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愚か者
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「おい、今日はどうした?」
「え?」
「ずっと上の空だぞ」
「あ………」
いつものようにアイザックが僕の部屋を訪れ、並んでベッドに腰掛けている。
あのあと、何事もなかったようにクライドは普段通りの態度に戻った。
だが、僕の頭からクライドの言葉がずっと離れず、そのことばかりを考えてしまう。
「僕が王都を追放された原因について考えていたんだ」
「原因って……サミュエルが浮気をして婚約破棄をされたからだろ?」
婚約者だったオーレリアを差し置いて、男爵令嬢のエイミーに懸想した。
それが婚約破棄の理由だと、この辺境の地にも伝わっている。
「違う! 浮気なんかじゃ………」
いつものように否定しかけ、そんな自分の言葉にハッとする。
(そう、浮気じゃない。僕はエイミーの相談に乗っていただけ……。だけど、僕の美しさを褒めちぎるエイミーの側は居心地がよかった)
いつも僕の側にいてくれたダリルが留学してしまい、その寂しさを埋めるように今度は学園で出会ったエイミーからの称賛の言葉に溺れる。
そんなエイミーがオーレリアから嫌がらせを受けていると聞き、彼女を守らなければと思った。
それと同時に、いつも小言ばかりのオーレリアを排除し、代わりにエイミーが側に居てくれればと願ったのも事実だ。
だけど、僕はエイミーを愛していたわけじゃない。
──きっと、僕が愛していたのは自分自身だけ……。
僕の容姿を褒めてくれるのならば、誰でもよかったんだ。
「サミュエル……?」
隣に座るクライドが、気遣わしげに僕の顔を覗き込む。
だけど、僕の頭の中には、過去の記憶が次々と浮かび上がっては消えていく。
(ああ、そうか……)
オーレリアは、自分の容姿にしか興味がない僕にずっと声を掛けてくれていた。
『ここへくる以前にも、殿下の能力を認めている方がいらっしゃいましたよ』
これはきっとオーレリアのことだ。
思い返してみれば、容姿以外の些細な僕の成長をオーレリアは気づいて褒めてくれていた。
小言だと聞き流していた言葉だって、僕のために言ってくれていたのだと今ならわかる。
だけど、僕はそんなオーレリアに……。
「僕は……馬鹿だ……」
そんな言葉が口から零れる。
王都を追放されてからも、どうして僕がこんな目に遭うんだとそればかりを考えて、オーレリアのことなんてこれっぽっちも考えなかった。
僕は何も見えていなかったんだ。
クライドは僕に「自業自得」だと何度も言い続けてくれていたのに……。
「おい! 本当にどうしたんだよ? 何かあったのか?」
戸惑うアイザックの紫の瞳に、愚かな僕の姿が映っている。
「僕は……僕は……」
そのまま、胸の内をアイザックに吐き出した。
オーレリアに対する過去の振る舞い、卒業パーティーでの出来事、そしてクライドの言葉……。
たどたどしく話す僕の言葉を、アイザックは黙って最後まで聞いてくれていた。
「………僕はどうしたらいいと思う?」
縋るようにアイザックを見つめる。
「どうすればいいのか……それを自分で考えなきゃだめなんじゃないか?」
「自分で………?」
「ああ。サミュエルはどうしたい?」
そうアイザックに聞き返されたことで、僕の中に一つの感情が浮かび上がった。
「オーレリアに謝りたい……」
「まさか、謝罪もしていなかったのか!?」
「えっ? いや、えっと、オーレリアはすぐにフォーラス王国へ旅立ってしまったから会えなくて……」
驚いているアイザックの姿に、自分の行動がどれだけ非常識であったのかを認識する。
そんな自分が恥ずかしくて情けなくて……今さら言い訳めいたことを言ってしまった。
「だったら今からでも謝罪をするべきだな」
「うん………」
「だけど、謝ったからといって許されるとは思わないほうがいい」
「…………」
