捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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公爵家の侍女達は、聖女に公爵にと怒りが収まりません。

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 公爵が、ユリアーナ捜索のためバンーテーン王国領へ向かい、アンデッド討伐に出立する――少し前の話。

 公爵家の侍女たちは、すでにうんざりしていた。
 公爵に群がる女たちに――そして事あるごとに、彼がかつて口にした「君を愛することはない」という言葉を盾にする、その浅ましさに。

 公爵がその言葉を発したのは事実だ。
 だが、それには明確な理由があった。
 ――皇族の呪い。

 呪いに侵されていた当時、距離を取っていたのは他ならぬ彼女たち自身だ。
 それが解かれた途端、この有様である。

 呪いに囚われた公爵と共に立ち向かおうとし、その苦しみを分かち合おうとした女性は、ただ一人――ユリアーナだけだった。

 だからこそ、公爵家の侍女たちは彼女に深く感謝している。
 そして、公爵家の女主人として認める女性もまた、ユリアーナ以外にはいなかった。

 たとえその呪いが、次はユリアーナへと移り、彼女が日々衰弱し、苦しむことになろうとも。
 その時は、今度こそ自分たちが支える。

 それが、公爵家の侍女たちの――固い誓いだった。

 その誓いは、いつしか――

「ユリアーナ以外の女性が公爵に近づけば、徹底的に排除する!」

 という、揺るぎない方針へと変わりつつあった。

「あの聖女、毎日毎日……公爵様がおいでになろうと、いらっしゃるまいと、まるで日課のようにこの屋敷を訪れるなんて許しがたい!」

「女主人気取りもいい加減にしてほしいものですわ。ご都合主義の、ただの勘違い女ではありませんか!」

「それに……本当に“聖女”なのでしょうか? あれほど節操のない振る舞いで……」

「聖女と呼ぶに値するのは、奥様ただお一人です。この公爵家に舞い降りた、真の聖女様は……」

 今日もまた、侍女たちは怒りを隠そうともせず、声を荒げていた。

 侍女たちの機嫌の悪さに、公爵邸の騎士たちは日々、胃腸薬を手放せなくなっていた。
 これなら魔物退治のほうが、よほど気楽である。

 気づけば彼らは、主である公爵が長年抱えてきた苦労を、身をもって理解し始めていた。

「一刻も早くユリアーナ様を見つけ出し、公爵邸へお戻りいただきたい。そして、平和な日々を取り戻すのです!」

 その瞬間、公爵邸で暮らすすべての人間の思いが、見事に一致した。

 彼らはこの五年間、公爵と共に、ただ無心に職務をこなし続けてきた。
 そして同時に、害虫としか言いようのない女たちを排除し続ける日々にも、耐えてきたのである。

 本来であれば。
 一刻も早くユリアーナを探し出し、誤解を解き、新たに“教育し直された結果、素敵な夫へと進化した公爵”が、誠心誠意、頭を下げて謝罪する未来があるはずだった。

(なお、騎士団的にはその進化は「概ね合格」である。ただし、侍女たちは、未だに厳しい。)

