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離婚が成立していないのは何故でしょうか?
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最後まで不機嫌マックスで母親と離れるのを嫌がるヨナを、なんとか宥めて、ユーリは辺境伯と共に王都へ向かった。
馬車が動き出すまでのあいだ、ヨナリウスは母の外套の裾を小さな手でぎゅっと掴んで離さなかった。
まるで、それが最後の命綱であるかのように。
その大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。
「すぐ戻るわ。ちゃんと、お留守番していてね。」
何度目になるかわからない言葉を、ユーリは静かに繰り返す。
けれど、ヨナリウスは頷かない。
視線を逸らしたまま、唇を尖らせ、明らかに不機嫌を全身で主張していた。
「……やだ」
この三日間、何度もヨナリウスから発せられた言葉。
小さく、しかしはっきりとした拒絶だった。
辺境伯はその様子を見て、何も言わず、ただ一歩下がった。
口を挟めば、かえって火に油を注ぐと分かっているからだ。
ユーリは一度だけ深く息を吸い、ヨナリウスの前に膝をついた。
「王都にはね、大事なご用があるの。終わったら、必ず帰ってくるわ。ヨナはいい子ですもの。お母さんの言うこと、分かってくれるわよね?」
「……うん。」
本当は分かっている。
けれど……。
ヨナリウスは泣き叫びたい気持ちを、懸命にこらえていた。
いくら離れるのが嫌だとは言え、幼子のような態度で、母を困らせたくはない。
たとえ今、自分がまだ四歳であると分かっていても……だ。
「……」
何を言えばいいのか分からず、ヨナリウスは黙ったままでいた。
「すぐよ。遅くてもヨナが、十回寝て起きるまでには帰ってくるわ……。」
「え! 十回……」
ヨナリウスは絶望的な顔をユーリに向けた。
その顔を見て、辺境伯は思わず口を出してしまった。
「大丈夫だよ。ヨナが五回寝て起きるまでには戻ってくると、約束しよう。だから、留守番をお願いできるかな?」
ヨナリウスの視線に合うよう、その場にしゃがみ込み、辺境伯は視線を同じにしてお願いをした。
「……本当?」
ヨナリウスがやっとのことで口を開く。
「では、約束を守るために、今からお願いをしようか。」
辺境伯はそう言うと、近くにいた執事に、王都への伝令を至急送るよう言い渡す。
「ローウェン様がそうおっしゃるのなら大丈夫よ? ヨナ、お留守番をお願いできるかしら?」
「……わかった。」
ぶっきらぼうに返答するしかない、ヨナリウス。
愛する母のお願いを断るわけにはいかない。
ユーリはヨナリウスを抱き寄せ、微笑みながら額を軽く寄せた。
「約束するわ。」
「うん。絶対だよ!」
「ええ……」
ヨナリウスはその小さな手で、母親を力いっぱい抱きしめた。
しばらくの沈黙の後、ようやくヨナリウスは手を離した。
その表情は、納得というよりも、諦めに近い。
馬車が動き出す。
窓越しに見える小さな姿が、次第に遠ざかっていく。
ヨナリウスが、馬車に向かって走り出した。
その後ろを必死になってドモンが追いかけている。
そのうち、ヨナリウスの姿が見えなくなったことを確認し、ユーリは初めて馬車の中で深く腰を下ろした。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「……申し訳ない。」
隣に座る辺境伯が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、お手間を取らせてしまい、申し訳ございませんわ。」
ユーリも頭を下げる。
それからしばらく、会話もなく、ただ馬車は前へ前へと進んでいった。
ユーリは窓の外をずっと眺めていた。
王都へ向かう道中、馬車の中は穏やかだった。
街道は整備され、往来も多い。
けれど、ユーリの心だけが、どこか置いていかれたようだった。
