捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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魔物たちに守られて、今日も平和に暮らしています。

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 港には、ハイランズ伯爵率いる騎士団と、A級冒険者パーティ『フリーダム』の面々が集まっていた。

『不審な者が潜伏している』

 そんな情報が入り、その捕縛に動いていたのだ。

 そして――予想は的中した。

 連中は、やはりアリア教会と繋がっていた。

 長年にわたり、神聖力を失い“使い物にならなくなった”と判断した子供たちを、奴隷として海の向こうの大陸へ売り飛ばしていたのである。

 しかし近年、どの国でも取り締まりが厳しくなった。
 その結果、彼らは次第に遠く、さらに遠くへと移動を余儀なくされ――今回は、ついにヨルムンド共和国まで足を延ばすことになったらしい。

「ここまで来ると、運賃ばかりかさんで、全然儲からねぇ」

「この国のガキどもを、アリア教会に高く売れりゃ……」

 捕らえられた男たちは、そんなことをぼやいていた。

 彼らが潜伏していた港近くの小屋を調べると、狭い部屋の中に、何人もの子供たちが押し込められていた。

 シュバリエ皇国へ連れ帰る予定だったという、ヨルムンド共和国出身の、神聖力を持つ子供たちである。

 彼らは、奴隷の首輪を持っていなかった。
 どうやら首輪は、アリア教会でなければ取り付けられないらしい。

 小屋の中には、泣き叫ぶ子供たちの声が響いていた。

 子供たちはすぐに保護され、親のいる者は家へ。
 親のいない者は、孤児院へと引き取られることになった。

 だが――誘拐されていた子供たちの中に、孤児院の子供は一人もいなかった。

 なぜか。

 それは、孤児院で飼育されている“乳牛の魔物”――ミルーネーの存在が大きかったのである。

 これもまた、ジェントワームと同様に、ユーリの提案から生まれたものだった。

 アメシリア公爵家には、代々受け継がれてきた一冊の書物がある。

 そこには。

 「地球」という星の存在と、その星に生きる生き物、そして異世界の発明に関する知識が記されていた。

 ただし、この書物は誰にでも読めるものではない。
 ユリアーナのように、強い神聖力を持つ者でなければ、その文字は見えないのだ。

 普通の人間が手に取っても、そこにあるのは白紙ばかりの本である。

 それでも、先祖たちがこの書物を処分しなかった理由は、至って単純だった。

 一ページ目にただ一言――赤い文字で、こう記されていたからだ。

『破棄すれば呪が来る』

 先祖たちは恐怖し、その本をマジックバッグへと収め、目に触れぬよう封じてきた。

 そして。
 ユリアーナの母は、彼女ほどではないものの、わずかな神聖力を持っていた。
 そのため、辛うじて書物を読むことができたのである。

 彼女は考えた。
 異世界の知識を、この世界に応用できないかと。
 ユリアーナは、そんな母の研究を受け継いでいた。

 まず目を付けたのが、ジェントワームだった。

 地球でいうところの「ミミズ」によく似た存在。
 畑を探せば、無数に見つかる――ミートワームである。

 彼らは魔物ではない。
 だが、ある条件を満たすと魔物へと進化する。
 それが、ジェントワームだった。

 そして、ミルーネー。
 地球でいう「牛」に似た魔物である。

 本来は気性が荒く、獰猛で、瘴気の強い地域にしか生息しない存在。
 しかし神聖力を与えると、驚くほどおとなしくなる性質を持っていた。

 そのミルクは、濃厚でコクがあり、ほのかな甘みを含む。
 市場に出回るものとは比べものにならない美味しさだった。

 このミルクで作るシチューやお菓子は、今では貴族の間でさえも大人気である。

 こうしてミルーネーは孤児院で飼育され、ミルクの販売は孤児院の重要な資金源の一つとなった。

 神聖力を扱える子供もいるため、定期的に力を与えることで、ミルーネーは常に穏やかでいられた。
 ただし、神聖力を持つ子供は狙われる可能性が高いため、この件は極秘扱いとされている。

