【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

42 言うてへんかったかな  半助

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 普段、滅多に下りないほど深くまで意識を落としていたらしい。暗い中から浮上する感覚に驚く。
 目を開けているのに、情報が入ってこない。すでに明るい時間なんやということに気付くまでに、数秒を要した。
 そこまで意識を戻しても、起き上がっていない事実に愕然とする。慌てて体を起こそうとして、右腕側に倒れた。
 無い腕で、何を掴もうというのか……。
 情けない姿に、人はどこまで弱くなれるのかと泣きたくなる。
 額から、よく絞られた手拭いが落ちた。成人なるひとさまはおらんのか、とベッド横の椅子に掛けたおみを見る。ベッドに上半身を突っ伏し、寝息をたてている。
 無防備なおみ
 気配を探るとか、気配を消すとか、殺気を感じるとか、そんなことが人間にできるなんて、知りもしないおみ
 自分に優しくない世界で育ったのに、誰よりも優しいおみ
 昨夜は結局、寝られなかったんやろう。おみのベッドは戻っとらん。俺は、途中から記憶がない。この額の手拭いを見るに、看病してくれてたに違いない。食べ物のええ匂いがするから、しっかり仕事もこなしてきたんやろな。
 頑張りやさんのおみ
 人んことばっかり考えてるおみ
 大好きやで。
 おみが、俺のことをどう思てても、俺はおみが大好きや。
 いつかおみにとって、ほんまに大切な人ができて、おみがその人と暮らすことになっても、近くにおることだけは許してな。
 短くなったけど、綺麗に整って艶々してる髪をそっと撫でる。くせのある髪は柔らかい。
 今日は、点滴もされてないから、動かしやすくてええな。

「ん?」
 
 覚醒した気配に、手を引っ込める。がばっと起き上がったおみが、こちらを見た。

「あ、あ……。その、ごめん、寝とった」
「あ、けほ……ありが……」

 礼を言うつもりが、声が上手く出ない。水、水、と慌てたおみが、机の水差しからコップに水を入れて渡してくれた。
 飲み始めると止まらない。気付いてみると体が汗でべとべとだった。水を二杯飲んで落ち着く。

「大丈夫か?」
「ありがとうな、おみ。昨日は寝とらんのやろ?」
「さっきみたいに寝とったよ。うち、疲れたらどこでも寝れるさかい」

 そんなこと、自慢にならん。

「雑炊も作ってきたんよ。食べれる?」

 汗をかいて熱が引いたんやろう。正常に戻りつつある腹が鳴った。

「食べる」
「ん」

 保温バッグから土鍋を出すおみを、じっと見る。

「な、なに?」
「ん?好きやな、と思て」
「え?」

 真っ赤になるおみ。側にいて欲しい、と言われて、もちろんや、側におらしてと答えたけど、大事なことを伝え忘れてたかもしれん。

「言うてへんかったかな。おみ、大好きやで」
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