捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

文字の大きさ
52 / 67

ローウェンは今日も屋敷に戻れないようです。

しおりを挟む
 次の日。

 昨日の朝から一向に帰ってこないローウェンを、ユーリは王都の辺境伯邸で待っていた。
 一刻も早く息子――ヨナリウスのもとへ戻り、今後の準備をしなくてはならないからだ。

 本音を言えば、あの領地から離れたくない。

 自分たち母子に何かとよくしてくれる辺境伯ローウェン。
 ずっと家族のように大事にしてくれたフリーダムの面々。
 そして、呪いから救ったことに恩義を感じているのか、何かと力になってくれる伯爵親子。

 伯爵の息子であるウィリアムとヨナは、まるで本当の兄弟のように仲がいい。

 そんな、かけがえのない大切な人たちが大勢いる土地から――まさか離れる日が来るなんて。

「なんで、私を放っておいてくれないのかしら……」

 『愛さない』と言っておきながら、いまだに自分を縛りつけようとする、金髪金目の美しい男の姿が脳裏をよぎる。
 思い出すだけで腹が立った。

 自分は別に、公爵夫人になりたいわけではない。
 そして、彼の妻に収まる気もさらさらない。

 ただ――

 息子であるヨナリウスと、貧しいながらも幸せに暮らしていけるのなら、それだけで十分なのだ。
 もし、それ以上を願うことが許されるのなら。

 先祖が遺し、亡き母が為し得なかった研究の数々に取り組めるのなら。

 それだけでもう、自分は十分に幸せだ。
 それなのに、なぜ今になって……。

「辺境伯領にいれば、全部叶っていたのに……」

 教会の一件は、昨日の説明で何とかなったようであった。
 ケイオスの話によると、司祭はその話を信じた様子で、あの老婆について調べるのだそうだ。
 まあ、天涯孤独で、しかもすでに亡くなっている人を調べたところで、何も出ないとは思うのだが……。

「それにしても……」

 昨日の朝から、ローウェンが一向に帰ってくる気配がないことに、ユーリは胸騒ぎが止まらなかった。
 教会はだませても、王城では別の情報が入っているかもしれない。

 もし、その件でいまだに戻ってこないのだとしたら?

「ローウェン様にご迷惑がかかっていなければ良いのだけれど……」

 王城に問い合わせてはみたが、

「込み入った話でなかなか戻れそうになくて……」

 という、申し訳なさがひしひしと伝わってくる返事と、それに高価な贈り物が付いてくるので、問い合わせるのも気が引けた。

「何か、情報が得られればいいのだけれど……」

 せめて、自分の正体がばれていませんように。
 その件で、ローウェン様を困らせていませんように……。

 ユーリは部屋の中から、綺麗な青空を眺めながら、ただ祈ることしかできないでいた。

 *

 そのローウェンはというと――

「自分から頼んでいたのに、他の女性と婚約することになったなんて……ユーリになんと言えば……」

 気がつけば、親友である国王の妹と婚約する話になっていたローウェンは、王城の一室で頭を抱えていた。

 最初は弟であるバーナードからの提案だったとはいえ、ユーリが自分の婚約者になることは、とても嬉しかったのだ。
 その気持ちに嘘はない。

 舞い上がりすぎていたのだろう。
 領地を離れ、この王城でイシャロット帝国の皇子――あの無礼な男に会うまでは。
 嬉しさのあまり、どこか上の空だったくらいだ。

 まさか、自分なんかの婚約者になってくれるなんて――と。

 それがたとえ“ふり”だったとしても、それだけでローウェンは十分に幸せだった。

 だからこそ、本人のいないところで突然決まった相手――ミディマリア=ヨルムンド第二王女の存在が、胸の奥で重く沈む。

 ユーリに、どういう顔で。
 そしてミディマリアにも、どういう言葉で。
 二人に納得してもらえばいいのか。

 部屋にこもって考え続けたが、夜が明け、次の日の昼前になっても、答えは浮かばなかった。

 今やヨルムンド共和国で一、二を争うほどの勢いで繁栄する領地を治めている自分が――こんなことで。

「でもいつまでも、こうしているわけにもいかないし……。」

 いい加減腹をくくって、一度屋敷に戻ろう。
 そして、誠心誠意、ユーリに謝ろう。

 やっとのこと重い腰を上げ、現国王であるエリオット・ヨルムンドに退出を願い出ようと、部屋を訪れたときである。

「我が国に、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵率いる、シュバリエ皇国の使節団一行が来ているらしい」

