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第十章 されど幸せな日々
97 分かった 朱実
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「はーい。おしまい。たくさん食べたねえ。すごいねえ」
朱音は、緑の野菜の配合が多い際には遠慮なくべぇと口から出しつつ、本日の一食分、と割り当てられた食事を綺麗に平らげた。なかなか食欲旺盛でよろしい。皇城の料理人の作る料理とも、気が合ったようで何よりだ。まあ離乳食など、素材の味しかしない滑らかな食べ物というだけなので、誰が作っても同じものかもしれないが。素材は間違いなく最高級だ。きっと美味しいのだろう。先日、私たちも朱音の食べているものを味見してみよう、と言い出した赤璃によって、離乳食を口に突っ込まれた私にはその美味しさは理解できなかったが。同じように口に入れた赤璃も、何とも形容しがたい顔で黙り込んでいたので、多分同じ感想を持ったと思われる。
あの何とも言い難い味をこのように美味しそうに食べるのだから、赤子とは不思議なものだ。
そういえば緋色も、塩味だけの粥を実に美味しそうに成人が食べるものだから一口味見してみたことがある、と言っていたような。ただの粥だった、というから、そりゃそうだろうと答えたものだが、確かにそうとしか言いようのない体験だった。私も、離乳食はどうだった、と聞かれたら、どろどろした食べ物だったと答えるだろう。こんなことを考えていると、子どもを持ったこともなく、これから持つ予定もないと公言している緋色がまるで子育ての先達のようで、少々複雑な心持になるのだが。
「あーん」
おしまい、の言葉が伝わらなかったようだ。最後の一口を飲みこんだ朱音はまた、かんかんかんと机をスプーンで鳴らしながら口を開けた。朱音の食事用の器を片付けて自分の食事に取り掛かろうとしていた赤璃が、ありゃ、と声を上げる。
「最近よく食べるわね。はいはいも上手になって良く動いてるし、お腹が空くのかな。でも、おしまい。消化できないと困るからね。ほら、朱音。空っぽよ。からっぽ」
「あーん」
「もうないの。おしまい」
かんかんかん、と朱音のスプーンが激しく鳴る。
母が、ついに箸を置いて両耳を手でふさいだ。
「その音をやめさせて頂戴」
「しかし母上。スプーンを取り上げると」
どうなるかは、火を見るよりも明らかだ。なんなら今私たちは、空になった茶碗も朱音に渡してごまかそうとしていたのだ。空っぽをまだ理解していない朱音は、空の茶碗から何かを取り出そうと、少しの間頑張るだろう。そのすきに私たちの食事を勧める算段である。私たちも手馴れてきたものだ。
私が食事を勧めつつ、のらりくらりと母に答えていると、父が、控えていた侍従に布巾を持ってこさせた。指示を受けた侍従がそれを、朱音がスプーンを打ち付けている台の上に置くと、音が少し軽減した。なるほど、と赤璃と顔を見合わせる。父も、朱音のスプーンを取り上げるとどうなるかを知っていたようだ、と気付くと共に私の古い記憶の中に、小さな赤虎と父と母との四人の食卓が浮かんだ。ああ。こうして思い思いに食事を楽しんでいた時があったのだ、私たちにも。そこに緋色はいなかったけれども。だから母は、緋色と食事を共にしたがるのかもしれない。その景色の中に緋色を入れたいと、無意識に求めているのかもしれない。
けれど。
布巾など、朱音には新しい玩具でしかない。朱音が、布巾を持ち上げるために手にしたばかりの茶碗を放り投げると、転がった茶碗が大きな音を立てた。
「ああ、いや。音を立ててはいけませんってどうして教えないの。早くきちんと教えておかないと大変なことになるわ。ちゃんと教育しないと駄目。駄目なのよ」
母上。
