聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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【58話】

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「美味しいね~」

 ニッコリと笑みを浮かべながらマフィンを頬張るのはアンドュアイスだ。
 猫舌なので飲み物はアイスティー。
 口の端に付いた食べかすはクオンが拭ってやっている。

「兄さんが尊い…」

 従兄弟間での諍いがなくなり、アンドュアイスはマロンの宮でのお茶会に参加するようになった。
 すっかり美味しいお菓子をくれるマロンに懐いている。
 まるでオカンのようにアンドュアイスの面倒を見るクオンと、ニコニコと笑って姉の様なポジションのマロンに挟まれたアンドュアイスがお菓子を頬張っている姿は確かに尊い。

 見えないはずの尻尾がフリフリ振られているのが見える。
 警戒心の無いピュアピュアな笑顔。

 蟠りさえ無くなれば、もともとブラコンの気があったルークがアンドュアイスに落ちるのは早かった。
 ルークの中でサイヒの1位は永遠に変わらないが、しばらくは2位はアンドュアイスの席だろう。

 今までは面倒を見てくれる頼りになる兄ポジションだあったが、今のアンドュアイスは末っ子ポジションだ。
 弟の欲しかったルークのツボに嵌ったのも、当然と言えば当然の事だった。

「ルーク様とアンドュアイス様の仲直りはばっちりですが、お兄様が返ってきませんわね…嫌な予感がしますわ」

「サイヒはコチラの状況が分からないので仕方ないんじゃないでしょうかマロン様?」

「いえ、お兄様がコチラの状況分かっていないはずが無いですわ。動物型の【式神】なりなんなりを使ってコチラの様子は把握しているはずです。お兄様のルーク様への溺愛は半端ないですもの」

「確かに、サイヒならありそうですね…」

 マロンはよくサイヒの事を理解している。
 サイヒはマロンの言う通り【式神】を何体もガフティラベルに置いて行ったのだ。
 お陰でサイヒは、おそらくこの場に居る4人よりも帝国の状況を把握しているだろう。
 黒幕の正体も分かっていない危険な場所に、ルークの守護も置かずに姿を消すなどサイヒの溺愛っぷりを知っている者からしたら”ありえない”と言いきれるのだ。

 流石のマロンも【盗聴】には気付いていないみたいだが。

 ちなみに現在この【盗聴】を通じてルークとアンドュアイスが仲睦まじくしている様子を聞いているサイヒは、遠くの地でニヤニヤしている。
 同じ部屋の親友に、気味が悪いものを見る目で見られているなんて誰も想像していないだろう。

「しかしサイヒは何処に行ってしまったのだろう…やはり私をまだ怒っていて帰ってきてくれないのだろうか……無体を働いた私を見限ってしまったのであろうか……」

「それは無いですルーク様。お兄様はその程度な事でルーク様を見限るほど愛情は薄くありません!」

 マロンがきっぱり言いきった。

「では、サイヒは何故帰ってこないのでしょうか?」

 クオンが呟く。
 3人とも口を噤んで考える。
 サイヒがルークを見限ることは無い。
 ルークの目はもう覚めていることも恐らく知っている。
 従兄弟2人の仲が良好な事も気付いていると思って間違いないだろう。
 ならば何故サイヒは帰って来ないのか……。

「サイヒはルークに迎えに来て欲しいんじゃないかな?」

「「「えっ!?」」」

 それは思いもよらない言葉だった。
 その言葉を発したアンドュアイスに視線が集まる。

「だってサイヒは女の子でしょう?女の子は王子様が迎えに来るのを待ってるものじゃないの?昔、叔父上が貸してくれた本にはそんな事書いてあったよ?」

 大帝国の皇帝が10歳に満たない甥に貸す本にしてはジャンルに謎があるが、アンドュアイスの中では女の子は王子様が迎えに行くものらしい。
 女嫌いのはずなのにえらく的を得ている。
 アンドュアイスが嫌いなのは欲情してくる女なので、おとぎ話の女の子は嫌悪対象に入らないらしい。

「あの、サイヒが女の子……」

 普段からルークをナチュラルに口説いては魅了し、武道大会で圧倒的な実力差を見せつけられたクオンとしては”サイヒ=女の子”の図式は受け入れがたい。

「確かにお兄様は年頃の女性ですものね。アンドュアイス様が言うようにルーク様を待っている可能性もありえますわ」

「サイヒが、私が迎えに来るのを待っててくれている……」

 マロンが頷き、ルークは頬をバラ色に染めた。

「ま、万が一そうだとしても…一体何処に居るのか見当もつきませんよ……」

「サイヒのルーツを辿るのはどうかな?僕たちサイヒの事大好きだけど、サイヒの事良く知らないよね?だからサイヒの事良く知っている人にサイヒが何処に行きそうか聞いてみたらいいと思うんだ」

 流石は未来の皇帝にと望まれたこともあるアンドュアイスだ。
 幼児帰りしていても、その知能は衰えていない。
 現実的には1番の年長者であるし、皇族としての仕事もその有能さから若くしてこなしてきており、箱入りなルークやマロンを抜いてそれなりに世を理解しているクオンと比べても、その経験値の差は半端ない。

「お兄様の事を良く知る人物…」

「親兄弟になるでしょうね」

「それか、元婚約者のローズ王太子か……」

 ローズの名を出すルークの顔は苦虫を噛み潰したかのようだ。
 どうやら生理的に受け付けないらしい。
 だがそうも言っていられない。
 ルークはサイヒを見つけるためなら手段は選ばない。

「ガフティラベルからカカンへはどれ位かかる?」

「馬で行って3週間ですね」

「3週間、公務を空けるのは痛いな」

 ルークの眉間に皺が寄る。

「だったらルークの仕事、僕がその間引き受けるよ。1週間くらいなら何とか誤魔化せるでしょう?馬は時間がかかるから僕のグリフォンに乗って行けば良いよ。ちゃんとルークの言う事聞くように命じとくから」

「兄さん…有難うございます!!」

「いいよ~だって僕ルークのお兄ちゃんだもん。弟が困ってるときに力貸すのは当たり前だよ。だから早くルークはサイヒ迎えに行ってごめんなさいしよーね」

 アンドュアイスの笑顔が、それはもうキラキラ輝いて見える。
 喋り方や仕種こそ幼いが、アンドュアイスはやはりルークの”お兄ちゃん”なのだ。

「兄さん、私の分のマフィンも食べますか?」

「ありがとー、ルークは優しいね」

 喜ぶアンドュアイスに、「本当に優しいのは貴方です」そうルークは心の中で感謝の言葉を述べた。
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