【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

96 厨房二つ  三郎

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 広々とした厨房に足を踏み入れるとすぐに、忙しく動いていた料理人の一人がやって来て立ち塞がった。壮年の、体の大きな男だ。

「いくらお客様でも、これ以上はあきません。」

 挨拶の一つもなくそう言い放つ。この厨房の中では、彼より偉い者はいないのやろう。
 外の騒ぎは伝わっていないのか特に混乱もなく、たくさんの料理を並べて盛りつけている。もう、調理はほとんど済んで盛りつけの段階なのだろう。立ち働く人々の中に壱臣いちおみさまも水瀬みなせさんも見当たらない。

「ふーん。」

 くるりと厨房を見渡した力丸りきまるさまが声を上げた。

「お客様、ね。誰が来ているのか、聞いているか?」
「当たり前にございます。緋色ひいろ殿下をお迎えするために、一同技を尽くしております。」
「殿下や伴侶の食の好みは聞いているか?」
「特に好まれないものはない、とお聞き致しております。」
「それだけ?」
「ええ。」
「それが正しいかを、到着した本人やともの者に確認しないのか?」
「…………。」

 ずっと、うるさそうに返事をしていた料理人が言葉に詰まる。聞いた話が正しいかを確認することはとても重要なことだ。招いているのは、国で最も高貴なお方。失礼や手違いがあってはならない。大体にしてこの料理人は、その高貴なお方の連れの者に、何と無礼な態度やろか。力丸りきまるさまの若い見た目に、侮っているんやろう。

「……では、好まれない物があるならおっしゃって下さい。できる限りのことは致しましょう。」
「料理を見ながら言う方が効率が良いだろう?一人分揃えてみてくれ。」

 ちっ、と舌打ちが聞こえた。無礼にも程がある。

「揃えるのに時間がかかるのか?」
「ええ、はい。」
「では、また後で来よう。厨房はもうひとつあるか?」
まかない用の厨房がありますが。」
「どこだ?」
「……奥に。」

 曖昧に言われて力丸りきまるさまが私を見るが、賄い用の厨房など初めて聞いた。困って首を横に振る。

「案内しろ。」
「は?」
「賄い用の厨房に案内しろ。」
「賄い用ですよ?何の関係が?」
 
 いつも朗らかな力丸りきまるさまの目が、すっと細められた。

「そろそろ不敬で手を出してもいい頃合いか?」

 ええんちゃう?と思ったがそんなわけにはいかない。奥に扉を見つけたので、あれは?と指を差してみた。

「遊んでたら水瀬みなせさんに叱られそうだし、行くか。」
「え?あ、勝手に……。」

 力丸りきまるさまは、手を伸ばして止めようとする料理長とおぼしき男を、するりと避けて悠々と歩く。

三郎さぶろう、行くぞ?」
「は、はい。」

 男が力丸りきまるさまに気をとられている隙に、私も横を抜けた。
 扉を開けると、ものすごい勢いで何か作っている壱臣いちおみさまと水瀬みなせさん。もう一人、水瀬みなせさんと同じ着物の女性。扉横に立つ半助はんすけが、私たちが入るとすぐに扉を閉める。

「遅い!」

 私たちは水瀬みなせさんの鋭い声に、ごめんなさい、と揃った返事をして、その戦場に加わった。
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