【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

39 懐かしい場所  三郎

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「うわぁ」
「わぁー」
「まあぁ」

 兄上と成人なるひとさま、乙羽おとわさまが、猿回しの猿の一挙手一投足に歓声を上げて喜んでいる。猿が派手にとんぼ返りをすると、一際大きな声が出た。
 
「すごいな。な、半助はんすけ
「そうやな。楽しいか、おみ?」
「すっごく楽しい」

 兄上は猿回しに夢中で、すっかり周囲の状況なんて目に入っとらんのやろう。大勢の人が周りにいるのに、半助はんすけの左腕に腕を絡めて立ち、興奮した笑顔を向けている。半助はんすけも嬉しそうに腕を差し出して、くっつく兄上を優しく目を細めて見ていた。半助はんすけの方は、猿の芸へはたまに目をやるくらいで、その視線はほとんど、猿回しを見ている兄上に向いている。
 その麗しい顔をちろちろと見ている周りの者たちなど、全く気にする様子もない。
 以前は、とても美しいが、とにかく人を寄せ付けない威圧のようなものを出していて恐ろしかったのに、兄上を見る顔に険はなく、人の目を惹き付けて離さない。

「見た?緋色ひいろ、見た?」
「見てる、見てる」

 成人なるひとさまはいつも通り、緋色ひいろ殿下と右手を繋いで、興奮するとぶんぶんと手を振る。自分の好きなもの、楽しいものを好きな人にも見せたくて、猿のすごい技が決まる度に殿下に、見た?と興奮した笑顔を向けている。
 見てる、見てる、と笑う殿下が見ているのはやっぱり、楽しげな成人なるひとさまだ。
 その殿下の、非常に男前に整った顔が緩む様を、周りの一般客が息を飲むようにして眺めているのだが、もちろん殿下に気にする様子は全くない。
 感心したように、まぁ、と口を開けて見ている乙羽おとわさまは、すっぽり常陸丸ひたちまるさんに後ろから抱きしめられて立っている。それで収まりが良いのか、真剣に猿回しの芸に集中していた。常陸丸ひたちまるさんは、乙羽おとわさまの反応を楽しみながら猿の動きも一緒になって楽しんでいる。
 乙羽おとわさまの方へ向く視線も多い。これだけの美人にはそうそうお目にかかれないのやから、当たり前か。

三郎さぶろう、何きょろきょろしてんだ?」
「え?」

 周りからすごく視線を感じるのが気になるんやけど、力丸りきまるさん、気にならんのかな。

「懐かしいなあ、ここ」

 あ、気にならんみたいやね。まあ、そうか。

「はい。懐かしいです」

 三郎さぶろうになってすぐ、力丸りきまるさんと成人なるひとさまと荘重むらしげさんと回った場所。あの頃は、呆然としていた。生まれてから十八年暮らしていた場所を、あまりに知らない自分に呆れ、これからの生活にただ不安だけを抱いて。
 ああ、そうか。
 今、こうして周りの目を気にしとるんは、余裕があるということなんかもしれん。
 たった七ヶ月。たった七ヶ月で、こんなに……。
 目まぐるしい日々やった。私は、如何にぼんやり生きてきたのかを思い知らされ、今までのツケを払うかのように、考えて考えて考えて行動した。それは、苦しいけど大変やけど、自由な時間やった。仕事が忙しいほど、自分でも役に立てることがあるんやと嬉しかった。
 わあ、と大きな拍手。ぼんやりしててよう見とらんかったけど、猿が最後の大技を決めたらしい。慌てて拍手しようとして、力丸りきまるさんと手を繋いでいることに気付いた。

「え?」
「どうした?」

 一緒に持ち上がった手に戸惑っているのに、力丸さんはけろりとしとる。

「あ、お金か?いいもん見せてもらったし、奮発するか」
「あ、はい」

 手が離れて、それを少し寂しく思う私は、ずいぶんと甘えたになったんやろう。それとも、他の人が皆くっついとるんやから、余ったうちらが手を繋ぐのは当たり前のことなんやろか。
 猿回しとお揃いの黄色いチョッキを着た猿が、猿回しに預かった帽子を持って目の前にやってきた。前回は、借りないと払えなかったから百円しか渡せなかった。その時のお詫びもこめて、五百円札を入れる。分かっているのかいないのか、丁寧に頭を下げる猿を見ながら、懐かしいな、と共に言える人がいて、懐かしい場所へまた訪ねることのできる幸せを噛みしめていた。
 
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