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幕間
とある伯爵夫人の独言
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アドリアーナ嬢は、私が今までにガヴァネスとして教えてきたどの令嬢よりも、集中力という一点においてとても優れていた。
小さな子供には優しく大らかなガヴァネスを求める家が多い中で、指導する態度が厳しいと言われる私に、まだ6歳の令嬢を教えるよう依頼されることは久しかった。
落ち着きのない子を叱るのは面倒だし、泣かれてしまうのは御免被る。一度やってみて合わないようなら別のガヴァネスを検討して欲しいとスタングロム侯爵家の使用人には伝えていた。
しかし、最初の挨拶を受けた時点で、私はこの子を教えたいと感じていた。表情も声色も動作もすべて、6歳の子供とは思えないもので。どう育っていくのか見てみたいという思いに駆られた。
それから10年近く。何を教えてもしっかり吸収していったアドリアーナ嬢は、もうすぐ貴族学校に入学する。私もお役御免だ。
「もう貴族学校で新たに学ぶことの方が少ないでしょう。あなたは本当に頑張ったわ」
「それが本当であれば、学校の教師達が教える内容を全て一人で教えてくださったシュナイプ伯爵夫人がすごいのですわ」
「私は若い頃から本の虫と呼ばれてきたくらい勉強が好きで、誇れるものは知識だけなのよ。ガヴァネスとしてお給金を貰えるのは有り難いけれどね」
「子供の頃から勉強が好きだったなんて、それだけですごいことです」
「あら、あなたもじゃない。ずっと楽しそうに勉強してくれていたわよ」
「あ、はは。夫人の教え方がよかったのですわ」
なぜか気まずそうな顔で笑っているアドリアーナ嬢を不思議に思いながらも、別の話題に移ることにした。
「ジェイデンもあと一年は学校にいるから、困ったことがあったら言うのよ。頼りになるかは、分からないけれど」
「ジェイデン様は頼りになりますわ。主に女性には強い方ですし」
「……あの子は本当に……」
誰とも深い仲になっていないとジェイデンは言うけれど、夜会でエスコートしていただの、腕を組んで歩いていただの、街でショッピングしていただのと、たくさんのご令嬢と噂になっている馬鹿な息子である。
「あなたみたいにしっかりしたご令嬢が相手だったら、あの馬鹿者を制御できるのでしょうけれど……」
「私は心に決めた方がおりますから」
「そうよね。心から残念よ」
まだアドリアーナ嬢を教え始めて間もない頃のことだった。
『シュナイプ伯爵夫人。私を、公爵夫人になれるよう教育してくださいませ』
と、言い出したのは。
私の教えたい欲と、アドリアーナ嬢の学びたい欲が合致して、本当に充実した日々を送ることができた。私はアドリアーナ嬢に持てる知識の全てを注ぎ込んだつもりだ。もう他の令嬢のガヴァネスなんて、できる気がしない。
アドリアーナ嬢は、いつの日か、社交界の華と呼ばれることだろう。
今でもノヴァック公爵夫人の社交へ共に出席することがあるくらいだ。ノヴァック公爵令息と婚約し、デビュタントを迎えれば、もっと数多くの貴族の目に触れる。そしてアドリアーナ嬢の外見だけでなく、博識な頭脳と、内面の美しさも知れ渡っていくのだ。
そんな彼女のガヴァネスを務められたことを光栄に思う。
「残念と言えば……夫人との授業が今日で最後であること、とても寂しく思います。長い間、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。どこかでまた会えることを楽しみにしているわ」
「はい! 必ずご挨拶させていただきますわ」
にっこりと笑う顔が可愛いと、心から思う。あの馬鹿息子が何かの間違いで、アドリアーナ嬢の心を奪ってくれたらいいのにと、こっそり願っていることは私だけの秘密である。
小さな子供には優しく大らかなガヴァネスを求める家が多い中で、指導する態度が厳しいと言われる私に、まだ6歳の令嬢を教えるよう依頼されることは久しかった。
落ち着きのない子を叱るのは面倒だし、泣かれてしまうのは御免被る。一度やってみて合わないようなら別のガヴァネスを検討して欲しいとスタングロム侯爵家の使用人には伝えていた。
しかし、最初の挨拶を受けた時点で、私はこの子を教えたいと感じていた。表情も声色も動作もすべて、6歳の子供とは思えないもので。どう育っていくのか見てみたいという思いに駆られた。
それから10年近く。何を教えてもしっかり吸収していったアドリアーナ嬢は、もうすぐ貴族学校に入学する。私もお役御免だ。
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「子供の頃から勉強が好きだったなんて、それだけですごいことです」
「あら、あなたもじゃない。ずっと楽しそうに勉強してくれていたわよ」
「あ、はは。夫人の教え方がよかったのですわ」
なぜか気まずそうな顔で笑っているアドリアーナ嬢を不思議に思いながらも、別の話題に移ることにした。
「ジェイデンもあと一年は学校にいるから、困ったことがあったら言うのよ。頼りになるかは、分からないけれど」
「ジェイデン様は頼りになりますわ。主に女性には強い方ですし」
「……あの子は本当に……」
誰とも深い仲になっていないとジェイデンは言うけれど、夜会でエスコートしていただの、腕を組んで歩いていただの、街でショッピングしていただのと、たくさんのご令嬢と噂になっている馬鹿な息子である。
「あなたみたいにしっかりしたご令嬢が相手だったら、あの馬鹿者を制御できるのでしょうけれど……」
「私は心に決めた方がおりますから」
「そうよね。心から残念よ」
まだアドリアーナ嬢を教え始めて間もない頃のことだった。
『シュナイプ伯爵夫人。私を、公爵夫人になれるよう教育してくださいませ』
と、言い出したのは。
私の教えたい欲と、アドリアーナ嬢の学びたい欲が合致して、本当に充実した日々を送ることができた。私はアドリアーナ嬢に持てる知識の全てを注ぎ込んだつもりだ。もう他の令嬢のガヴァネスなんて、できる気がしない。
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