【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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4 穏やかな日々

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 それからは毎日、食堂へ通った。一太はうどんを頼み、松島は日替わり定食を頼む。ほどなくして松島はそれに、小鉢のおかずと甘味も付けるようになった。
 自分のおかずを、

「味見する?」

 と、言っては一太の口に放り込む。満遍なく一口ずつ渡して、最後の甘味は自分が一口食べては一太の口にも運んできた。
 一太は、色んな品が味見できるのが嬉しくて、ありがとう、と言っては口を開いていた。温かい出来立てのおかずが美味しくて、思わず顔が綻んでしまう。甘味なんてそれこそ、どれくらいぶりに食べただろう。美味しすぎて、

「うま」
「おいし」

 と、一口ごとに言ってしまった気がする。一太は、好みの味というのが自分にもあることを発見した。おかずの中にも、うま、と思わず言ってしまう品がある。
 唐揚げはとにかく美味しい。今、好きな食べ物は何かと聞かれたら、唐揚げと答えるだろう。
 しかし、ふと気付いた。松島がおかずを付け足しで買っているということは、一太が取ってしまうから足りないのかもしれない。

「あのさ。あの。いつもおかず取ってしまってごめん」
「え? 全然いいよ。美味しそうに食べてくれるの見てるのが好き」
「へ?」
「気にしないで、食べたいものがあれば取って食べたらいいよ」
「あ、でも、そしたら松島くんのが足りなくなってしまう……」
「足りるように買ってるから大丈夫」
「でも、付け足し……」
「味見したかっただけ。甘いものもさ、前から食べたかったけど、一人で一つは甘すぎて食べきれないかな、と思ってたんだ。一緒に食べてくれると嬉しい」

 松島は爽やかに笑って言う。一人で一つ食べられないから、一緒に食べよう、と誘ってくれているのか。それなら、喜んで協力しよう。

「分かった」

 納得した一太は、それでもやっぱり自分からおかずに手を伸ばすことはできなかったが、

「はい、あーん」

 と言って松島に差し出されるおかずは、安心して食べることにした。
 食堂に行くと、俺も、と向かい側の席に座ってきて一緒に食べることの多い数少ない男子こと安部あべつよしも、毎日、日替わり定食にうどんやラーメンを付け足しているし、平均的な男子には、日替わり定食だけでは足りないのかもしれない。
 お金に余裕ができた時には、唐揚げ定食を注文しよう、と一太は壮大な夢を描く。今のところ、昼食がうどんだけならこのままの家計でやっていけそうで、日々は安定していた。
 食堂へ通うようになってから、何となく体も軽い。
 一太は、穏やかな六月七月を過ごした。

 夏休みに入る少し前のことである。

「一緒にエプロンを買いにいかない?」
「あ、うん……。買わないとな……」

 松島に誘われて、一太はすぐに返事ができなかった。夏休み前にエプロンを準備しておくように、との連絡があったのは三日前。仕事用のエプロンは幾らするのだろうか、と頭を抱えたものである。
 その後、廊下にチラシが貼り出されたのを見てみたら、学校斡旋の品は千九百八十円からで、可愛らしい動物の絵が付いた赤やピンクのエプロンが並んでいた。有名な絵本のキャラクターなどの絵が付いていると、さらに千円近く値段が上がる。見た目やサイズ設定からも、女性用ばかりに見えた。一太の背格好なら女性用のLサイズを買えばちょうど良いのであるが、松島にはどうしようもなく小さいだろう。背中で結ぶタイプでなく、被って着るタイプの品が多かったので、松島くんは着られないな、と思っていたところだ。
 自分も、あの柄はちょっと身に付けるのは恥ずかしい。動物の絵がもう少し控え目で、薄いブルーや緑色、紺色などの品がないものか。
 それに何より高過ぎる。エプロンの値段を知っている訳ではないが、もう少し安くあってほしい。一太ご用達の百円均一ショップに、エプロンは置いていなかっただろうか?

「洋服屋に連れて行くよ?」
「あ、うん。ありがとう」

 言ってから、しまった、と思ったが遅かった。
 満面の笑みを浮かべた松島が、じゃ約束ね、と一太の手を持ち上げ、小指を絡めてきたのだ。まずい、これは約束するときの指切りげんまんではないか。出かけるためのお金が工面できなかったらどうしよう、と思う間に、

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。しっけんけん」

 との言葉に合わせて小指の絡まった手が上下に振られる。

「指切った」

 と、松島が小指を離せば、契約は成立してしまった。
 呆然としていると、近くで話を聞いていた安部が、

「俺も。俺も一緒に行く」

 と、手を挙げている。周りにいた女の子も何人かが、それなら私たちも一緒に見に行こうかな、と声を掛けてきた。これは、トントン拍子に決まっていくやつだ、と一太はもう、ただ黙って身をすくめているしかない。
 どうしてもエプロンは買わなくてはならないのだから、連れていってもらえるのはありがたいことだ。エプロンを売っている店屋の場所も知らないし、聞いても、方向音痴の一太が一人でたどり着くのは難しいに違いない。
 早目に準備しておかないと、夏休み中に数回ある、ボランティアのような保育施設の手伝いの時に身に付けることができない。単位に関係するわけではないようだが、折角の機会だからできるだけ参加したい。
 十二月からは実習も次々に始まる。幼稚園、保育園、児童養護施設。たぶん皆そうなのだろうが、一太も、取得できる免許は全て取得しようと思っているので、実習は三ヶ所全て行かなくてはいけない。一年生の時と二年生の時と二回。幼稚園、保育園は二週間、児童養護施設は泊まりがけで十日間だ。
 その間は、アルバイトへ行く暇は無いだろう。泊まりがけの児童養護施設の時なんて、絶対に無理だ。
 夏休みはやれるだけバイトのシフトを入れよう、と一太は心に決めて、お出かけの予定が決まっていく様子を黙って見ていた。
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