捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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公爵は自分の話を他人事として聞いてしまいました。

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 ユーリが屋敷の自室で今後のことをいろいろと考え、ローウェンに被害が及ばないよう祈りを捧げていた頃。
 そしてローウェンが王城の一室で、国王エリオットと今後について話し合っていたその頃――。

 ローウェンの弟であるバーナード・ハイランズ伯爵と、ヨルムンド共和国第二王女ミディマリア=ヨルムンドは、その場で固まっていた。

 王城からの呼び出しを受け、ミディマリアを連れて向かう途中。
 ところどころで地味な嫌がらせ同然の悪事を働いていた盗賊団の引き取りに立ち寄った土地でのことだ。

 まずは挨拶を、と。
 自分たちを待っているはずのシュバリエ皇国の使節団一行に会うため、バーナードたちは部屋を訪れた。

 そこには――

「あ、ウィルのお父さんと、ミディお姉さんだ!」

 自分たちの姿を見るなり、ととと……と走り寄ってきたヨナリウスがいた。

 ――ヨナは、たいていの女性のことを「おねえさん」と呼ぶ。

 かつてウィリアムが、自分の母の妹に向かって「おばさん」と言ってしまい、ひどく叱られていたのを覚えていたからだ。
 その後もネチネチと続き、ウィリアムが精神的にかなりのダメージを受けていたことも、しっかり覚えている。

(女性は、言い方を間違えると、とても怖い思いをする)

 ヨナリウスはそう理解していた。
 だからたとえミディが自分の母ユーリより年上だったとしても、彼女のことは「おねえさん」と呼ぶことにしているのだ。

 しかし、二人が驚いたのはそこではない。

 視線の先には――

 ヨナリウスによく似た、いや、ヨナリウスと瓜二つの顔立ちをした男が、その場にいたからだ。

「え? ヨナのお父上……?」

「え? あの暴力旦那……」

 とっさに出た言葉に、ミディは思わず両手で口を塞いだ。

 以前、フリーダムの面々から、ユーリは日常的に暴力を振るう夫と、彼女を物扱いする家族から逃げているらしい――と聞かされていたからだ。

「……? いや、私はヨナリウスの父親ではないのだが。『暴力旦那』とは?」

 目の前の、酷く顔立ちの整った金髪金目の男は、特に怒るでもなく、穏やかな口調で座るように促した。

「し、失礼いたしました。私はバーナード・ハイランズと申します。こちらは、我が国の第二王女ミディマリア=ヨルムンド殿下です」

 バーナードは椅子に座ることなく、慌てて名乗った。

「失礼なことを言ってすみませんでした!!」

 ミディマリアも座ることなく、慌てて謝罪し、深く頭を下げた。

「いや、別に構わない。私は今回の使節団代表、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオンだ。――それよりヨナ。まずは二人に言うことがあるんじゃないか?」

 コンラッドの一言で、ヨナリウスの顔色が変わる。

「あの……約束破ってごめんなさい!」

 ヨナリウスは勢いをつけて上半身を深く折り曲げ、二人に向かって謝った。

「突然いなくなったから、皆で心配したんだぞ?」

 バーナードはその場に腰を下ろすと、ヨナリウスを強く抱きしめた。

「ぼく、約束破ったから、責任を取って切腹するべきなのかな?」

「え? 切腹? ……何かは分からないけれど、きちんと謝ったから、それでいいんじゃないかしら?」

 切腹の言葉の意味が分からないミディマリアは腰を下ろし、落ち込んでうつむいたままのヨナリウスの頭を優しく撫でた。

「そ、そうだな……。よく分からないが、今後は必ず誰かに一言言ってから出かけるようにしてくれたら、それでいい。」

 バーナードもヨナリウスを安心させるため、慌てて言葉を付け足した。

 たまに聞く、『切腹』と『介錯』という単語。
 息子のウィリアムに聞いても、「怖い!」と泣き出すため、いまだに意味の分からない言葉なのだが……。

「許してもらえて良かったな。ヨナリウス。」

「うん!」

 いつの間にかそばに来たコンラッドに頭を撫でられ、ヨナリウスは元気よく返事をした。

 バーナードとミディマリアは、交互にせわしなく視線を動かしながら、二人を静かに見ていた。

 日の光を反射してキラキラと輝く金髪と、宝石のような琥珀色の瞳を持つ公爵。
 そしてこちらも、日の光を浴びて輝く銀髪に、アメジストを思わせる紫の瞳を持つ――公爵によく似た顔立ちのヨナリウスを。

(しかし、ここまで似ていて親子でないなんてあるのか?)

 困惑するバーナードに対し、

(ヨナ君、大きくなったらこんなイケメンになるのー! 将来が……)

 あまりにも美しい公爵を目の前にし、ミディは不覚にも顔を赤らめてしまった。

(いや、だめだめ! ミディ、あなたにはローがいるわ! 浮気は絶対ダメー!)

「ミディおねえさん?」

 両頬に手を当て、首をぶんぶん左右に振るミディマリアを、ヨナリウスは不思議そうに眺めている。

「な、何かな?ヨナリウス君。」

 公爵そっくりの顔のヨナに尋ねられ、ミディマリアの体がビクンと大きく跳ね上がる。

「おかお、まっかだけど、おねつでもあるの?」

「え?これはその……違うのよ?」

 あわてふためくミディマリアを見て、ヨナは不思議そうにコテンと頭を横にした。

 そんなミディマリアを無視して、コンラッドはヨナリウスに話しかけた。

「おじさんたちは今から、大事な話があるんだ。ヨナはミー君のところで待っていてくれないかな?」

「わかったー!」

 元気よく返事をすると、ヨナリウスはそのまま部屋を飛び出していった。

「あんなにいい子なのに、父親は暴力男とは……」

 コンラッドが意外そうに、言葉を口にした。

「ええ。なんでも、その暴力に家族も無関心なようでして……。ヨナリウスの母親はそんな家族と旦那から、逃げているみたいなのです。」

「そうなんです。彼女はとても博識で思いやりのある、優しくて素敵な女性なのに……。」

 バーナードの言葉に、ミディマリアも言葉を付け足す。

「辺境伯が屋敷で匿っていると聞いた。」

「はい。」

「父親のことも聞いてみたのだが、『必要ない』と言っていてな……そんな理由があったのだな。」

「ええ。自分が早く大人になって、母親を幸せにするのだといつも言っておりますよ。」

「けなげでかわいいですよね~。」

 そんな二人の話を聞いて、コンラッドは思った。
 自分の妻と子供にそんなことをする男とは、一体どんな神経をしているのだと。

 ましてや、自分より弱い者に暴力を振るうなど、想像もできない。

 守る立場の人間が、その責任を放棄してどうするのだと。

 怒りで思わず両拳を握りしめ、ぎゅっと力がこもった。

 ―――こうしてコンラッドは、自分がどう言われているのかを意外な形で知ることになるのであった。

 まさか、その暴力旦那とは、自分を指していることだとは知らずに……。
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