体中に食べ物をつけた赤虎に、あらあらまあまあと笑った日々が、あなたにもあったのに。
「父上」
呼びかけた父はただひと言。
分かった、と言った。
朱音は、緑の野菜の配合が多い際には遠慮なくべぇと口から出しつつ、本日の一食分、と割り当てられた食事を綺麗に平らげた。なかなか食欲旺盛でよろしい。皇城の料理人の作る料理とも、気が合ったようで何よりだ。まあ離乳食など、素材の味しかしない滑らかな食べ物というだけなので、誰が作っても同じものかもしれないが。素材は間違いなく最高級だ。きっと美味しいのだろう。先日、私たちも朱音の食べているものを味見してみよう、と言い出した赤璃によって、離乳食を口に突っ込まれた私にはその美味しさは理解できなかったが。同じように口に入れた赤璃も、何とも形容しがたい顔で黙り込んでいたので、多分同じ感想を持ったと思われる。
あの何とも言い難い味をこのように美味しそうに食べるのだから、赤子とは不思議なものだ。
そういえば緋色も、塩味だけの粥を実に美味しそうに成人が食べるものだから一口味見してみたことがある、と言っていたような。ただの粥だった、というから、そりゃそうだろうと答えたものだが、確かにそうとしか言いようのない体験だった。私も、離乳食はどうだった、と聞かれたら、どろどろした食べ物だったと答えるだろう。こんなことを考えていると、子どもを持ったこともなく、これから持つ予定もないと公言している緋色がまるで子育ての先達のようで、少々複雑な心持になるのだが。
「あーん」
おしまい、の言葉が伝わらなかったようだ。最後の一口を飲みこんだ朱音はまた、かんかんかんと机をスプーンで鳴らしながら口を開けた。朱音の食事用の器を片付けて自分の食事に取り掛かろうとしていた赤璃が、ありゃ、と声を上げる。
「最近よく食べるわね。はいはいも上手になって良く動いてるし、お腹が空くのかな。でも、おしまい。消化できないと困るからね。ほら、朱音。空っぽよ。からっぽ」
「あーん」
「もうないの。おしまい」
かんかんかん、と朱音のスプーンが激しく鳴る。
母が、ついに箸を置いて両耳を手でふさいだ。
「その音をやめさせて頂戴」
「しかし母上。スプーンを取り上げると」
どうなるかは、火を見るよりも明らかだ。なんなら今私たちは、空になった茶碗も朱音に渡してごまかそうとしていたのだ。空っぽをまだ理解していない朱音は、空の茶碗から何かを取り出そうと、少しの間頑張るだろう。そのすきに私たちの食事を勧める算段である。私たちも手馴れてきたものだ。
私が食事を勧めつつ、のらりくらりと母に答えていると、父が、控えていた侍従に布巾を持ってこさせた。指示を受けた侍従がそれを、朱音がスプーンを打ち付けている台の上に置くと、音が少し軽減した。なるほど、と赤璃と顔を見合わせる。父も、朱音のスプーンを取り上げるとどうなるかを知っていたようだ、と気付くと共に私の古い記憶の中に、小さな赤虎と父と母との四人の食卓が浮かんだ。ああ。こうして思い思いに食事を楽しんでいた時があったのだ、私たちにも。そこに緋色はいなかったけれども。だから母は、緋色と食事を共にしたがるのかもしれない。その景色の中に緋色を入れたいと、無意識に求めているのかもしれない。
けれど。
布巾など、朱音には新しい玩具でしかない。朱音が、布巾を持ち上げるために手にしたばかりの茶碗を放り投げると、転がった茶碗が大きな音を立てた。
「ああ、いや。音を立ててはいけませんってどうして教えないの。早くきちんと教えておかないと大変なことになるわ。ちゃんと教育しないと駄目。駄目なのよ」
母上。
体中に食べ物をつけた赤虎に、あらあらまあまあと笑った日々が、あなたにもあったのに。
「父上」
呼びかけた父はただひと言。
分かった、と言った。
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