 孤児院の子供たちを守るためでもあった。

 そして、もう一つ。

 ミルーネーには、非常に興味深い特徴があった。

 毎日丁寧に世話をする孤児院の子供たち。
 大切にされることで、ミルーネーは次第に、子供たちへ強い愛着を抱くようになったのだ。

 危険が迫れば、彼らを守る。

 ミルーネーが怒ると、その全身はミスリル銀に匹敵する硬度を持ち、巨大な体で突進する。
 相手を跳ね飛ばし、時には押し潰す。

 硬さ、速度、重量――すべてを兼ね備えた魔物は、敵に回せば極めて厄介だった。

 これまで孤児院に手を出そうとした者は、例外なく治癒院のベッドの上で目を覚ますことになった。

 今回の件でも被害者は存在した。
 治癒院を調べたところ、五人ほどが、いまだ身動きも取れず寝かされていたらしい。

 だからこそ、孤児院の子供たちは、今日も何事もない顔で眠りにつくことができていた。

 そんな穏やかな日々の中で、もう一つ、思わぬ変化が起きていた。

 孤児院で飼育されているミルーネーのミルクだけが、一定期間置くと自然に固まり、地球でいうところの生クリームや、バター、さらにはチーズへと姿を変えるようになったのである。

 料理の幅は一気に広がり、注文は後を絶たなくなった。

 今日も孤児院の台所からは、忙しなく、けれどどこか楽しげな音が響いている。

 そして、ヴァレン辺境伯邸とハイランズ伯爵邸にいるジェントワームたち。
 彼らもまた、ただおとなしい魔物というわけではなかった。

「ね、ねえ……君たち、何をしているの?」

 ヨナリウスとウィリアムから距離を取り、柱の陰から顔を出した保護された子供たちが、おそるおそる声をかける。

「え? 何って……今日のおリボン、取り替えてるんだけど?」

「僕たちの日課だしね~」

 二人は気にも留めず、目の前の魔物の首元に手を伸ばしていた。
 ヨナリウスは黄色のリボンを、ウィリアムは青いリボンを、丁寧に結んでやっている。

「そ、それ……魔物……」

 女の子の一人が、今にも泣き出しそうな声で呟いた。

「え? ちがうよ?」

 ヨナリウスは不思議そうに首をかしげる。

「僕たちの家族だよね? ミー君」

「うん。だって、とってもお利口さんだしねー。ズー君」

 二人は子供たちの反応など意にも介さず、体長二メートルほどのジェントワームと、すりすりと身体を寄せ合って戯れていた。

「やわらかくて、ぷにぷにしてる~!」

「きもちいいよね~!」

 満足そうな声が、のんびりと響く。

 その光景を、保護された子供たちはただ呆然と見つめていた。
 信じられないものを見るように、顔はすっかり青ざめている。

 ――無理もない。

 ヴァレン辺境伯邸とハイランズ伯爵邸にいるジェントワームたちは、もともとユリアーナが自宅で飼っていたジェントワーム――「ミートさん」の子供たちである。

 ユリアーナが家を出たとき、いずれ公爵家を出て自由になった時のため、どこかで静かに育てようと、密かにマジックバッグへ移していた魔物たち。

 それが今では、黄色と青のリボンを首に結ばれ、「家族」と呼ばれて撫でられているのだった。

 彼らは、両屋敷において危険な事態が起これば、身を挺して人々を守る。

 普段は温厚な彼らだが、ひとたび魔物特有の凶暴化が始まれば、ミスリル銀さえ砕くほどの締め技で侵入者を制圧する。

 そして――。

 いつもは無味無臭の消臭液を出す彼らが、この時ばかりは、何度洗い流しても一週間は消えないほどの、強烈な悪臭を放つ液体を撒き散らすのだ。

 しかもその液体が付着した部分は、金属であろうと容赦なく溶け落ちていく。

 彼らがいてくれるおかげで、今では両邸に不法侵入する者も、不埒な真似を働く者も、すっかり姿を消していた。

 最初は恐れていた両邸の者たちも、今ではすっかり彼らを気に入っている。

 皆に愛されて育ったせいなのか、最近ではミー君もズー君も、花のように爽やかな香りを纏うようになった。
 歩くたび、ふわりと香りが広がるため、女性たちに人気なのである。

 ――子供たちには、まだ警戒されているようではあるが。

 魔物たちの活躍により、ヴァレン辺境伯邸とハイランズ伯爵邸、そして孤児院は、今日も平和に回っていた。
 
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