【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

16 むうっ  成人

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「な、成人なるひと殿下……」

 八代やつしろがこちらに歩いてきた。料理人たちは、大きな机の周りの椅子の前で腰を浮かせている。

矢渡やとのだし巻き玉子、美味しかった!」
「はっ。ありがとうございます」

 八代やつしろが、包拳礼をして頭を下げて、お礼を言う。別に八代やつしろがお礼を言わなくてもいい。俺は、本当のことを言ってるだけ。
 そう思って矢渡やとの顔を見たら、嬉しそうに笑っていた。
 あ。
 せっかく美味しかったって言ってるのに、こんな言い方じゃ良くないかも。美味しかった時は、もっとこう、にこにこの気持ちになって……。

「うー。うう」
「どうした?」

 村次むらつぐが、背中に手を置いてぽん、ぽんと叩いてくれる。んー。なんだろ、分かんない。
 見えないように二人いた一ノ瀬が一人、どっかへ行く気配がした。
 色んな感覚がいつもより鋭くなって、気にしていなくても、そういう動きが全部分かって気持ち悪い。
 なんだろ、これ。
 とりあえず、机に案内されて、俺と村次むらつぐの椅子も八代やつしろがもともと座っていた場所に置かれた。八代やつしろは、俺の近くの横に座る。その他の人は、どんどん後ろにずれていく。矢渡やとが遠い。俺と反対側の端っこだ。矢渡やとにお届け物をしに来たのに。

「恐れながら、申し上げます」

 安次嶺あじみねが立ち上がり、包拳礼をして頭を下げた。近くの席にいる。俺が用事があるのは矢渡やとなのに。
 もういいって言いたくない。ずっと、頭下げてたらいい。
 
「…………」

 でも、俺が何も言わないと、ずっとこのまま。それも困る。皆困る。むー。

成人なるひとさま?」

 村次むらつぐがまた、背中をぽん、ぽんってした。むー。

「……どうぞ」

 俺、こんな声だったっけ?

「はっ。私にはできない、とのお言葉、到底聞き逃す訳には参りません」
「そう」
「昨日、きちんと作り上げたのでございます。確かめもせずのお言葉は、如何なものかと」
「じゃ、一つ作ってきて」
「は?」
「今。早く」
「し、しかし、材料が」
「あります」

 遠くから矢渡やとの声がする。
 矢渡やとー。
 矢渡やとの声を聞いたら、何かちょっと体の力が抜けた。もう。なんだろ、これ。
 背中をさすってくれてる村次むらつぐが、ちょっと笑った気がする。

矢渡やと。貴様……」
「私が作っていた材料の残りが、あります」
安次嶺あじみね、願ったり叶ったりな提案ではないか。一つ作って成人なるひと殿下に味をみて頂こう」

 八代やつしろが言った。安次嶺あじみねは、手元に置いていた紙を机に叩きつけた。
 壱臣いちおみ広末ひろすえが書いた、大切な指南書……!

「この指南書通りに作って、違ったのだ!また同じものを作れと言うのは、私を貶めるために作らせて、また違うと言うつもりなのでしょう!」

 あ。駄目だ。むかむかする。
 それがなければ作れないのに。広末ひろすえ壱臣いちおみが頑張って書いたのに。大事なものを、そんな扱いするなんて!

「指南書、大事にできない人は、やっぱりできない。安次嶺あじみねには、できない」

 作らなくても分かった。
 安次嶺あじみねには、できない。
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