捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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最強の守護神は、空から降ってきました。

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「すみません。もう、これくらいで許してやっては――いただけませんか?」

 再びドモンが割って入り、コンラッドの前に立った。
 彼の背後では、ユーリがヨナリウスを抱き寄せたまま、小さく身を縮めている。

「彼女は……ユーリは、その……男性に対して、苦手意識が強くて……」

「男性に、苦手意識?」

 コンラッドはその言葉に、思わず眉をひそめる。
 ユリアーナに初めて出会ったとき、彼女は自分の形相にひるむことなく、落ち着いてはっきりと意見を言える、そんな心の強い女性だった。

 いつだって彼女は、性別に関係なく物怖じせず、言うべきことをきちんと言える女性だった。

 不快感をあからさまに顔に出す連中とも、忌み嫌って逃げる連中とも違う。
 きちんと向き合い、目を合わせて話をする女性――。

 コンラッドの中でのユーリはいつだって、自分をまっすぐに見て話をしてくれる女性だった……はずなのに。

(一体、この五年間の間に、彼女に何があったんだ……)

「この五年間で一体君に……」

 コンラッドが、顔を上げないユーリに言葉を重ねようとした、その時――。

 突然、場の空気がさっきまでとは別の意味でざわついた。

「探しましたわ。やっと会えましたわね、コンラッド様!」

 甲高く甘ったるい声とともに現れたのは、イシャロット帝国のバレリア皇女だった。

 城内でコンラッドが来ていると聞きつけ、慌てて駆けつけてきたのだろう。
 念入りに作り込まれた化粧はいつにも増して厚く、香水の匂いは鼻の奥を刺すほど強い。

 思わず顔をしかめる者が続出したが、本人は意に介さない。

 むしろ、子どもが怖がるほどの猫なで声で、バレリアはするするとコンラッドの懐へ入り込もうとした。

「ご無事でよかった……わたくし、ずっと心配して――」

「私は貴様に用はないのだが?」

 自分に抱きつこうと伸ばしてきたバレリアの手を乱暴に払いのけ、氷のように冷たい言葉でコンラッドは制した。

 だが――。

「もう、照れ屋さんなんだから!」

 彼女はまるで気にしていない。
 さらに、バチバチと気味の悪いウインクを連発し、周囲をドン引きさせた。

 もちろん体をすり寄せ、抱きつく隙を作ろうと必死だった。

「ち、近づかないでいただきたい!」

 ある意味恐怖を覚える相手から必死に距離を取ろうとするコンラッドと、貪欲に目の前の男を捕獲しようとするバレリア。
 その攻防が始まった――その時である。

 ユーリが息を呑み、ドモンの袖を掴む。
 視線だけで告げる――今だ、と。

(ヨナを連れて、ここから……!)

 ドモンが頷きかけた、その刹那。

「待ってくれ!」

 コンラッドの手が、まっすぐにユーリへ伸びた。
 迷いなく手首を掴むと、ヨナリウスを抱えた彼女ごと、自分のほうへ引き寄せる。

 その光景を見たバレリアの目が、ぎらりと濁った。

「……何ですの、それ。誰? その女!」

 バレリアが、ギロリとユーリを睨みつけた。

「ヒッ!」

 ユーリは、今まで見たこともないような恐ろしい形相に、その場で固まってしまう。
 ただ、ヨナリウスとだけは離れてはいけないと、抱きしめる手は決して緩めなかった。

「この私が、誰だと聞いているのよ! そこの女!」

 さっきの猫なで声とは打って変わり、まるで男のような野太い声でユーリを責め立てる。

 逆上したバレリアは、そのままためらいもなくユーリへ襲いかかった。
 爪を立て、今にも怪我を負わせる勢いだ。

「母様っ!」

 ヨナリウスの声が裏返る。

(か、母様があぶない!)

 ヒステリックに叫ぶ女の姿があまりにも恐ろしくて、ヨナリウスは母の腕の中で固まってしまい、動けない。
 その恐ろしさに、ヨナリウスはとっさに叫んだ。

「ミー君、助けて!!」

 その呼びかけに応じるように、突然、何かが空から降ってきた。

 ドスン!

