39 / 46
番外編
金木犀と紙パック
しおりを挟む
※side三木
ふわっとキンモクセイの香りがした。
大学の構内では、俺が毎日通うサークルの部室がある校舎のすぐそばの一本しかキンモクセイは無い。確認した訳ではないから確かではないけれど。たぶん、一本だけ。
なぜ今、キンモクセイの香りがしたんだろうと、俺は思わず立ち止まった。そして、辺りを見回すと、紅茶のパッケージが描かれた紙パックの飲み口に、鼻を突っ込んでいる変な人がいた。
というか、サークルの先輩だった。
「……小野さん、何をしているんですか?」
一つ上回生のその先輩は、俺の姿を認めて嬉しそうに笑った。その笑顔を見ただけで、俺の心臓はドクンと強く脈打った。
「いいところで会ったな! 今、三木に会いに行こうとしてたところなんだよ」
「わざわざ? またあとで部室で会うじゃないですか」
「いやいや早くしないと鮮度が落ちるからさー。ほら。嗅いでみ!」
そう言われて、差し出されたのはさっきの紙パックで。自分の顔が引き攣るのを止められなかった。少し顔を近付けて中を覗いて見ると、中にはキンモクセイの花が入っていた。……少し残ったミルクティーに浸り気味だが。
「……どうしたんですか、これ」
「前にさ、キンモクセイ早く咲かないかなって、三木言ってたじゃん。だから」
「咲いてたから、集めて持って来てくれたんですか?」
「うん。優しい先輩だろー? 俺って」
「そういうの自分で言うところ嫌いです」
彼は一応……というか、歴とした先輩である。年も学年も一つ上。なのに、なぜか、敬えない。とりあえず敬語で話してはいるという感じだ。面と向かって『嫌いです』なんて、よくもまあ言えるものだと自分でも思う。そんなこと他の誰にも、たとえ本気でそう思ったとしても、絶対に言ったりしないのに。
しかも俺は、小野さんのことが嫌いではないのだ。好きでもないけど。
「三木はつれない奴だなー、ほんと」
そう言って笑う小野さんの表情に、また俺の心臓が鳴る。切ないような嬉しいような、変な顔で笑う小野さんは、おちゃらけている普段とは比べようもないくらい大人びていた。
「……このキンモクセイ臭いですよ。ミルクティーの匂いが混ざってます」
「えっ、まじで? やっぱ洗ってから入れるべきだったかー。失敗したー」
「でも、……ありがとうございます。気にかけていただいたことは、嬉しいです」
「お、おうっ。何だよー。最初からそう言えよ」
照れたように笑いながら、俺の髪の毛をグシャグシャにする小野さんの手から、キンモクセイの良い香りがした。
……好きでもないなんて、嘘だ。俺はただ、その感情を認めたくないだけ。
笑顔を見るだけで、こんな何でもないスキンシップ一つで、俺の心臓は痛いくらいに騒ぎ出す。口では嫌いだと言っておかないと、そんな俺に気付かれるんじゃないかとビビっているだけなのだ。
「三木? どうかしたか?」
「……いえ、別に。ただちょっと、馴れ馴れしい人だなと思っただけです」
「何だよ。髪触るくらいいいだろー」
「やめて下さい。不快です」
どうしてこんな言い方しかできないのか。いつも口にしてから後悔してしまう。
だけど、小野さんは出会ってからずっと、いつだって優しくしてくれるのだ。こんなに口の悪い嫌な後輩なのに。
「ほんっと冷てえなー。まあ、そういうのも悪くないんだけどな」
「小野さんってほんと、変な人ですね」
「三木は俺が嫌いかもしんないけど、俺は結構お前のこと好きなんだよな。だから、お前といると楽しくて、浮かれてんだよ」
何てことを無意識に言ってくれるんだろう。『好き』だなんて、別の意味を含ませてしまう俺からは決して言うことができない。
そんな俺とは全く違う『好き』が、嬉しくもあり、切なくもあった。
「……よく分かりました。小野さんはマゾなんですね」
「ちげーよ! ちゃんと俺の話聞いてた?」
「はい。心に刻み込みました」
「ちょ、やめろ。たぶん事実と異なることが刻み込まれてるから! それ!」
「大丈夫です」
「何の自信だよ!」
出会って数ヶ月。たった二人のサークルで、二人だけの部室にこれからも俺は毎日通う。
心地いいだけではないその空間で、俺はいつまで本当の気持ちをこの人に、隠し続けていられるだろう?
end.