「王都へ、この件をすぐに終わらせて帰らせてもらうよう、急ぎ伝令を出しました。大丈夫ですよ。国王も今回の事情を分かっておりますので。」
ユーリを安心させるように、辺境伯が告げる。
「いつもありがとうございます。」
ユーリの微笑みに、辺境伯は思わず顔を赤らめ、窓の外を向いてしまった。
「そうしないと、ヨナが心配ですので……。」
こうして辺境伯とユーリは、途中の宿で一泊をして、次の日の夕暮れ時には辺境伯の王都別宅へ入ることが出来た。
「ここでなら、誰にもバレないかしら?」
辺境伯の王都別宅の一室に案内され、一息ついた頃である。
ユーリは王都へ行く際、一つだけ、確認しておきたいことがあった。
自分の離婚が、きちんと成立しているかどうか、である。
愛さないと言われた契約上の結婚だ。
置き手紙にも、自分は最初からいない者だったとするよう、きちんと記載もしてある。
当然、すでに離婚は成立しているはずだと、疑う余地はない。
けれども。
やはり、自分の目で確かめてみないことには、安心できなかった。
この五年間。
自由都市シールズーから一歩も出ていないせいで、確認できずにいた不安要素だ。
シールズーにもヨナス教会はあるが、知り合いが多いため、どこでバレるかも分からない。
慎重になるに越したことはない。
ユーリはそう考えていたのだ。
このためだけに、今回だけはヨナリウスの同行を良しとしなかったのだ。
「ごめんなさい、ヨナ……。」
ユーリは心の中で、何度もヨナリウスに謝った。
夕食時。
ユーリは思いきって、辺境伯にお願いをした。
「ローウェン様、明日の朝、少しだけお暇を貰って、外出をしたいのですが……。」
その願いは、フリーダムメンバーを護衛として連れて行くという条件の下で、叶うこととなった。
辺境伯は明日、晩餐会を兼ねた皇女との謁見の打ち合わせで、朝から王城へ登城しなければならないからだ。
「息抜きも必要です。私はご一緒できませんが、楽しんでくださいね。」
辺境伯は、ヨナリウスに買うお土産を選びに行くのだろうと、思っているらしい。
「ありがとうございます。」
ユーリは満面の笑顔で、辺境伯に礼を述べた。
翌日の朝。
早くに出かけてしまった辺境伯の後で、ユーリも城下町へと出かけた。
めざしたのはもちろん、『ヨナス教会』。
一緒に着いてきたフリーダムメンバーには、
「頼まれたことがある。」
と告げて外で待ってもらい、ひとり教会の中へと足を踏み入れた。
高い天井。
静謐な空気。
祈りの声が、どこか遠くで反響している。
自分は使いの者であるといい、大司教に渡すよう、出迎えた関係者にある手紙を渡す。
それは、マジックバッグにこっそりと忍ばせていた、『アメシリア公爵家』の家紋の入った一通の手紙。
しばらくして、王都の大司教が姿を現した。
そして、大司教から告げられる、手紙の答え。
「ユリアーナ・ウィン・ヴァーミリオン公爵夫人は、離婚なぞされておりません。」
その一言が、胸に重く落ちた。
「……なぜ、ですか?」
問いかけた声は、思った以上に冷静だった。
大司教は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ、帳簿を閉じた。
「奥様になら、直接お話しできますが。」
大司教は、探るような眼でこちらを見ている。
「申し訳ございません。私、さるお方に頼まれただけなので、奥様の居場所までは……」
とっさにそう言い捨て、困ったように視線を背けて見せる。
「困りましたなあ……。奥様以外には、お話しできませんというのに……。」
「さようでございますか。ではそのように伝えます。」
なおも探るような物言いをする大司教に、ユーリは早々に諦め話を切り上げた。
「それにしましても……。」
ユーリは、なおも詰め寄ろうとする大司教の話を遮り、ためらいなく寄付金の話を切り出し、念のための口止めも済ませた。
「……」
その金貨の多さに、大司教は突然、言葉を紡ぐのをやめる。
形式は整った。
けれど、胸の奥の違和感だけは、消えなかった。
教会を出たとき、空は驚くほど晴れていた。
それなのに……。
どうしてだろう。
