【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第七章 冠婚葬祭

76 自分の世話くらい自分でできる  椿

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「この部屋を使ってください。使い方は分かりますか?」

 入口からすぐの所にある幅の広い階段を上る。幾つかある扉の一つを開けて振り向いた女が言った。動きやすそうな襟付きの水色のシャツと、紺色の膝下丈の、裾の広がったスカート。部屋履きのつっかけを引っかけた足は素足で、あきらかに仕事中ではなかった。こちらは、着物が廃れつつあると聞いてはいたが、本当に着物姿の者をほとんど見かけないことに驚く。
 今日一日、渡されたシャツと軍服のズボンで過ごしたが、なかなかに動きやすく、着物に戻るのが億劫になる心持ちは分かる気がした。袴でさえ、広がった部分が動きを阻害しているのだと気付く。服装は、次第にこちらのものに変わっていくんかもしれん。

「住み込みの侍女か」
「そのように思ってもらえれば。水瀬みなせです」

 名字無しかと侮りかけたが、そんなはずは無い。皇城ではなくとも皇族の住まいで、名字無しが採用されることは有り得ない。その辺りは、国が違えど、そう変わるものではないやろう。うちの実家の使用人たちでさえ、全て名字持ちであったはず。いや、本当に汚れ仕事をする下働きは、なり手がなくて名字無しを雇っていたのだったか。庭や、便所周りの仕事をする者など、気にかけたことはないので、実際の所は分からない。

「使い方、いうのは?」
「自分の世話はできるのか、と聞いています」
「失礼な!自分の世話くらい、自分でできる!」
「それは良かった」

 なんや、この失礼な女は、と思うたが、自国では無し、理性を総動員した。もともと、侍女の手など借りずに生きてきた。姫様は、ちいともお世話をさせてくださらぬ、と侍女らに嘆かれたほどや。人の手を借りねば着られぬような着物など着ないし、食事なども、一々世話を焼かれるのは好かぬ。
 布団が敷いたままの寝台と、小さな机、着物を入れるための箪笥だけが置かれた部屋。この狭い部屋で、使い方も何もあるものか。

「では、荷物を置いてこちらへ。トイレと風呂、食堂を案内します。明日からの仕事場である洗濯場も」

 洗濯場。
 下働き、いうのは本気やということか。護衛として鍛えたい、と答えて、なんで下働きであるのか、未だ納得はいっとらん。そやけど若様に、死にとうなければ、黙って殿下の言うこと聞いて、宛てがわれた仕事を頑張れ、と口を酸っぱくして言われたし、とにかく黙って、ここまでお供はした。緋色ひいろ殿下は、皇家の血筋を残しすぎんように男同士の婚姻やから、側女そばめでも欲しいんか、とも思うたが、そうでも無いようや。もちろん、そんな役目を甘んじて受ける気は毛頭ないが。
 それにしても、黙って付いておればおるほど、首を傾げることばかり。
 猿回しの猿を大喜びで見物して、財布から百円渡してカードをもらう皇子妃殿下。あれは、子どもしかもらえんカードちゃうんかな?妃殿下はやっぱり、見た目通り子どもなんか?いやでも、妃殿下なんやから子どもではないやろ。結婚しとるってことやもんな。皇家の血筋を残しすぎんようにとの男同士の婚姻なんやろけど、仲は良さそうや。
 緋色ひいろ殿下は、妃殿下に気付かれんように、猿回しに千円札を渡していた。
 その後の動物園では、ぞうの飼育場所の前で三時間過ごして帰宅した。慣れた様子で椅子が出てきて、いつもそうなんやと把握することはできたが、その近くで同じように三時間、辺りを警戒しながら過ごすのは、非常に苦痛やった。
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