捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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アリア教会――それぞれの思惑。

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 アリア教会が公爵を欲した理由は、ただ一つ。

 ――彼らには、すでに“足りなかった”。

 表向き「聖女」と称されるカトリーナ嬢に至っては、神聖力はほぼ皆無だった。
 だが、それが世に知られれば、教会の威厳は地に落ちる。
 ただでさえ、この世界の大半は『ヨナス教会』なのだ。

 ゆえに、彼らは“補充”という道を選んだ。

 信者の中から神聖力を持つ子供を選び出す。
 特に、貧しい者や孤児たちは率先して引き取った。
 女の子は聖女候補として囲い、男の子は神官見習いとして保護する――そう称して。
 半ば強引に信者を増やしてきた教会なのである。

 実際には、彼らは育てられてなどいなかった。

 聖女や枢機卿が身につけるブローチには、神聖力を溜め込む魔石が仕込まれている。
 奇跡は“人”から生まれるのではない。

 蓄え、使われるものだった。

 対外的に行われる治癒や祝福は、その魔石を通じて演出されていたに過ぎない。

 そして――神聖力を失った子供たちは、不要となる。

 教会は彼らを「役目を終えた」と判断し、密かに外へ流した。
 奴隷として売られ、その金は教会の運営資金へと姿を変える。

 信仰を盾に、神の名を掲げながら。
 その裏で行われていたのは、徹底した搾取と切り捨てだった。

 だからこそ――公爵という地位を持ち、薬草を作り出すほどの神聖力まで宿す可能性を持つ、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵は、喉から手が出るほど欲しかった。

 彼一人いれば、魔石も、子供たちも、もはや必要なくなる。
 教会は再び“奇跡を起こせる存在”として、君臨できるのだから。

 そして。
 公爵と結婚し、子をもうければ、神聖力を持つ子供を得られるかもしれない。

 たとえ自分に神聖力がないことが露見しても、「子に受け継がせた」と言い張れば、体面は保たれる。
 そのうえ、あれほど見目麗しい男を夫にできる。

 一度は、「皇族の呪い」のせいで諦めた公爵様を――。

 カトリーナは、「皇族の呪い」が解かれた後、公爵の妻になるべく、しつこく情報収集をしていた令嬢の一人だった。

「これで完璧じゃない!だって私は、アリア女神の代行者=聖女なんですもの……」

 彼女の目の前には、ブローチの魔石へ限界まで神聖力を注がされ、倒れた少女たちが折り重なっていた。
 カトリーナは浅く荒い息を吐き、天井を見上げるだけの彼女たちを、つまらなさそうに見下ろす。
 涙の筋を、冷めた目で追った。

「惨めね……」

 神聖力があっても、権力も後ろ盾も、何もないなんて……。

「なのに、唯一持っていない神聖力のせいで、私は……」

 自分が、“空”だとバレる。

 聖女ではないと。
 ただの――器だと。

「何故、選ばれた私が、こんなにも苦しい思いをしなくてはならないの? おかしいでしょう? ねえ?」

 神聖力を使い果たし、その場にただ寝転がるだけの少女の一人を足で蹴り上げながら、問いかける。

「私は、選ばれたのよ!」

 だから。

「公爵様もきっと、自分の過ちに気がつくわ。そして私のところへ、当然のように戻ってくるはず!アリア女神よ、貴方の化身であるこの美しい私が、こんなにも苦しんでおります。早く、早く公爵様の目を覚まして差し上げなさい……」

 彼女は胸の前で両手を絡め、神に祈るというよりも、命令するように天を仰いだ。

 都合のいい未来を勝手に描き、カトリーナの想いはよりいっそう大きく膨らんでいく。

 しかし。

 実際には、公爵自身に、教会が期待するほどの神聖力はなかった。
 本人もそれを理解しており、何度も説明を試みたが、聞き入れられることはなかった。

 第一、公爵自身に神聖力があると言われても、何をどうしたら使えるのか、さっぱり理解していない。
 今まではただ、自分の剣術と経験値、そして鍛えた体で全てを制圧してきた。
 今さら新たな力と言われても――という程度で、彼自身、さほど興味もなかった。

 要するに、ただ力を“保持しているだけ”。
 宝の持ち腐れとはこういうことを言うのである。

 それよりも。

(もし、ユリアーナに本当に神聖力があったとしたら……)

 教会に利用される。
 いや、それだけではない。

 ――あの、しつこい女に、殺される可能性すらある。

 そう考えた瞬間、カトリーナに向けられる感情は、もはや嫌悪でも恐怖でもなかった。

(なんとしてもユリアーナを探し出し、私が守らなければ!)

