、破格どころではない。まるで王族に仕える宮廷薬師のような待遇だった。

「何か不満があるか？」ルーファスは真顔で尋ねた。

「不満なんてとんでもない！　むしろ、私にはもったいなさすぎて……」
「もったいなくはない」ルーファスはきっぱりと言った。「お前は、マルタの命を救った。それだけでも、この程度の待遇は当然だ」

　彼は立ち上がり、窓の外を見つめた。

「それに――」
　少しの間があった。
「お前の命は、この領地にとって何よりも重要だ」

　その言葉の裏に、もう一つの想いが隠されていることに、アディは気づかなかった。

（お前を失いたくない）

　ルーファスの本音は、喉まで出かかっていた。だが、彼はそれを飲み込んだ。まだ早い。まだ、この想いを伝えるべきではない。

「……ありがたく、お受けいたします」

　アディは深々と頭を下げた。
　こうして、アディは正式に辺境伯領の専属薬師となった。そしてそれは、ルーファスの溺愛の始まりでもあった。

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