 大きな音とともに、一瞬、地面が盛大に揺れる。

 砂埃が収まり、その場に姿を現したのは――

 鮮やかなオレンジ色のリボンを風になびかせ、ジェントワームのミー君が姿を現した。
 ユーリとヨナリウスを抱きかかえるコンラッドを背にして、バレリアの前へ立ちはだかる。

「きゃああああっ!!」

 悲鳴を上げたのはバレリアだった。
 化粧で固めた顔が一瞬で歪み、後ずさる。

 彼女の記憶に、別の悪夢が蘇ったのだ――ミー君の“母親”、ミートさんから受けたあの屈辱的な仕打ちが。

 ミー君は、ユーリとヨナリウスの様子を後ろ目にちらりと見る。

 怯えきって青白い顔で固まり、体をぶるぶると震わせるユーリ。
 母親を心配そうに見つめ、今にも泣き出しそうなヨナリウス。
 それを見て、ミー君はバレリアに向き直った。

(コイツ、消していいよね?)

 ミー君の中で、にっくき相手をどう始末するかは決まっていた。
 そんなミー君の姿を見たユーリは、とっさに叫ぶ。

「ミー君! ここでやったら、私たちは反逆罪で死刑になるわ!」

 やっとの思いで声を張り上げ、必死に止めた。

(え? そうなの?)

 ユーリの叫びに、ミー君はぴたりと動きを止めた。

(ひとまず、これ以上こっちに来ないで欲しいかも……)

 ミー君は考えを改め、体を動かすと、バレリアがコンラッドたちの元へ行けないよう、長い体で周囲を囲って通せんぼをした。

 締め上げるのではなく、逃がさない程度に――それでも、人間には十分すぎる恐怖だ。

「あの匂いが……あの強烈な……」

 バレリアは顔面蒼白になり、次の瞬間、腰が抜けるどころでは済まなかった。
 失禁し、そのまま白目をむいて気絶したのだ。

「ど、どうしましょう……そんな……」

 青ざめたユーリが呟く。

 バレリアの背後には、いつの間にかやってきていた甥――第二皇子と第三皇子がいた。
 ぴったりと互いに抱きつき、真っ青な顔でぶるぶると震えている。

 コンラッドが彼らの姿を見つけた途端、冷たい目を細めた。

「よくもまあ、堂々と他国で“皇族”だと嘘をついて居座れるものだな。」

 しかし皇子たちは、何のことかわかっていない様子だった。
 互いに視線を交わし、青い顔のまま首をかしげる。

 そんな彼らに対し、コンラッドは「ハーッ」と深いため息を漏らすと――

「のんきな者だな。自国のクーデターにより、一族もろとも処刑されたというのに……」

「は?」

 皇子たちにとって、それは寝耳に水の宣告だった。

「うそだよな……?」

 狼狽した顔で第二皇子が震える声を出す。
 第三皇子も唇をわななかせた。

 だが、その否定を封じるように、重い足音が広間に響いた。

「……いや、本当だ。」

 姿を現したのは、エリオット国王とロクサーヌ王妃だった。
 その後ろには、ローウェン・ヴァレン辺境伯の姿もある。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。

 国王は淡々と、だが一切の逃げ道を与えず告げた。

「さきほど知らせが届いた。君たちの一族の時代は終わった。よって反逆者として、今から牢に入ってもらう。」

「ま、待って――」

「後日、イシャロットから引き取りの役人が来る。それまでおとなしくしているように。」

 その言葉で決まった。

 衛兵が一斉に動き、甥たちは抵抗もできぬまま連行されていく。
 気絶したバレリアも、顔をしかめた衛兵たちに雑に抱えられて運ばれていった。

 その場に残ったのは、イシャロット一行の後ろ姿を睨みつける一同と、そして――ユーリの震える指先。

 コンラッドの手は、まだユーリとヨナリウスを解放してはいない。

 ユーリはヨナリウスの体温を確かめるように抱き寄せながら、必死に心の中で叫んだ。

(誰か、助けて……)

 声にならない声で、ユーリは必死に助けを求めていた。
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