 公爵は、焦っていた。

 ◇ ◇ ◇

 一方、教会では――

 一日の祈祷が終わり、夕刻の光がステンドグラスを赤く染める頃。
 アリア教会の奥深く、外部の者が立ち入ることを許されない会議室では、数名の高位聖職者が顔を揃えていた。

 重厚な長机の中央には、金と白銀で飾られた聖印。
 その周囲に、枢機卿たちが静かに座している。

「……数が、足りません。」

 最初に口を開いたのは、白髪混じりの神官だった。
 彼の声は低く、淡々としている。

「今期、供給できる神聖力は、前期の七割ほど。魔石の消耗が、想定を上回っています。」

 空気が、わずかに重くなった。

「聖女は?」

 別の枢機卿が問う。

「……カトリーナ嬢は、依然として。」

 言葉を濁した瞬間、誰もが察した。

 神聖力は、ほぼゼロ。
 いや、最初から、ほとんどなかった。

「問題ない。」

 机の奥から、落ち着いた声が響く。

 イーリアス枢機卿。
 この教会において、実質的な最高権力者だった。

「奇跡は“見せるもの”だ。“起きていると信じさせる”ことができれば、それでいい。」

 枢機卿の指が、胸元のブローチに触れる。
 そこには、淡く光る魔石が嵌め込まれていた。

「……だが、消耗が激しすぎます。」

「神聖力を持つ子供の確保が、まったく追いついておりません。」

 若い神官が、焦りを滲ませる。

「信者の数も減っています。“奇跡”を疑う声が、少しずつ増えてきております。」

「だからこそだ。」

 イーリアスは、遮るように言った。

「公爵が必要なのだ。」

 一瞬、誰も口を開かなかった。

「呪われているはずの彼から、神聖力が検出されたと聞いた。だからこそ、“奇跡”になる。」

 枢機卿は、穏やかな笑みを浮かべる。

「彼一人いれば、魔石は長く保つ。無理に子供を囲う必要も、そのうちなくなるであろう。」

「……ですが、公爵は頑なです。」

「妻がいると、そして愛しているのだと……」

 その言葉に、イーリアスは小さく鼻で笑った。

「“愛していない”と、かつて自ら口にしたではないか。」

 その一言で、小さくも静かな笑いがあちこちで零れる。

「言葉は、使いようだ。教会が“正義”である限り、世はそれを信じる。」

「皇帝が、離婚は絶対に許さないと……」

「問題ない。」

 即答だった。

「あのような契約事、教会の力でどうにでもなる。最終的には、これで思いのまま操ればよい。」

 枢機卿の手には、くすんだ銀色の首輪があった。
 彼はそれにちらりと視線を向け、ゆっくりと立ち上がる。

「公爵は問題ない。それよりも、今後もカトリーナを前に出せ!」

「……聖女として? でしょうか?」

「“次代を担う器”としてだ。」

 誰も反論しなかった。

 彼らにとって重要なのは、真実ではない。
 神の意志を“どう見せるか”だった。

「子供たちは?」

 最後に、誰かが問う。

「……力を失った者は、これまで通りで。」

 淡々とした返答。

「役目を終えた者に、居場所はない。それが、神の慈悲だ。」

 会議は、それで終わった。

 外では、夕暮れの鐘が鳴り響いている。

 信者たちは、その音に祈りを捧げるだろう。
 その裏で、何が決められたかも知らずに。

 神の名の下で行われる取引は、今日もまた、信仰深く静かに進んでいた。
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