 そして再び、彼女に夫として選ばれること。
 それが、公爵邸に仕える者たち全員の、密やかで切実な願いだった。

 いずれは、お二人によく似た愛らしい子どもたちをこの手で世話できたら――
 そんな、ささやかな未来を夢見ながら。

 だからこそ、皇帝陛下の正式な許可が下りた今、ユリアーナ捜索は、公爵家における最重要任務となっていた。
 何よりもまず、騎士たちの精神衛生のために。

 その最中に、突如として現れた害虫。
 聖女を名乗る、例の女である。

 侍女たちの怒りは、すでに臨界点に近づいていた。

 聖女もまた、同様だった。
 彼女はついにしびれを切らし、強硬手段に訴える。

「私の言うことを聞かないなんて……!公爵様にお伝えして、あなたたちは全員クビにして差し上げますわよ。今すぐに!」

 業を煮やした聖女は、自らの侍女たちを引き連れ、公爵家へと乗り込んできた。

「ええ。公爵様のご許可が出れば、いかようにも。」

「……その許可は、すでにお取りになっているのでしょうね?」

「申し訳ございませんが……。私どもは、公爵様からそのようなお話を一切うかがっておりません。」

 聖女一行が強引に屋敷へ踏み込もうとした、その瞬間。

 侍女たちは慌てることもなく、ただ淡々と対応した。

 そして、彼女たちの目の前で。

 門は、静かに、しかし確実に閉ざされた。

 ピシャリ、という乾いた音だけを残して。

 聖女は一瞬、何が起きたのか理解できない様子だったが。

「今から公爵様にお伝えしてきますわ。後で後悔しても、知りませんことよ!」

 そう捨て台詞を吐き、彼女は公爵がいるであろう城へと向かった。

 その道中。

 屋敷へ戻ろうとする公爵一行と、ばったり鉢合わせる。

「……好機ですわ!」

 聖女はそう判断し、馬車を近づけさせようとした。

 しかし。

 公爵一行の周囲には、明らかに異様な“荷”があった。

 頭部と胴体が、見事なまでに一直線で切り分けられた――アースドラゴンの亡骸である。

 それはつい先ほど、魔物討伐で得た堂々たる戦利品だった。

 アースドラゴンは、名こそドラゴンだが草食で、好物は果物。
 それにもかかわらず気性は荒く、近づく者すべてを傷つける、手に負えない自己中心的な魔物として知られている。

 もっとも、その肉は非常にジューシーで美味と評判なのだが、問題は、その大きさだった。

 皮を丁寧に剥ぎ取り、頭部と胴体をつなげて剥製にし、公爵邸の玄関に堂々と飾れば……。

「これで、女どもは寄りつかなくなるだろう。」

 呪いから解放されたのに、愛するユリアーナは失踪し、代わりに群がる女ども。
 その上、呪いの元からのユリアーナ捜索禁止命令。
 手のひら返しの、貴族連中。

 精神的にいろいろ疲れ切っていた公爵と騎士団は、その代償として判断力が鈍りつつあった。

 さまざまな出来事に心身ともに疲れ切っていた公爵の、あまりにも浅はかな計画の産物が、今まさに、彼の一行と共に運ばれていたのである。

「なんでもっと早く、こんな素晴らしい作戦を思いつかなかったのだろうか?」

 公爵は、一発でドラゴンを仕留めた高揚感からか、とてもテンションが上がっていた。
 ドラゴンを仕留めた際の返り血を浴びたままの姿であることにも、気づかないほどに。

 しかも、アースドラゴンの剥製を飾った後の平和な日々を想像していたからか、さらにご満悦な笑顔である。

 端から見れば、整いすぎた美しい顔に浮かぶ、血にまみれた狂気じみた笑顔。

 その光景を馬車越しに見た瞬間、聖女は声を上げることもなく、気を失った。

 介抱に動いた自分の侍女たちに抱えられ、公爵と言葉を交わすことすら叶わぬまま、彼女は自らの屋敷へと送り返されていく。

 誰の手を借りることもなく、無意識に聖女を撃退した公爵。
 しかし、この計画はある意味失敗だったことに、この後気がつく羽目になる。

「……公爵様、これは一体……」

 帰還を出迎えた侍女たちの前に、眼鏡の縁をくいっと上げた侍女長が、公爵の元へと一歩歩み出た。

「見ての通り食糧だ! アースドラゴンの肉は、とてつもなくうまいからな。この大きさだ。お前たちも切り分けて、家族に持って帰るといい。皮と骨は別で使うがな。」

 公爵は上機嫌だった。

「……ありがとうございます。私たちにまでこんな上質なお肉を分けていただけるなんて、本当にうれしく思いますわ。して、アースドラゴンの皮と骨はどうなさるおつもりですか? まさかオークションにでもかけて高値で売る……とか……」

「? 何を言っている? 剥製にして玄関に飾……」

「・・・今何と?」

 屋敷中に響き渡る、すべてを凍り付かせるような冷たい声。

 ……と同時に、公爵の後ろに控えていた騎士たちが、じりじりと後ろへ下がり、公爵から距離を取り始めた。
 いつの間にか、侍女長の後ろには鬼の形相の侍女たちが、横一列に整列している。

「このような物を玄関に飾れば、奥様がお屋敷にお戻りになった際、どうなるとお思いで?」

 侍女長の言葉は、地を這うように低く、そして冷たかった。
 後ろに控える侍女たちは、一言も発することなく、揃って深くうなずいた。

「や、ユリアーナが帰ってくるまでの、魔除け(女という名の害虫避け)に、ちょうどいいかな……と……」

「公爵様……」

「な、なんだ……」

「そこにお座りなさい。今すぐ!」

「後ろの皆さんもですよ! 今すぐ!」

 こうして、今や恒例行事になりつつある、公爵家侍女たちによる大説教大会が幕を開ける。

 ……終わったのは、帳が下り、空が真っ暗になって、綺麗な星が輝く頃だった。
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