捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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コンラッドは、誘拐犯に間違われているようです。

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 イシャロット帝国の“元”皇族たちは、突然現れたかと思うと、あっという間に反逆者として断罪され、そのまま牢へ移送されていった。

 だが――広間の混乱は、それだけでは終わらなかった。

 魔物が、王城内に入り込んだのだ。

 しかし王城の騎士団は、退治するそぶりを見せない。
 国王エリオットの勅命により、ジェントワーム――ミー君に手出しできなかったからだ。
 槍を構えたまま距離を取り、凶暴化しないか監視の目だけを光らせる。

 そしてもう一つ。
 騒ぎの中心にいたのは、なおもユーリとヨナリウスを放さない男――コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵だった。

 ユーリはヨナリウスを抱きしめたまま、肩をすくめるように身を縮めている。
 ヨナリウスは母の腕の中で、困ったようにせわしなく小さな頭を左右に振りながら、ユーリとコンラッドを交互に見ていた。

 さらに、周囲が監視の目を光らせているジェントワーム――ミー君は、そんなヨナリウスの様子が気になって、仕方がないのだろう。
 ヨナリウスの動きに合わせて、自分も同じように体を動かしている。

「エリオット、その……あのお貴族様は誰だ?」

「え? そっちの“貴族様”の話?……ロクサーヌ、心当たりある?」

「あんなイケメン、後五年出会いが早ければ……あ、その頃にはもう結婚してたっけ?」

「ロ、ロクサーヌ?」

 顔を赤らめ、まるで恋する乙女のようにコンラッドを見つめる妻、ロクサーヌの姿を見て、エリオットは一抹の不安を感じた。

 一方。

 コンラッドを知らないローウェンは、ユーリ親子を抱え込んで放さない彼の姿を見て、激しく動揺した。

 コンラッドの顔と、彼の腕の中のヨナリウスを見た途端、目を見開いたまま立ち尽くしてしまう。

「ヨナにそっくり……ではなく、ヨナがそっくりな男?」

 ローウェンは言葉を失った。
 似ている、という次元ではない。
 もう親子でいいんじゃないかと思えてしまうほど、二人はよく似ていた。

(でも父親って確か、“暴力的だ”って噂で……。え? まさか彼が? どう見ても身分の高い貴族……え?)

 ローウェンの頭の中は完全にパニックだった。
 周りが勝手に作り出した、ユーリの“まだ見ぬ夫像”が、頭の中で暴走していたのである。

 そんなローウェンの隣で、ケイオスとフリンクスが、ユーリたちの様子を見て顔色を変えた。

「ドモン。何故ユーリがヨナリウスごと、あの男性に抱きかかえられたままなのですか?」

「そうだよ! 第一、あの男性は誰? 見るからに貴族様だよね?」

 問い詰められたドモンは、うんざりしたように頭をかきむしる。

「それが……シュバリエ皇国の公爵様らしいんだが……」

「今、行方不明の奥さんを探してるっていう?」

 フリンクスが言うと、ドモンは渋い顔で頷いた。

「そう。で、何故かユーリのことを奥さんと勘違いしたまま離さなくて……厄介なんだよ。」

「厄介……って、厄介なのはユーリの方でしょうに……ドモン、見て分かりませんか?」

 ケイオスは呆れたように言い、心配そうにユーリとヨナリウスを見た。

 そのとき。
 広間の入口付近で、とある一団が到着した。

 シュバリエ皇国の使節団――コンラッドの部下たちである。

 彼らは広間に入るなり、コンラッドの現状を見て青ざめた。

 到着した馬車の扉が開き、バーナード・ハイランズ伯爵とミディマリア=ヨルムンド第二王女が飛び降りた。
 そしてまっすぐに、国王一行の元へと向かっていった。

「これは一体、どういうことなんだ?」

 国王であるエリオットが伯爵に問いただす。
 あまりの突然のことに、口調が少しきつくなってしまった。

「彼は、今回のシュバリエ皇国の使節団一行代表であり、現皇帝の弟君であられる、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵閣下でいらっしゃいまして……」

「なぜ、あんなにヨナがそっくりなんだ?」

 弟であるバーナードの話を遮り、ローウェンまでもが問いただす。
 しかし。

「さあ?」

「え? さあって……」

 伯爵のはっきりしない答えに、困惑するエリオットとローウェン。

 そして……。
 王妃ロクサーヌと第二王女ミディマリア――義姉妹は、いつもの調子で話し始めた。

「噂通り以上の、いい男ね……」

「お義姉様も、そう思います?」

「あれね、まるで神様よ。存在自体が神々しいわ……目の保養にぴったり!」

「お義姉様、私も同感です……!」

 二人は頬を染め、扇で口元を隠しながら、こそこそと囁き合っていた。

 そんな、ある意味緊張感の足りないヨルムンド王国側の反応とは違い、シュバリエ皇国の使節団は、全身の血が引いていくような事態に陥っていた。

(閣下は、他国で一体なにをなさっておいでなのだ……!)

 ディーバリー副団長は内心、頭を抱えた。

 だが。
 ここは他国。
 下手な行動をして相手を刺激すれば、外交問題に発展してしまう。

(まずは閣下を諫め、この場を治めなければ……)

 ディーバリー副団長は、静かに周りへ指示を出す。

 彼らは武装を整えたまま、しかし露骨に剣呑な空気を出さないよう慎重に立ち位置を変えた。

(閣下……どうか落ち着いてください)

(この場は、他国の王城です。敵地ではありません)

(無意味な戦争、反対……)

 部下たちの目は固く、重い。
 だが、誰も声を上げられない。

 状況が全く飲み込めない彼らの目には、主君が何故か、女性と子供を人質に取っているようにしか見えなかったのだ。

「コンラッド様。」

 まず、ディーバリーが声をかけた。

「ああ。お前か。見てくれ――やっと、ユリアーナを見つけて……」

「……え?」

 ディーバリーが驚いて、コンラッドの腕の中にいる女性と、その腕の中にいるヨナリウスに目をやる。

「ヨナリウス殿、こちらの女性がお母様で?」

「あ、副団長さん。そうなの。僕の母様なの。なのになぜか公爵様が、母様のことをちがう名前で呼ぶんだ。母様のお名前はユーリなのに……」

 ヨナリウスは大きな紫の瞳に涙をため、助けてと言わんばかりの目でまっすぐにディーバリーを見る。
 今まで「おじさん」と呼んでいたコンラッドを、何故か今は「公爵様」と呼ぶヨナリウスに、ディーバリーは小さな違和感を覚えた。

「お母様のお名前は、ユーリと……」

 ディーバリーが復唱した、そのときである。

「違うんだ、よく見ろ! どう見ても、ユリアーナだろうが!」

 しかしコンラッドは頑なに、ユリアーナだと言って聞かなかった。

 ディーバリーは一度、深いため息を漏らす。
 そして意を決したように――あえて主君へ進言した。

「……分かりました。ですが、ひとまず一度、解放して差し上げてはいかがでしょう。ヨナリウスの母君は、随分と怯えてしまっております。それにヨナリウス君も、とても困っておいでです」


 ディーバリーに指摘され、コンラッドは初めて、ユーリへと視線を移した。

 そこには――。
 体を小さくし、ヨナリウスを必死に守るように抱きしめ、うつむいたままの女性がいた。

「……っ」

 その姿を見て、胸の奥がきしむ。

「え? あ……すまない。別に怖がらせるつもりでは……」

 そこでようやく、コンラッドは腕の力を抜いた。

 その瞬間。
 ユーリはヨナリウスを抱えたまま、一目散にドモンたちの元へと駆け出していった。
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