【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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3 好きな食べ物は?

 昼の食堂は大にぎわいだった。一太は、つい先日の放課後に値段を確かめに来ただけだったので、あまりの人の多さに驚く。とりあえず並ぼうと松島に言われて、食券の列に並ぶことにもドキドキした。
 一太は、行列のできる店で並んで食べるみたいだな、なんて考えて薄い財布を握りしめた。そんなところに並んだら、お金を幾ら持っていたって足りやしない気がする。

「村瀬くんは何を食べるの?」
「え? あ、ええ、と。ま、松島くんは?」
「僕は、割といつも日替わり定食なんだけど」
「へえ」

 一太は、返事をしながら少しほっとした。確か日替わり定食は、その日のお勧めの品がおかずに付くもので、お得な値段設定になっていたはずだ。それなら、自分も何か買っても家賃は払えるし、電気代も水道代も携帯電話の月額料金も大丈夫だ。風呂屋へ行く回数を減らしたらいいだけ。だいぶ暖かくなってきたから、台所の水でだいたい洗えるだろう。

「自分で食べたいものを決めるのが苦手だから、毎日色んなものが食べられる日替わり定食は助かるんだ。好き嫌いもあまりないし。強いて言えば薄味のものがあんまり好きじゃないかな」

 松島は、にこにこと話してくれている。一太は、慌てて意識をそちらに戻して、頭一つ分近く高い位置にある顔を見上げた。

「へえ、意外。薄味が好きそうに見える」
「え、そう? 小さい頃、病気で薄味のものしか食べられなかったから、その反動かな。濃い味のハンバーガーとかポテトとか大好きだよ」
「病気?」
「そうそう。生まれつき心臓に穴が開いてて。穴をふさぐ手術を受けた小学四年生までは、色々と制約が多かった。体も小さかったし」
「へええ」

 一太は、信じられない気持ちで松島を見上げた。その辺の女の子たちに紛れてしまうような身長の一太には、羨ましいくらいの背の高さだ。俺も、体のどっかに穴が開いてるのかもなあ、とふと考える。それだったら、その穴をふさげば、もう少し大きくなれるかな。

「村瀬くんは?」
「え?」
「どんな食べ物が好き?」

 どんな食べ物……。とりあえず腐っていなくて、それなりに味があれば食べられるが、好きな食べ物かあ。

「うーん。なんだろ」
「ん?」
「小学校の時の給食かな」
「へ? あ、へえ」

 あれは美味しかった、と今でも思い出す。出来立てで温かくて、ご飯だったりパンだったり、デザートも牛乳も付いていた。あれのお陰で生き延びたと言っても過言ではない。四年間大学に通えるなら、小学校の先生になるのも良かったな。子どもは好きだし、給食が食べられるし。
 思い出して、お腹がきゅうと空いてくる。久しぶりの感覚だった。

「そうかあ。小学校の給食かあ。なんか分かる気がする」
「あ、うん」
「じゃあ、村瀬くんも日替わり定食? 色々入ってるし、似てるかも?」
「う……」

 大好きだったことを思い出した小学校の給食と似ていると言われれば、是非食べたい。だが、いつもはバイト先のコンビニの、廃棄弁当から一つ失敬してきて昼食代を浮かせて節約している一太には、いくらお得でも、日替わり定食二つの代金を一度に払うのは、ものすごい散財のように思われた。
 悩んでいるうちに、食券の機械の前にたどり着いてしまう。とりあえず財布から千円札を取り出し、機械に入れた。
 日替わり定食のボタンをまずは一回押す。日替わり定食は四百五十円。この千円で足りる。足りるけど、でも。一太は悩んだ末に百九十円のうどんを選んだ。

「今日はうどんにするよ」

 日替わり定食のチケットを松島に渡しながら、財布におつりを片付ける。日替わり定食を食べられなくて残念に思う気持ちと、おつりが財布に入って安堵する気持ちが胸に渦巻いて、一太は、松島の顔は見られなかった。
 日替わり定食は選ばなかったとはいえ、数ヶ月ぶりの温かい食事はとても美味しくて、うどんの汁を全て飲み干した頃には、一太は満足感でいっぱいだった。

「唐揚げ一つどうぞ」

 そう言って松島が口に入れてくれた揚げたての唐揚げも、ものすごく美味しかった。冷めた唐揚げとは別の食べ物のように、じゅわ、と軟らかい。唐揚げをしみじみと咀嚼していると松島は、これも味見する? と言いながら、付け合わせのポテトサラダまで口に入れてくれた。

「あ、ありがと」

 差し出されるおかずを口に入れて、おお、こちらはちゃんと冷えているんだな、と一太は感心する。
 そうだ。小学校の給食もこんな感じで、温かいものと冷たいものがあった。それぞれの食べ物に美味しい温度になっているんだなあ、なんて思っていたものだ。
 自分で作ったら、食べる頃には冷めているし、量が足りなくて残っていないこともあった。小学校を卒業してからは、冷えた食事ばかり食べていた気がする。中学校の給食は弁当箱に入っていて、後から配膳されるご飯だけが、ほんのりと温かった。

「また一緒に食べよう」
「うん」

 あまりに満足したから、松島にそう言われた時には、笑って返事をしてしまっていた。
 それは、良いタイミングでもあった。
 その日の夕方、コンビニにバイトへ行った一太は店長に、

「廃棄弁当の持ち帰りはそろそろ止めなさい」

 と、言われたのだ。

「そろそろ気温が上がってきたし、梅雨時はあっという間に食材が傷む。冷蔵庫に入れていても心配だ。すぐに食べる分は今まで通り食べてもいいから、翌日というのは止めなさい」
「はい」

 一太が、廃棄弁当をその日の夜ご飯にしていることも、翌日の昼にも食べていることも黙認してくれていた店長が、一太の体を心配してそう言っているのだと分かったから、素直に頷いた。
 冷蔵庫に入れていても心配な品を、冷蔵庫もない家に置いているなんてとても言えない。
 食事代無しで過ごせた日々に感謝しつつ、食事代を計上する家計を作らなければ、と一太は気を引き締めた。
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