【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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222 ◇お酒は常備しておくことにした

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「寝たか?」
「ね、ね、寝た……」

 胸に抱いていた一太からしゃくり上げる声がしなくなり、ずっしりと腕に重みを感じる。晃は、ほうっと深く息を吐いた。先ほど自分がしていた姿勢と同じように一太の頭を膝の上に乗せて寝かせ、机の上の飲み物に手を伸ばす。
 一太の顔があった胸の辺りがしっとりと濡れて、すうすうした。

「あ、待て、松島。もう酒は飲むな」
「え? あ、酒……」

 晃は、すっかりお酒のことは頭から抜けていた。そういえば、お酒を飲んで、すぐにふわふわとした感覚になって、あっという間に眠たくなってしまったのだったな。
 安倍は、膝の上の岸田の頭をそっと下ろすと立ち上がり、コップに水を汲んで持ってきてくれた。

「着替えもした方がいいぞ」
「あ、うん」

 晃は水を飲んで、ふうっと息を吐く。
 安倍は、岸田の頭を大切に持ち上げて元の姿勢に戻った。岸田が起きる気配はなく、安倍はその頭を愛おしそうに撫でる。

「いっちゃん。なんで泣いてたの?」
「ああ。まあ、酒のせいだろ」
「泣き上戸ってこと?」
「そういう事にした」
「え?」

 そういう事にしたってことは、そうではないってこと?

「村瀬の家庭の事情とか、俺は軽くしか聞いてねえけどさ。親や兄弟と縁を切るとか、普通に生きてたら考えたこともねえじゃん? そんな、俺らが考えたこともねえような手続きをして、ほっとしてる顔とか見るとさ、その家族どんだけだよって思うわけよ。でもさ、ちっとも分かんねえけど、村瀬が良かったんなら良かったなとか思って、良かったなとか言っちゃうけどさ、本当に良かったのか分かんねえし、村瀬がほんとのとこはどう思ってるのかも分かんねえ。もしかして、良かっただけじゃ無かったんかもなーって思ってたから、うん、なんか、酒のせいにして泣けるなら泣いてもいいんかなって……うん。あー、俺も酔ってんのかな。ごめん、訳わかんねえよな」

 泣けるなら。
 晃は、それを聞いて思い返してみた。
 一太が、こんなに泣いたことなんてなかった。痛くてもしんどくても、何かあってもいつも、大丈夫とそう言うだけ。静かに、ほんの少し、涙を流すところを見たことがある気がするけれど、それだけだ。

「いっちゃん、母親に会った」
「ん?」
「年末。急に役所の人から電話きて。失踪してた母親が見つかって、入院したって。お金を何にも持ってないから、息子がいるなら入院費払って、治ったら引き取れって」
「はあ?」
「戸籍分けても関係ない、親子なことは変わらないって言われて。息子さんをずっと呼んでますって言うから仕方なく会いに行ったら、その女、そんなの知らない、私の息子はそれじゃないっていっちゃんに向かって叫んだ。いっちゃんの、あの、前に話した父親違いの弟の名前を呼んでさ。私の息子はその子だけって」
「……」
「何で、捨てても捨てても戻してくるんだって泣くから、これでも面倒をみなくてはなりませんかってうちの父が役所の人に言ったら、とりあえず生活保護で面倒みますって」
「ひでえ……」
「そのまま、うちに連れて帰った」
「泣かなかったの? 村瀬」
「うん……。熱出して寝込んでた」
「そっか」

 そうか。あの熱は、吐き出せなかったいっちゃんの、色々な感情が体のうちにこもって……。

「気付かなかった」
「ん」
「一番近くにいたのに、気付かなかった。あんなのと縁が切れて良かったねって、僕、そればっかりで」
「仕方ねえよ。良かったのは間違いない。それに、村瀬も気付いてなかったんかもしれんし」
「え?」
「母親と思ってないって言ってもさ、似てるみたいだし? 周りは母親だって言うわけだし、親だと思う気持ちが完全には抜けなかったんだろ。それを向こうから完全に拒否されてさ。悲しかったんだよ、きっと。でも、そんな訳ないって自分でも思っちゃってたんじゃねえかなあ。ほら、習ったじゃん? ひどい目にばっかあってる子はさ、自分の精神を守るために自分の気持ちに蓋をするみたいな、隔離しちゃうみたいなことをするって」

 習った。虐待を受けた子どもが、心を壊さないように防御した結果、本当の気持ちを全部閉じ込めてしまうのだとか、そんなことを習った。そういう子は、注意深く観察しなければいけない、と。
 そうだ。いっちゃんは。

「そんな泣きそうな顔すんな。もう大丈夫だよ。だって、ちゃんと泣いたから」

 安倍の言葉に、晃はとりあえず頷く。過ぎたことをいつまでも悔やんでいても仕方ない。
 ……いっちゃんがお酒で泣けるのなら。
 冷蔵庫にいつも、いっちゃんの好きなお酒を一つ買っておくことにしよう、そうしようと、晃は胸の内で呟いた。
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