「……離婚できない事情が、何かあるのかしら?」
胸の中に、黒い影が、静かに広がっていくのを、ユーリははっきりと感じていた。
馬車が動き出すまでのあいだ、ヨナリウスは母の外套の裾を小さな手でぎゅっと掴んで離さなかった。
まるで、それが最後の命綱であるかのように。
その大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。
「すぐ戻るわ。ちゃんと、お留守番していてね。」
何度目になるかわからない言葉を、ユーリは静かに繰り返す。
けれど、ヨナリウスは頷かない。
視線を逸らしたまま、唇を尖らせ、明らかに不機嫌を全身で主張していた。
「……やだ」
この三日間、何度もヨナリウスから発せられた言葉。
小さく、しかしはっきりとした拒絶だった。
辺境伯はその様子を見て、何も言わず、ただ一歩下がった。
口を挟めば、かえって火に油を注ぐと分かっているからだ。
ユーリは一度だけ深く息を吸い、ヨナリウスの前に膝をついた。
「王都にはね、大事なご用があるの。終わったら、必ず帰ってくるわ。ヨナはいい子ですもの。お母さんの言うこと、分かってくれるわよね?」
「……うん。」
本当は分かっている。
けれど……。
ヨナリウスは泣き叫びたい気持ちを、懸命にこらえていた。
いくら離れるのが嫌だとは言え、幼子のような態度で、母を困らせたくはない。
たとえ今、自分がまだ四歳であると分かっていても……だ。
「……」
何を言えばいいのか分からず、ヨナリウスは黙ったままでいた。
「すぐよ。遅くてもヨナが、十回寝て起きるまでには帰ってくるわ……。」
「え! 十回……」
ヨナリウスは絶望的な顔をユーリに向けた。
その顔を見て、辺境伯は思わず口を出してしまった。
「大丈夫だよ。ヨナが五回寝て起きるまでには戻ってくると、約束しよう。だから、留守番をお願いできるかな?」
ヨナリウスの視線に合うよう、その場にしゃがみ込み、辺境伯は視線を同じにしてお願いをした。
「……本当?」
ヨナリウスがやっとのことで口を開く。
「では、約束を守るために、今からお願いをしようか。」
辺境伯はそう言うと、近くにいた執事に、王都への伝令を至急送るよう言い渡す。
「ローウェン様がそうおっしゃるのなら大丈夫よ? ヨナ、お留守番をお願いできるかしら?」
「……わかった。」
ぶっきらぼうに返答するしかない、ヨナリウス。
愛する母のお願いを断るわけにはいかない。
ユーリはヨナリウスを抱き寄せ、微笑みながら額を軽く寄せた。
「約束するわ。」
「うん。絶対だよ!」
「ええ……」
ヨナリウスはその小さな手で、母親を力いっぱい抱きしめた。
しばらくの沈黙の後、ようやくヨナリウスは手を離した。
その表情は、納得というよりも、諦めに近い。
馬車が動き出す。
窓越しに見える小さな姿が、次第に遠ざかっていく。
ヨナリウスが、馬車に向かって走り出した。
その後ろを必死になってドモンが追いかけている。
そのうち、ヨナリウスの姿が見えなくなったことを確認し、ユーリは初めて馬車の中で深く腰を下ろした。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「……申し訳ない。」
隣に座る辺境伯が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、お手間を取らせてしまい、申し訳ございませんわ。」
ユーリも頭を下げる。
それからしばらく、会話もなく、ただ馬車は前へ前へと進んでいった。
ユーリは窓の外をずっと眺めていた。
王都へ向かう道中、馬車の中は穏やかだった。
街道は整備され、往来も多い。
けれど、ユーリの心だけが、どこか置いていかれたようだった。
「王都へ、この件をすぐに終わらせて帰らせてもらうよう、急ぎ伝令を出しました。大丈夫ですよ。国王も今回の事情を分かっておりますので。」
ユーリを安心させるように、辺境伯が告げる。
「いつもありがとうございます。」
ユーリの微笑みに、辺境伯は思わず顔を赤らめ、窓の外を向いてしまった。