ふわっとキンモクセイの香りがした。
大学の構内では、俺が毎日通うサークルの部室がある校舎のすぐそばの一本しかキンモクセイは無い。確認した訳ではないから確かではないけれど。たぶん、一本だけ。
なぜ今、キンモクセイの香りがしたんだろうと、俺は思わず立ち止まった。そして、辺りを見回すと、紅茶のパッケージが描かれた紙パックの飲み口に、鼻を突っ込んでいる変な人がいた。
というか、サークルの先輩だった。
「……小野さん、何をしているんですか?」
一つ上回生のその先輩は、俺の姿を認めて嬉しそうに笑った。その笑顔を見ただけで、俺の心臓はドクンと強く脈打った。
「いいところで会ったな! 今、三木に会いに行こうとしてたところなんだよ」
「わざわざ? またあとで部室で会うじゃないですか」
「いやいや早くしないと鮮度が落ちるからさー。ほら。嗅いでみ!」
そう言われて、差し出されたのはさっきの紙パックで。自分の顔が引き攣るのを止められなかった。少し顔を近付けて中を覗いて見ると、中にはキンモクセイの花が入っていた。……少し残ったミルクティーに浸り気味だが。
「……どうしたんですか、これ」
「前にさ、キンモクセイ早く咲かないかなって、三木言ってたじゃん。だから」
「咲いてたから、集めて持って来てくれたんですか?」
「うん。優しい先輩だろー? 俺って」
「そういうの自分で言うところ嫌いです」
彼は一応……というか、歴とした先輩である。年も学年も一つ上。なのに、なぜか、敬えない。とりあえず敬語で話してはいるという感じだ。面と向かって『嫌いです』なんて、よくもまあ言えるものだと自分でも思う。そんなこと他の誰にも、たとえ本気でそう思ったとしても、絶対に言ったりしないのに。
しかも俺は、小野さんのことが嫌いではないのだ。好きでもないけど。
「三木はつれない奴だなー、ほんと」
そう言って笑う小野さんの表情に、また俺の心臓が鳴る。切ないような嬉しいような、変な顔で笑う小野さんは、おちゃらけている普段とは比べようもないくらい大人びていた。
「……このキンモクセイ臭いですよ。ミルクティーの匂いが混ざってます」
「えっ、まじで? やっぱ洗ってから入れるべきだったかー。失敗したー」
「でも、……ありがとうございます。気にかけていただいたことは、嬉しいです」
「お、おうっ。何だよー。最初からそう言えよ」
照れたように笑いながら、俺の髪の毛をグシャグシャにする小野さんの手から、キンモクセイの良い香りがした。
……好きでもないなんて、嘘だ。俺はただ、その感情を認めたくないだけ。
笑顔を見るだけで、こんな何でもないスキンシップ一つで、俺の心臓は痛いくらいに騒ぎ出す。口では嫌いだと言っておかないと、そんな俺に気付かれるんじゃないかとビビっているだけなのだ。
「三木? どうかしたか?」
「……いえ、別に。ただちょっと、馴れ馴れしい人だなと思っただけです」
「何だよ。髪触るくらいいいだろー」
「やめて下さい。不快です」
どうしてこんな言い方しかできないのか。いつも口にしてから後悔してしまう。
だけど、小野さんは出会ってからずっと、いつだって優しくしてくれるのだ。こんなに口の悪い嫌な後輩なのに。
「ほんっと冷てえなー。まあ、そういうのも悪くないんだけどな」
「小野さんってほんと、変な人ですね」
「三木は俺が嫌いかもしんないけど、俺は結構お前のこと好きなんだよな。だから、お前といると楽しくて、浮かれてんだよ」
何てことを無意識に言ってくれるんだろう。『好き』だなんて、別の意味を含ませてしまう俺からは決して言うことができない。
そんな俺とは全く違う『好き』が、嬉しくもあり、切なくもあった。
「……よく分かりました。小野さんはマゾなんですね」
「ちげーよ! ちゃんと俺の話聞いてた?」
「はい。心に刻み込みました」
「ちょ、やめろ。たぶん事実と異なることが刻み込まれてるから! それ!」
「大丈夫です」
「何の自信だよ!」
出会って数ヶ月。たった二人のサークルで、二人だけの部室にこれからも俺は毎日通う。
心地いいだけではないその空間で、俺はいつまで本当の気持ちをこの人に、隠し続けていられるだろう?
end.
80
あなたにおすすめの小説
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる