そしてヒロインは売れ残った

しがついつか

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令嬢たちの会話

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その日リーリエは食堂で一人、昼食をとっていた。

普段ならエマとエミリアと一緒なのだが、彼女たちはそれぞれ所用があって遅れている。
彼女たちからは『遅くなると思うから先に食べていて』と言われているので、リーリエは遠慮なく昼休み開始直後に食堂に駆け込み、一番人気の焼肉定食をゲットした。

食事はメインが肉、魚、野菜の3種類から選べる定食となっている。
平民街の飲食店でよく食べられるようなものだ。
肉料理が最も味が濃く、野菜料理があっさりとした味付けとなっている。
平民や騎士科の男子生徒には肉料理が人気で、貴族令嬢たちは野菜料理を注文するものが多い。


昼食時に全校生徒が一斉に集まるため、食堂は広く作られている。
食堂の入り口は東西に二つあり、貴族用と平民用のそれぞれの校舎から渡り廊下でつながっていた。

西側にある貴族用の入り口側の席には貴族の生徒が座り、東側は平民の生徒が座ることが多い。
明確な決まりはないが、自然とそうなったのだ。
食事を終えたら校舎に戻るのに、わざわざ出入り口から最も遠い席を選ぶような生徒はいなかった。

また貴族と平民のマナーの違いも原因の一つだ。
定食をお上品に召し上がる貴族と、ガツガツと食べる平民が同じテーブルにつくと、お互いに嫌な気持ちになるためだ。


縁あって平民と貴族の生徒が一緒に食事をとるときは、食堂の中央付近の席を使用するようになっている。


食事は生徒自らがカウンターに取りに行き、食事が済んだら食器を入り口付近にある返却口に返しに行くシステムだ。
定食を乗せたトレイはそれなりに重いので、非力な――特に貴族令嬢たちはカウンターからほど近い席を利用することが多い。

時々、お喋りを楽しむためにわざとカウンターから最も離れた窓際の席を使う令嬢たちもいる。
カウンターから近い席だと人通りがそれなりにあるため、話をするには落ち着かないのだ。




リーリエが令嬢たちの話を耳にしたのは、カウンターから離れた窓際の席でのことだった。

リーリエは今日も、普段エマ達と食事をとっている窓際の席を利用していた。
そこへ彼女の背後――1つ長テーブルを挟んだ隣――に4、5人の女子生徒がやってきた。

背を向けているリーリエには見えていないが、その所作は美しく、まごうことなき貴族の女子生徒であった。


「――それにしても、あの娘には困ったものですね」
「えぇ。身分に関係なく、見目麗しい殿方にのみお声をかけているそうよ」



(モモのことだ)


聞いた瞬間すぐに分かった。
絶対にモモのことであると。
貴族、平民関係なく男子生徒にアプローチをかけているのはモモ以外にいない。
そんな失礼な生徒が何人もいてたまるか。


「アリア様はあの娘をそのままにしていてよいのですか?」
「パシフィック侯爵令息様に何度となく接触しているようですけれど」



(あ~、入学式の時の人か。その人の婚約者さんがいるのか)


ロベルト・パシフィック侯爵令息。
入学式で新入生代表挨拶をし、その後モモに付きまとわれている顔の良い男子生徒だ。


リーリエの背後の女子グループには、彼の婚約者であるアリア・オーシャン伯爵令嬢がいた。


オーシャン伯爵令嬢はため息をついた。


「ロベルト様は趣味が悪いですから…」
「え…」


(えっ!?)


令嬢たちの話に耳を傾けていたリーリエは、焼肉を口に運ぶ手を止めた。


令息の趣味が悪い――ということは、もしや彼はモモを気に入っているということなのか。


(同じクラスの男子生徒が『顔は可愛いけどあれはないよなぁ』と話しているあのモモが良いのか!? え、ほんとに。あれがいいっていう男がいるの!?)


平民の男子生徒も忌避しているというのに。


リーリエと令嬢たちが驚く中、オーシャン伯爵令嬢は困った声でこう続けた。


「最初はハニートラップを疑っていたようなのですが、身辺調査をしてただのだとわかってからは、彼女が接触してくるのを楽しみにしているのです」
「え…その…それって」
「まさか…」


(本当にあれがいいってこと?!)


趣味悪い。見る目がない。
顔と名前しか知らない侯爵令息に対して、リーリエは残念な男なのだと頭の片隅にメモしておいた。

だがそんな悪評を払拭するように、伯爵令嬢が言葉を続けた。


「以前、ロベルト様に彼女のことをどう思っているのかお聞きしたのです。そうしたら、『だって貴族の僕と、どうこうなれると思ってるんだよ?とっても愚かで可愛いよね』――と、おっしゃってまして…。本当に趣味が悪いですわ…」


(あ、趣味が悪いってそっちか…)


その時、令嬢たちとリーリエの心は一つになった。

『あんな女を可愛いだなんて趣味が悪い』ではなくて、『愚かな女をもてあそぶなんて趣味が悪い』という意味だったようだ。



「確かにそれはあまり良い趣味とは言えないかもしれませんが、アリア様を蔑ろにするようなお考えがないようで安心いたしましたわ」
「本当に」

(そうだよね。モモが良いっていう男が婚約者とか地獄でしかないよね…)

「ロベルト様がおっしゃるには、『可憐なレディ』ではなく『珍獣』を相手にしている気分なのですって。他の殿方たちも同じような考えをお持ちだそうですよ」
「まぁ…」
「それはそれは…」

(珍獣って…。――まあ、否定できないか)

「他にも『厄介なご令嬢をうまく躱すための訓練』だともおっしゃってましたわ」

(完全に相手にされてないじゃんか…)



令嬢たちの会話により、貴族令息からモモがまったく相手にされていないことを知ってしまった。

だが安心した。
国の未来を担う貴族の令息たちが、モモの毒牙にかかる日がくることはないとわかったのだ。


令嬢たちの話題が美味しいスイーツに移る頃、焼肉定食を平らげたリーリエは、そっと席を立った。



リーリエが得た情報はすぐさまエマとエミリアに伝えられ、その場に居合わせて彼女たちの話を耳にした第三者から瞬く間に拡散していった。
日頃、モモを相手にする貴族令息たちがどのように考えているのか気になっていた平民の生徒たちは、話を聞いて腑に落ちたようだった。


またモモからのアプローチに辟易している平民生徒――中でも特に商人を目指す者――は、厄介な相手の躱し方の訓練として彼女と向き合うようになった。

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