「そうしないと、ヨナが心配ですので……。」
こうして辺境伯とユーリは、途中の宿で一泊をして、次の日の夕暮れ時には辺境伯の王都別宅へ入ることが出来た。
「ここでなら、誰にもバレないかしら?」
辺境伯の王都別宅の一室に案内され、一息ついた頃である。
ユーリは王都へ行く際、一つだけ、確認しておきたいことがあった。
自分の離婚が、きちんと成立しているかどうか、である。
愛さないと言われた契約上の結婚だ。
置き手紙にも、自分は最初からいない者だったとするよう、きちんと記載もしてある。
当然、すでに離婚は成立しているはずだと、疑う余地はない。
けれども。
やはり、自分の目で確かめてみないことには、安心できなかった。
この五年間。
自由都市シールズーから一歩も出ていないせいで、確認できずにいた不安要素だ。
シールズーにもヨナス教会はあるが、知り合いが多いため、どこでバレるかも分からない。
慎重になるに越したことはない。
ユーリはそう考えていたのだ。
このためだけに、今回だけはヨナリウスの同行を良しとしなかったのだ。
「ごめんなさい、ヨナ……。」
ユーリは心の中で、何度もヨナリウスに謝った。
夕食時。
ユーリは思いきって、辺境伯にお願いをした。
「ローウェン様、明日の朝、少しだけお暇を貰って、外出をしたいのですが……。」
その願いは、フリーダムメンバーを護衛として連れて行くという条件の下で、叶うこととなった。
辺境伯は明日、晩餐会を兼ねた皇女との謁見の打ち合わせで、朝から王城へ登城しなければならないからだ。
「息抜きも必要です。私はご一緒できませんが、楽しんでくださいね。」
辺境伯は、ヨナリウスに買うお土産を選びに行くのだろうと、思っているらしい。
「ありがとうございます。」
ユーリは満面の笑顔で、辺境伯に礼を述べた。
翌日の朝。
早くに出かけてしまった辺境伯の後で、ユーリも城下町へと出かけた。
めざしたのはもちろん、『ヨナス教会』。
一緒に着いてきたフリーダムメンバーには、
「頼まれたことがある。」
と告げて外で待ってもらい、ひとり教会の中へと足を踏み入れた。
高い天井。
静謐な空気。
祈りの声が、どこか遠くで反響している。
自分は使いの者であるといい、大司教に渡すよう、出迎えた関係者にある手紙を渡す。
それは、マジックバッグにこっそりと忍ばせていた、『アメシリア公爵家』の家紋の入った一通の手紙。
しばらくして、王都の大司教が姿を現した。
そして、大司教から告げられる、手紙の答え。
「ユリアーナ・ウィン・ヴァーミリオン公爵夫人は、離婚なぞされておりません。」
その一言が、胸に重く落ちた。
「……なぜ、ですか?」
問いかけた声は、思った以上に冷静だった。
大司教は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ、帳簿を閉じた。
「奥様になら、直接お話しできますが。」
大司教は、探るような眼でこちらを見ている。
「申し訳ございません。私、さるお方に頼まれただけなので、奥様の居場所までは……」
とっさにそう言い捨て、困ったように視線を背けて見せる。
「困りましたなあ……。奥様以外には、お話しできませんというのに……。」
「さようでございますか。ではそのように伝えます。」
なおも探るような物言いをする大司教に、ユーリは早々に諦め話を切り上げた。
「それにしましても……。」
ユーリは、なおも詰め寄ろうとする大司教の話を遮り、ためらいなく寄付金の話を切り出し、念のための口止めも済ませた。
「……」
その金貨の多さに、大司教は突然、言葉を紡ぐのをやめる。
形式は整った。
けれど、胸の奥の違和感だけは、消えなかった。
教会を出たとき、空は驚くほど晴れていた。
それなのに……。
どうしてだろう。
「……離婚できない事情が、何かあるのかしら?」
胸の中に、黒い影が、静かに広がっていくのを、ユーリははっきりと感じていた。
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