追放された香りの令嬢は、氷の宰相に溺愛されています ~政略結婚のはずが、心まで奪われました~

深山きらら

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第一章 追放 ― 令嬢は都を追われる

危険な匂い

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「グランベール伯爵家の香水は、今や王都で一番だって噂ですものね。殿下に献上なさる香りも、あなたがお作りになったとか?」
「ええ。光栄なことですわ」

 リシェルは礼儀正しく相槌を打つ。

 今夜、王太子殿下がまとうことになっているのは、リシェルが調香した香水だ。
 穏やかな柑橘と、品の良い白檀を基調にした、「未来の王のための香り」。

 本来なら、それは彼女の誇りとなるはずだった。
 だが胸の奥には、どうしてもぬぐえない違和感が引っかかったままだ。

 ──王妃陛下からの、あの命令。
『王太子殿下の心を、安らかに、そして私どもの家に向けてくださる香りを』

 その言い方は、穏やかで上品だった。
 けれど、王妃の纏う濃密な薔薇の匂いには、黒胡椒のような鋭さと、支配欲の熱が混じっていたのを、リシェルは覚えている。

(権力のための香水なんて、本当は作りたくない)

 そんな本音を胸の奥に押し込めて、リシェルは扇を閉じた。


 そのとき、大広間の奥がざわめいた。
 王と、王妃と、そして王太子が入場したのだ。

 音楽がひときわ大きくなり、貴族たちが一斉に膝を折る。

 リシェルも、ドレスの裾をつまみ、慎ましく礼をした。
 頭を垂れながら、彼女は前方から流れてくる香りに、そっと意識を向ける。

 王の香りは、古い羊皮紙と香木。長く国を背負ってきた重み。
 王妃は薔薇と黒胡椒。
 そして──王太子は、彼女が調合した香水の匂い、のはずだった。

 リシェルは眉をひそめた。

(少し、緊張されている……?)

 柑橘の明るさの奥に、冷たい金属の匂いが混じる。
 不安と、焦り。どちらも、珍しくはない。こんな夜なら当然だ。
 だが、もうひとつ、微かな臭気が紛れ込んでいるのを、リシェルは見逃さなかった。

(……これは)
 舌の奥が、きゅっと苦くなる。

 香水に似せて巧妙に隠された、薬臭さ。
 乾いた草を焦がしたような、鋭い匂い。
 毒の匂いだ。

 思わず顔を上げたところで、エドワード王太子の声が響いた。

「今宵は、よく集まってくれた──」

 白と金を基調とした服に身を包んだ王太子は、ふだん通りの優雅なたたずまいだ。
 自然と備わった威厳。そして、二十歳という年齢に似つかわしい若々しさ。
 金色の髪はシャンデリアの光を受けて柔らかく輝く。青緑の瞳は水面のように穏やかだ。

 端正な顔に、人を安心させるような微笑みを浮かべている。
 一見したところ、何の異常もない。

 だが、リシェルの心臓は早鐘のように打っていた。

(あり得ないわ。わたしが調合した時には、そんな匂いは混じっていなかった──!)

 香水を納めた後で、誰かの手が加わった可能性がある。
 だが、そんなことを、こんな公の場で口に出せるわけがない。
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