【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

34 罪と罰 2  三郎

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 兄上を部屋に泊めることは、何らかの思惑があるんやと分かった。けど、私に知らせる気はないんなら、私はいつも通りにしとるだけ。いつもそうやった。物事はいつでも、私の周りをただ通り過ぎていく。
 食事を終えたら、風呂に入らなあかん。夫婦だけで入りたい方が予約している時間を避けて、空いている時間が貼り出されている紙を見て、風呂に入る時間を自分で決める。はじめのうちは力丸りきまるさまが誘いに来てくれとったけど、もうできるな、と言ってから来てくれへんようになった。忙しいやろに、風呂の入り方を教えてくれるために誘ってくれとったんやと、今になって分かる。
 風呂で使用する物を揃えて風呂まで行き、服を脱いで、自分で髪や体を洗って拭いて、服を着る。更に髪を乾かさないと、そのまま寝たら布団が濡れてしまう。
 自分で自分の世話をすることは大変や。今まで使ってなかった頭と体をとても使う。昼間は昼間で、新しく任された仕事に神経を使い、疲れていたらしい。
 兄上が部屋にくる前に、寝てしまっていた。

「いやああああぁ!」

 悲鳴に飛び起きる。え?何?寝起きに常夜灯の灯りだけではよく見えず、掛け布団を握りしめて緊張していると、

「ああ……切らんといて、切らんといて」

 喉を詰まらせて懇願するような声が更に聞こえてくる。

「お願い……やめて……」

 声のする方へ顔を向ければ、いつもはない場所にベッドがあり、人がいるのが何となく見えた。
 そうや。
 兄上を泊めてるんやった。

「兄上?」

 布団の盛り上がっている辺りに手を伸ばす。掛け布団の上から体に手が触れた時だった。

「いやや……いや。ああ、切らんといて。切らんといて。……お願いします。ひくっ。何でもする。う、う……。汚ないの姿がもう見えんようにするから……。せやから、切らんといて……うぅ……うぅぅ……」

 びくっと揺れた後、泣きながら紡がれた言葉。

「え……?」
「う、うぅ、うわああぁ。いやぁ……」

 確かに兄上の声。けど、一体何が?何を言って……?

「いやや……いや。ああ、切らんといて。切らんといて。……お願いします。ひくっ。何でもする。う、うぅ……」

 繰り返される言葉が、徐々に寝ぼけた頭に染み込んでくる。
 切らんといて?
 汚ない私の姿がもう見えんようにする?
 ドンドンドンと扉が叩かれた。

壱臣いちおみさん?大丈夫か?開けるぞ」

 力丸りきまるさまの声。隣の部屋に悲鳴が聞こえたんやろか。
 返事をしないうちに開けられた扉。

力丸りきまる、あんまり騒がないでください。気付かれてしまう」

 泣いている兄上に駆け寄る力丸りきまるさまと、後ろから生松いくまつ先生。更にその後ろから、ものすごい勢いで走ってきた人影は、兄上のベッドに上がって兄上の上半身を起こし、腕の中に抱え込んだ。廊下からの明かりで、室内の様子を知る。
 抱え込んだ腕で、銃を向けている……?生松いくまつ先生に?けど、その銃を力丸りきまるさまの手が上から掴んで無力化していた。

半助はんすけ、落ち着け」
「あんたの部屋に泊めるて言うた!だから俺は!」

 半助はんすけの叫び声。生松いくまつ先生は、ゆっくりと言葉を返す。

「お預かりする、と言ったんです」
「何でや。何でこいつの部屋なんや!こいつが!こいつの所為でおみは……!」

 次第に声は震えて、言葉にならない。

「はん、すけ……?どしたん?」

 兄上が、掠れた声を上げた。

「あれ?……」

 兄上の喉が、ひくっと音を立てて、そのことに首を傾げている。

壱臣いちおみさん、泣いていましたよ。どんな夢を見られたんですか?」
「どんな……。うちの夢……?泣いて?」
「やめろ。やめてくれ。先生、何でや」

 生松いくまつ先生の言葉に、兄上のぼんやりとした声と半助はんすけの泣き声が重なる。
 切らんといて。
 私の頭には兄上の悲鳴と泣きながら紡がれた言葉が回って……。
 

 
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