 という話をされたのだ。

 しかもなぜか、自分の領土内にあるダンジョンにいたらしい。
 その情報も、弟であるバーナード・ハイランズ伯爵から王城への至急の手紙で発覚したことだと聞かされ、嘘ではないと確信できた。

「なぜ私の領地のダンジョンに?」

「それがだな……」

 手紙によると、シュバリエ皇国の一行が突然例のダンジョンに現れ、そこで迷子になっていたらしいヨナリウスに出会い、彼の願いで一緒にこちらへ向かっているとのことだった。
 なぜこんなに早くこの国へ着いたのかは、ヴァーミリオン公爵本人から聞かないことには分からないのだそうだ。

「は? ヨナが迷子?」

「ヨナって誰だ?」

「説明しただろう? 今回、私の婚約者になる予定だったユーリの息子だよ。」

「え? お前、子持ちと結婚する予定だったのか?」

 どうやらエリオットは、事前にあったユーリの説明を頭に入れていなかったらしい。
 自分の妹の方がローウェンの結婚相手にふさわしいと思っていたからなのか、まったく覚えていなかったのだ。

「悪いか?」

 ローウェンは反射的にエリオットを睨みつけた。

「え? いや、まあ、今はミディだし……」

 ローウェンにその言葉は届いていなかった。

(ヨナがダンジョンで迷子? 何度も行っているあのダンジョンで? あり得ないだろう……いや、まだ四歳だし……)

「バーナードがシュバリエ皇国の例の子供たちと、ミディ殿下を連れて王都へ向かう途中で合流するらしい。今頃、会って話をしているんじゃないのかな?」

「子供たちを迎えに来るのに、わざわざ公爵が出向いてきたのか?」

「これは極秘事項なのだが……」

 そう言うと、エリオットは席を立ち、ローウェンの隣に座った。
 そして耳元へ顔を近づけると、

「どうやら、行方不明の奥方の探索も兼ねているらしい。」

 と、耳打ちしてきたのだ。

「行方不明の奥方?」

「ああ。お前も知っているだろ?あの国の『皇族の呪い』は千年以上続いていると有名だからな?どうやらその呪いを解くために、奥方は五年前から行方不明なんだそうだ。」

「呪いを解くのに、何故奥方が行方不明なんだ?」

「よくわからん。しかしそのおかげで呪いが解けたとかで、皇族が今、必死に探しているらしいんだ。」

「へえ。」

「そういえば、お前の偽婚約者の名前、ユーリだったか?」

「偽婚約者とか言うな!」

 俺が傷つくだろうが……とは言えず。

「先日、その女が公爵夫人の実家の家紋付きの手紙を、城下町にあるヨナス教会の司教に渡した、という報告があってだな……」

「え? ユーリが? なぜ?」

 元の席に戻ったエリオットに向かって、ローウェンは身を乗り出した。

「なんでも、古い知り合いに頼まれたんだそうだ。しかもその知り合いは、三年前に亡くなっている。老婆らしいんだが、お前、何か知らないか?」

「老婆? ああ、ユーリが世話になったという、あの老婆のことか。すまないが私も、よく知らないんだ……。」

「そうか……。」

 その話はここで終わったのだが、今度はシュバリエ皇国の件について話をしているうちに、ローウェンはまたしても、帰るタイミングを失ってしまったのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

【完結】結婚しておりませんけど?

との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」 「私も愛してるわ、イーサン」 真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。 しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。 盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。 だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。 「俺の苺ちゃんがあ〜」 「早い者勝ち」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\ R15は念の為・・

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

処理中です...