捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ヨナリウスとウィリアムは、一人の少女と出会う。

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「……なぜ? どうして、あの麗しい公爵様が、あんなことに……」

 自分の屋敷へ戻り、寝台の上で意識を取り戻した聖女カトリーナは、ひどく動揺していた。

 血にまみれ、それでも微笑んでいた公爵の顔が脳裏に蘇る。
 思い出した途端、身体が小さく震え、彼女は思わず両腕で自分自身を抱きしめた。

「血にまみれ……狂気を帯びて、それでもあんなにも美しいなんて……」

「なんて、罪なお方……。私……どうにかなってしまいそうですわ……」

 頬を上気させ、瞳を恍惚と潤ませながら、彼女は身をよじり、“麗しの公爵様”の姿を何度も脳裏で反芻していた。

 公爵の計画は――別の意味で、見事に失敗していた。
 それもすべて、彼が持って生まれたその外見ゆえであった。

「それにしても……」

 カトリーナは唇を歪めた。

「あの侍女たち……ただの召使い集団のくせに、この“私”に逆らうなんて……なんて、生意気な……」

 聖女と、公爵家の侍女たち。
 その戦いは――まだ、終わりを見せることはなかった。

 ◇ ◇ ◇

 こちらは、アンデッド討伐が終了して一週間経った頃の、ヨルムンド共和国。

 ヨナリウスとウィリアムは、フリーダムのメンバーであるドモンとケイオスと共に、伯爵領内にある教会へお使いに来ていた。

 この教会の責任者はとても温厚で優しく、ケイオスとも旧知の仲である。
 今日は、教会に併設された孤児院へお菓子を届ける日だった。

 最近、辺境伯が所有するダンジョンの一つに、珍しい魔物が出没するようになっている。
 その名は――ロビンソンバット。

 眼は大きく、まん丸でくりっとしており、小猫を思わせる愛らしい顔立ち。
 翼は薄い皮膜でできていて、もふもふとした小さな身体をすっぽり覆うほど大きい。
 一見すれば、誰もが「かわいい」と口にしてしまうような魔物だった。

 しかし、その見た目に騙されてはいけない。

 ロビンソンバットは、非常に獰猛で凶暴な魔物である。
 並の冒険者では目で追うことすらできないほどの速度を持ち、鋭い牙、翼の先、そして小さな指先に生えた爪には、強力な猛毒が仕込まれていた。
 かすっただけでも数秒で痙攣を起こし、最悪の場合、心臓が停止する。
 しかもその切れ味は、鎧ごと、いとも簡単に引き裂いてしまうほどだった。

 そんな危険な魔物のドロップ品は――意外にも、蜂蜜の入った小瓶である。
 その希少な蜂蜜を求め、無理を承知で挑む冒険者も少なくなかった。

 だが、ロビンソンバットには明確な弱点がある。
 それが、神聖力だ。

 神聖力が強ければ強いほど、彼らはまるで酒に酔ったかのような状態になり、動きが鈍り、捕獲もしやすくなる。

 そのため最近は、ヨナリウスとウィリアムが神聖力の扱いに慣れる訓練として、ダンジョンに潜り、蜂蜜を大量に持ち帰る日々が続いていた。

 そして今日持ってきたお菓子は、その蜂蜜を使ってユーリが焼いたものだ。
 クッキーと、パウンドケーキ。

 ――美味しくないはずがなかった。

 子供たちは我先にと手を伸ばし、次々と美味しそうに頬張っていく。
 大量にあったはずのお菓子は、あっという間になくなってしまった。

 それから、孤児院の子供たちと遊ぼうと、男の子たちと外へ出ようとした矢先だった。

「ヨナ、ウィル坊ちゃん、今日はこれで帰ろうか。」

 突然、ドモンがそう言い出した。
 いつもなら、もっとゆっくりしている時間なのだが……。

 毎回、男の子たちと遊びたいのに、何故か女の子たちに取り囲まれるヨナリウスとウィリアム。
 今回こそはと、皆でお菓子を食べているときから、女の子たちにバレないようコソコソ話をして、いざ決行――という段階だったので、二人はとても残念そうである。

