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百五十六
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「謁見願い?」
「は」
相馬家からの謁見願いが届いたのは、諸々の騒ぎから半月ほど経った頃のこと。
「へえぇ」
良時は、朝餉の前に届いた報せににやりと笑った。
「今届いたのか? ずいぶん早い時刻に出されたことだ。いつも重役出勤であったのにな?」
「……は。あ、いえ……」
届けを持ってきた家臣が、同意しかけて慌てて言葉を濁す。
「殿」
相馬が、謹慎前重役出勤であった、つまり始業時刻より遅れて登城してくることが多かったのは事実。だが、相馬より身分が下であるこの家臣が、おいそれと同意はできまい。下の者が返事に困るような事を言ってはいけない、との意を込めて伊良が呼びかけると、ははっと良時は機嫌良く笑った。
「すまんすまん。あまりに絶妙の間で来たものだから、少し可笑しくなってしまった」
「それは、まあ……」
伊良も思わず笑みを零してしまう。
そうだ。まさしく絶妙の間であった。なにせ……。伊良がそう考えた時、朝餉の準備がなされている居間へ、その人は大股に入ってきた。
「おはよう、良時、伊良。どうした?」
「時行さま! おはようございます」
「おや、兄上。今朝はてっきり、もう少し寝坊するものだと……。行成は?」
「……おりますよ。おはようございます、殿。伊良」
そう。隠れ里で療養していた時行だ。昨日夕刻、こそりと城へ戻ってきたのだ。右目の上に付いた傷跡を隠すために眼帯を付けた姿はとても凛々しく、療養による衰えなどは微塵も感じさせなかった。帰城は、城で暮らす者以外は退城した後であったので、今、時行が城に居ることを知るのは、門番と厩番、食事や布団、着物の支度をした者たちと、良時、伊良、行成のみであった。
という訳であるから、謁見届を持ってきて控えていた家臣が、ぽかんと口を開けて時行を見上げていた。
「時行さま。もそっと後ろです」
気だるげに時行の後ろから居間へと入ってきた行成が、時行の座り位置を指示する。片目なので距離感を見誤ることがあるがそれだけだ、と時行は怪我の影響を軽く言っていたが、そんな軽い話ではないなぁ、と伊良ははらはらして時行の座る様子を見守った。
「伊良、案ずるな。じきに慣れる」
「私が気をつけて見ておれば良いだけのことだ」
「はい」
くあ、と小さく欠伸を漏らしつつ行成が言うのへ、そうか、それだけか、と伊良は笑顔で頷いた。
「はは。よく言う。伊良の文を読むなり飛び出して行って、戻ってこなんだくせに」
「それについては昨夜、何度も謝ったでしょう? しつこい男は嫌われますよ」
「それは困る。こたに嫌われたら、私は生きてはゆけぬ」
「またそんな大げさなことを……」
「まことだぞ。ほれ見ろ、この痣を。こたがいないあちらの屋敷で、私がどれだけあちこちにぶつかったか」
「えええ、そんなに? はぁ。あなたは、万事おおざっぱだからそのような事になるのです。私がいない時はよくよく気を付けて……」
伊良は二人のやり取りをにこにこと聞いた。また聞けたことが、本当に嬉しかった。
「はは。いないと寂しいが、二人揃うとうるさいな」
良時もくつくつと笑った。
近しい人間ならではの、親しみを込めたぼやき。伊良は、同意を込めてそっと笑顔を返した。
楽しい。ただ、共にいるだけで。
伊良は、ここに自分が居るのは烏滸がましいと考える事はもうなかった。
「は」
相馬家からの謁見願いが届いたのは、諸々の騒ぎから半月ほど経った頃のこと。
「へえぇ」
良時は、朝餉の前に届いた報せににやりと笑った。
「今届いたのか? ずいぶん早い時刻に出されたことだ。いつも重役出勤であったのにな?」
「……は。あ、いえ……」
届けを持ってきた家臣が、同意しかけて慌てて言葉を濁す。
「殿」
相馬が、謹慎前重役出勤であった、つまり始業時刻より遅れて登城してくることが多かったのは事実。だが、相馬より身分が下であるこの家臣が、おいそれと同意はできまい。下の者が返事に困るような事を言ってはいけない、との意を込めて伊良が呼びかけると、ははっと良時は機嫌良く笑った。
「すまんすまん。あまりに絶妙の間で来たものだから、少し可笑しくなってしまった」
「それは、まあ……」
伊良も思わず笑みを零してしまう。
そうだ。まさしく絶妙の間であった。なにせ……。伊良がそう考えた時、朝餉の準備がなされている居間へ、その人は大股に入ってきた。
「おはよう、良時、伊良。どうした?」
「時行さま! おはようございます」
「おや、兄上。今朝はてっきり、もう少し寝坊するものだと……。行成は?」
「……おりますよ。おはようございます、殿。伊良」
そう。隠れ里で療養していた時行だ。昨日夕刻、こそりと城へ戻ってきたのだ。右目の上に付いた傷跡を隠すために眼帯を付けた姿はとても凛々しく、療養による衰えなどは微塵も感じさせなかった。帰城は、城で暮らす者以外は退城した後であったので、今、時行が城に居ることを知るのは、門番と厩番、食事や布団、着物の支度をした者たちと、良時、伊良、行成のみであった。
という訳であるから、謁見届を持ってきて控えていた家臣が、ぽかんと口を開けて時行を見上げていた。
「時行さま。もそっと後ろです」
気だるげに時行の後ろから居間へと入ってきた行成が、時行の座り位置を指示する。片目なので距離感を見誤ることがあるがそれだけだ、と時行は怪我の影響を軽く言っていたが、そんな軽い話ではないなぁ、と伊良ははらはらして時行の座る様子を見守った。
「伊良、案ずるな。じきに慣れる」
「私が気をつけて見ておれば良いだけのことだ」
「はい」
くあ、と小さく欠伸を漏らしつつ行成が言うのへ、そうか、それだけか、と伊良は笑顔で頷いた。
「はは。よく言う。伊良の文を読むなり飛び出して行って、戻ってこなんだくせに」
「それについては昨夜、何度も謝ったでしょう? しつこい男は嫌われますよ」
「それは困る。こたに嫌われたら、私は生きてはゆけぬ」
「またそんな大げさなことを……」
「まことだぞ。ほれ見ろ、この痣を。こたがいないあちらの屋敷で、私がどれだけあちこちにぶつかったか」
「えええ、そんなに? はぁ。あなたは、万事おおざっぱだからそのような事になるのです。私がいない時はよくよく気を付けて……」
伊良は二人のやり取りをにこにこと聞いた。また聞けたことが、本当に嬉しかった。
「はは。いないと寂しいが、二人揃うとうるさいな」
良時もくつくつと笑った。
近しい人間ならではの、親しみを込めたぼやき。伊良は、同意を込めてそっと笑顔を返した。
楽しい。ただ、共にいるだけで。
伊良は、ここに自分が居るのは烏滸がましいと考える事はもうなかった。
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