299 / 1,325
第四章 西からの迷い人
86 帰郷 三郎
しおりを挟む
まるで緊張感のない車内。ただ、そこらの店へ買い物に行くかのような雰囲気だ。
私の暮らしていた領地へ向かっている……んだよな?揉め事を治めてきて、と朱実殿下は緋色殿下に軽く言った。
領地を出る前に、お祖父様によくよく言い聞かされてきた。朱実殿下の覚えめでたくあれ、と。次期領主として、しっかりと知己を得て参れ、と。
覚えめでたいどころか会えずに終わる、と思ったら、あっさりとお目通り叶った。……次期領主の一二三としてでは無かったけれど。
揉め事……。
何も言われん。
何も聞かれん。
私は、敵の御輿やったはずやのに。
何も知らんと思われてるんやろか。
確かに、知っていることは少ない。
お腹空いたー、と言った成人さまは、兄上に小さな小さなおにぎりをもろて、一生懸命噛んでいる。飲み込むのが苦手なんやろか?すぐ無くなりそうな大きさやったのに、細い顎が頑張って動いている。あ、止まった。少し口が開いてふう、と言った後、また噛み出した。
つ、疲れたん?手まり寿司みたいなおにぎり一個目で?
成人さまを眺めていると緊張が解けてきた。座席の背もたれに軽くもたれかかる。無意識に背筋を伸ばして、手を膝の上で握っていた体。
軍人たちが着ている軍服を渡されて、これを着て護衛のつもりで一緒に居ろ、と言われた。
武術の心得はあるけど、自分の身を守れる程度。身分のある者なら当然のことくらいしかできんから、護衛なんて無理です、と項垂れた。
それでいい、と殿下は言った。自分の身を守れるなら十分だ、と。
「壱臣なんて、真後ろに人が立っても気付かないぞ。」
けらけら笑って殿下は言った。
「あれをここまで守った半助を尊敬するよ。」
と。
一列目に半助と座っている兄上が、振り返って成人さまの様子を見ている。兄上がストローの付いた水筒を渡すと、成人さまが嬉しそうに受け取って飲み始めた。
昨日いきなり言われて、旅支度もしなきゃならんのに、成人さまの食事も準備してきたんか。だいぶ早起きしたんやろう。
……兄上は、この旅をどう思ってるんやろうか。
帰りとうは、無いやろな……。
兄上が前を向いたり後ろを向いたりする度に、短い髪が揺れる。今日は艶々として、くせが強くない。
弐角……さまに髪の美容液をもろて、ほんまにええんか、と何度も確かめていたのを昨日、見てしまった。もちろんや、使いさしでごめん、と言う弐角さまに、ありがとう、と言う声は震えとった。
手をあげて、自分の短い髪を引っ張る。自分で切ったけど、覚悟を決めたはずやったけど、恥ずかしい。不自然やから、出かけるときは駄目だ、と布を巻くことは許されなかった。そう、不自然。皇国では、髪を伸ばす男は少ない。この車内でも、髪をくくっているのは半助だけ。それも、肩先くらいまでしかない。
あんなに、綺麗やったのに……。
憧れの美しくて強い人。
髪を切ったのも、兄上のためですか?
兄上に寄り添う横顔を見つめる。以前より痩せたその首筋が、うっとりするほど綺麗で。
まだ艶が出ただけの兄上の髪を、半助の一本しかない手が撫でる。自然と肩にもたれる兄上。耳が赤い。
見たくなくて目をつぶると、眠気に襲われた。ここ数日、ろくに寝られてはいない。車の揺れ。静かな車内。
しっかりしないと。
「少し寝てろ。」
隣に座っている力丸さまの声に、首を横に振ったことは覚えている。
私の暮らしていた領地へ向かっている……んだよな?揉め事を治めてきて、と朱実殿下は緋色殿下に軽く言った。
領地を出る前に、お祖父様によくよく言い聞かされてきた。朱実殿下の覚えめでたくあれ、と。次期領主として、しっかりと知己を得て参れ、と。
覚えめでたいどころか会えずに終わる、と思ったら、あっさりとお目通り叶った。……次期領主の一二三としてでは無かったけれど。
揉め事……。
何も言われん。
何も聞かれん。
私は、敵の御輿やったはずやのに。
何も知らんと思われてるんやろか。
確かに、知っていることは少ない。
お腹空いたー、と言った成人さまは、兄上に小さな小さなおにぎりをもろて、一生懸命噛んでいる。飲み込むのが苦手なんやろか?すぐ無くなりそうな大きさやったのに、細い顎が頑張って動いている。あ、止まった。少し口が開いてふう、と言った後、また噛み出した。
つ、疲れたん?手まり寿司みたいなおにぎり一個目で?
成人さまを眺めていると緊張が解けてきた。座席の背もたれに軽くもたれかかる。無意識に背筋を伸ばして、手を膝の上で握っていた体。
軍人たちが着ている軍服を渡されて、これを着て護衛のつもりで一緒に居ろ、と言われた。
武術の心得はあるけど、自分の身を守れる程度。身分のある者なら当然のことくらいしかできんから、護衛なんて無理です、と項垂れた。
それでいい、と殿下は言った。自分の身を守れるなら十分だ、と。
「壱臣なんて、真後ろに人が立っても気付かないぞ。」
けらけら笑って殿下は言った。
「あれをここまで守った半助を尊敬するよ。」
と。
一列目に半助と座っている兄上が、振り返って成人さまの様子を見ている。兄上がストローの付いた水筒を渡すと、成人さまが嬉しそうに受け取って飲み始めた。
昨日いきなり言われて、旅支度もしなきゃならんのに、成人さまの食事も準備してきたんか。だいぶ早起きしたんやろう。
……兄上は、この旅をどう思ってるんやろうか。
帰りとうは、無いやろな……。
兄上が前を向いたり後ろを向いたりする度に、短い髪が揺れる。今日は艶々として、くせが強くない。
弐角……さまに髪の美容液をもろて、ほんまにええんか、と何度も確かめていたのを昨日、見てしまった。もちろんや、使いさしでごめん、と言う弐角さまに、ありがとう、と言う声は震えとった。
手をあげて、自分の短い髪を引っ張る。自分で切ったけど、覚悟を決めたはずやったけど、恥ずかしい。不自然やから、出かけるときは駄目だ、と布を巻くことは許されなかった。そう、不自然。皇国では、髪を伸ばす男は少ない。この車内でも、髪をくくっているのは半助だけ。それも、肩先くらいまでしかない。
あんなに、綺麗やったのに……。
憧れの美しくて強い人。
髪を切ったのも、兄上のためですか?
兄上に寄り添う横顔を見つめる。以前より痩せたその首筋が、うっとりするほど綺麗で。
まだ艶が出ただけの兄上の髪を、半助の一本しかない手が撫でる。自然と肩にもたれる兄上。耳が赤い。
見たくなくて目をつぶると、眠気に襲われた。ここ数日、ろくに寝られてはいない。車の揺れ。静かな車内。
しっかりしないと。
「少し寝てろ。」
隣に座っている力丸さまの声に、首を横に振ったことは覚えている。
1,490
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる