そしてヒロインは売れ残った

しがついつか

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注意するだけ無駄

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リーリエは一度、モモに注意をしたことがあった。


図書室にて隣同士で静かに勉強しているウィル・サン侯爵令息とエメラルド・ムーン侯爵令嬢を、モモが邪魔した時のことだ。

リーリエ達よりも1学年上の彼らは幼いころからの婚約者同士で、その関係も良好だ。
私語禁止の図書室ゆえに言葉を交わす様子はないが、二人の雰囲気はとても柔らかい。
婚約者としての義務ではなく、お互い好んで一緒の時間を過ごしている。

そこへ何を思ったのか――単に顔のいい男がいた、と思って近づいただけだろうが――モモが突撃してサン侯爵令息に声をかけたのだ。


「初めまして!私モモっていいます。そのバッチの色は先輩ですよね!格好いい!」
「…なんだ貴様は」


遠めに見てもわかるほど不機嫌さを前面に出した顔の令息に対し、ムーン侯爵令嬢の表情は変わらない。
貴族令嬢の情報収集能力は高いため、モモが『噂の平民女子』だとすぐに見抜いたようだ。



「先輩は格好いいけど奥手そうだから、私の方から声をかけちゃった!あ、もしかして可愛い女の子に声をかけられて照れてるんですか? やだぁ~」
「…」


ペラペラと喋るモモにサン侯爵令息が青筋を立てたところで、リーリエは『これはやばい』と音を立てないよう小走りで近づいた。


「ん~どうしようかなぁ。先輩がどうしてもっていうなら、モモとデートし…」
「お嬢さん、図書室ではお静かに!」


小声で、かつ厳しい声で注意しつつモモの腕を引いて図書室の外へと連れ出した。
『お嬢さん』とはもちろんモモに向けてである。
ただ『お静かに!』と注意したのでは、侯爵令息に対して言ったと思われる可能性がゼロではない。お貴族様に注意するなど、小心者のリーリエにはできない。リーリエは本能的にそう感じて、実行した。

実はその判断は正しかった。
サン侯爵令息はやや気難しい人物であったため、モモだけでなくリーリエまで睨まれる可能性があった。
運よく危険を回避したリーリエは、出来るだけその場から離れるためにモモを引っ張ったまま廊下を突き進んだ。







「ちょっと、リーリエ。どこまで行くのよ!」


2階へと降りる階段の手前まで来たところで、モモが声を上げた。


「なんであんなっ…~~んもうっ!」


足を止めたリーリエは振り向き、モモに言ってやりたいことがあるのにうまく口にできなくて、少し乱暴に手を離した。
モモは急に引っ張り出されたことに呆気にとられたものの、特に怒っている様子はなかった。


「もしかしてリーリエもあの先輩と話がしてみたかったの?」
「そんなわけないでしょう!」
「でもごめんね。リーリエじゃ無理だと思うわ。リーリエも可愛いと思うけど、私と比べちゃうと…ね?」


(『ね?』じゃねーよ!)



イラっとする。


「あのねぇ!ああいうのよくないよ」
「ああいうのって?」
「さっきの先輩! どうみても貴族だし、一緒にいたのは婚約者だと思う。っていうか婚約者じゃなかったとしても、女子と一緒にいる人にアプローチするのってかなり失礼でしょ!」


そう言ってやると、モモはきょとんとした顔をした。


「え、他に誰かいた?」
「――え?」


その返答にリーリエは驚いた。
サン侯爵令息の隣にはムーン侯爵令嬢――リーリエはこの時点では彼らの名前を知らない――が座っていた。
間違いなく、男子生徒の隣に女子生徒がいた。

まさかリーリエは幽霊でも見たとでもいうのか。


「…いや、いたでしょうに。隣に女子生徒が…」
「え? あー、そうなの? いたかもしれないけど、女子生徒だったら興味ないから多分目に入ってなかったのかもね。記憶にないわー」
「…」


あははと笑うモモに、リーリエはどうでもよくなってしまった。


『あの子には言うだけ無駄なのよ』とエマが言っていたのが、理解できた。


「あっ! あの人格好いい! リーリエまたね!」
「え、あっちょっと!」


窓の外を見たモモはそう言って、足早に階段を駆け下りて行った。


(…っていうかここ3階なんだけど…)


リーリエは、窓の外を見た。
校庭には生徒の姿がちらほら見える。


(…いや、どれだよ)


人の姿は見えるし、かろうじて顔もわからなくはないが、モモが誰を見て言ったのかはわからなかった。


わずかな時間だったが、どっと疲れたリーリエはエマの言う通り放っておくことに決めた。
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