「どうして? いつもより早いよ?」

「うん、僕たち今から遊ぶんだけど?」

 二人は、とても不満そうだった。
 ドモンとケイオスは互いに目配せをすると、突然、ケイオスが腰を下ろし、二人の視線に合わせた。

「申し訳ありません。今日は早く帰るようにと、二人のお母さんにお願いされているんです。」

「えー!」

 ウィリアムは不服らしく、口をとがらせて眉をハの字にしてしまったのだが――

「母様がそう言っているのなら仕方が無い。ウィル、帰ろう!」

 “お母さん”という一言に、あっさり言うことを聞くヨナリウス。

「だってまだ、こんなに明るいのにー!」

 ウィリアムは男の子たちと遊ぶのを楽しみにしていたため、食い下がる。

 しかし。

「母様の言うことは絶対だ。もし聞けないのなら、俺はせっぷ……」

「うん、帰ろう! 今すぐ帰ろう!」

 ウィリアムは、あっさりと折れた。

 そしてすぐに、四人は孤児院を後にし、教会から伯爵領の街道へ出た頃。
 日はまだ高かったが、人通りはまばらになり始めていた。

 そのときだった。

「……っ、やめて! 放して!」

 細く、かすれた声が風に紛れて届く。

 ヨナリウスとウィリアムが同時に足を止めた。
 ドモンとケイオスも、すでに状況を察して周囲に視線を走らせている。

 街道脇、林へと続く細道。
 そこでは、年端もいかぬ少女が、二人組の男に腕を掴まれていた。
 小さな手足をジタバタさせ、必死に抵抗している。

「静かにしろ。叫んだら、痛い目を見るぞ」

 男の鋭い声が飛び、少女を掴んでいない手が、その小さな頭めがけて振り下ろされた――その時であった。

「お前、何してんの?」

 ついさっきまで自分のすぐ隣にいたドモンが、男の手首を掴んで動きを止めた。
 そのまま膝裏を蹴り上げ、跪かせる。

 と同時に、もう一人の男もその場に崩れ、膝をついていた。
 ケイオスが男の手を後ろにひねり上げ、ドモン同様に膝裏を蹴り上げ、跪かせたのだ。

「痛てーなー!」

「何すんだお前ら!」

 動きを拘束された男たちは、ドモンたちに向かって暴言を吐いている。

 一方、ヨナリウスとウィリアムはガタガタと体を震わせながら、その場に座り込んでいる少女のところにいた。

「大丈夫。もう怖くないよ。」

 二人は小さな手で、少女の小さな背中を優しくさすった。

「……」

 少女は一瞬、言葉を失い――次の瞬間、堰を切ったように泣き出した。

 ドモンが男たちを拘束し、ケイオスが周囲に人がいないことを確認する。

「……最近、こういう話が増えているんだ。だから、明るいうちにお屋敷に戻ろうと思ったんだよ。」

 ケイオスの声は低い。

「子供ばかりを狙っているらしいんだが……」

 少女の身なりは、明らかにみすぼらしく、しかも体がガリガリに痩せていた。
 そして、首には……。

「どうしてこの時代に、奴隷の首輪が……」

 ケイオスは険しい顔で、少女の首を見ている。

「どれいのくびわ?」

「どれいって、なぁに~?」

 ヨナリウスとウィリアムは、きょとんとしている。

「奴隷って、ずっと昔に廃止になった制度じゃねーか……」

 ドモンも驚いている。

「この子は、誰かに自由を奪われているんです。この首輪のせいでね。」

 ケイオスが何やら呪文めいたことを唱え、首輪に手を当てるが、一向に外れない。

「これ取らないと、この子大変?」

 ヨナは、ケイオスのやることをじっと観察するように見ながら、聞いてきた。

「そうだね。これがあると、この子はとっても大変だね。」

 ケイオスがそう言ったときである。

 パキン……

 という音と共に、首輪が真っ二つに割れ、地面に落ちていった。

「え? ヨナ?」

 それを見たドモンとケイオスは、驚きのあまり大きく目を見開き、ヨナリウスを見る。

「今の見た?」

「うん」

「じゃあ、ウィルも出来そう?」

「うーん、どうかなあ?」

 しかし、ヨナリウスとウィリアムは、驚きで固まっているドモンとケイオスを無視して、そんな話をしていた。

 一番驚いているのは、少女だったようである。

 自分の首から首輪が外れ、地面に散らばっている様を見て、彼女は慌ててヨナリウスとウィリアムを見た。

 そして彼らに、こう言ったのだ。

「他の子供たちも、たすけて!」

 と。
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