アイザックの言葉が胸に重くのしかかる。
それほど僕はひどいことをしたのだ。
今まで何も見えていなかった……いや、見ようともしていなかった過去の自分。
今思うと、なぜそんなことをしてしまったのか……。
だけど、どれだけ後悔しても過去の行いが消えてなくなるわけじゃない。
きっと、これがクライドの言っていた『自身の愚かさに向き合う』ということなのだろう。
そんなことを考えていると、僕の頭にアイザックがぽんっと手を乗せた。
「あー……悪いけど、今回の件に関してはサミュエルを庇うことはできない。だけど、そんな自分を変えるためにここに来たんだろ?」
「うん………」
そのまま、アイザックの手が僕の頭を優しく撫でる。
それが心地よくて、僕はゆっくりと目を瞑った。
(自分を変える………)
ふと、ノアのことを思い出す。
彼の事情も考えずに、変わるべきだと髪を切ることを強引に勧めた。
(僕にはあんな偉そうなことを言う資格はなかったんだ。ノアにも謝らないと……)
考えれば考えるほどに、気持ちがどんどん落ちていく。
身体からも力が抜けてしまい……つい、隣に座るアイザックにもたれ掛かった。
「ぐっ………」
喉が鳴る音が聞こえ、僕の頭を撫でるアイザックの手が止まる。
「もうちょっと撫でていてほしいんだけど……」
今だけはアイザックに甘えたくて、思わずそんな言葉が口から出てしまう。
「……ああ。わかった」
もたれ掛かった部分から、じんわりとアイザックの体温が伝わるのも悪くない。
そのまま、彼の大きな手の平の感触に身を委ね続けていた。
◇
翌朝、僕は一通の手紙をクライドへ託す。
隣国の第一王子シリルの婚約者となったオーレリア。そんな彼女に直接会って謝罪をすることは難しいだろう。
そもそも、僕の顔なんて二度と見たくはないのかもしれない。
そう考えた僕は、手紙を書くことにしたのだ。
これまで謝罪の手紙なんて書いたことのなかった僕は、何をどう書けばいいのかわからず……結局、ありのままの気持ちを書くことにした。
当時の僕は何も見えていなかったこと、王都を追放されてからもしばらくは何も反省していなかったこと、ようやく過去の自分と向き合えるようになったこと……。
そして、愚かな僕をずっと支えてくれたオーレリアに感謝と謝罪の言葉を綴った。
この手紙を読んだオーレリアが何を思うかはわからない。
何を今さらと、読まずに破り捨てられる可能性だってある。
(それも仕方ない……)
しかし、一週間も経たないうちに、オーレリアから二通の手紙がオールディス辺境伯領へ届けられる。
一通は僕に宛てたもので、便箋には一言だけ……。
『直接、お話を伺いたく存じます』
そしてもう一通は、オーレリアがシリルとともにオールディス辺境伯領へ訪れるという先触れだった。
「え?」
「ずっと上の空だぞ」
「あ………」
いつものようにアイザックが僕の部屋を訪れ、並んでベッドに腰掛けている。
あのあと、何事もなかったようにクライドは普段通りの態度に戻った。
だが、僕の頭からクライドの言葉がずっと離れず、そのことばかりを考えてしまう。
「僕が王都を追放された原因について考えていたんだ」
「原因って……サミュエルが浮気をして婚約破棄をされたからだろ?」
婚約者だったオーレリアを差し置いて、男爵令嬢のエイミーに懸想した。
それが婚約破棄の理由だと、この辺境の地にも伝わっている。
「違う! 浮気なんかじゃ………」
いつものように否定しかけ、そんな自分の言葉にハッとする。
(そう、浮気じゃない。僕はエイミーの相談に乗っていただけ……。だけど、僕の美しさを褒めちぎるエイミーの側は居心地がよかった)
いつも僕の側にいてくれたダリルが留学してしまい、その寂しさを埋めるように今度は学園で出会ったエイミーからの称賛の言葉に溺れる。
そんなエイミーがオーレリアから嫌がらせを受けていると聞き、彼女を守らなければと思った。
それと同時に、いつも小言ばかりのオーレリアを排除し、代わりにエイミーが側に居てくれればと願ったのも事実だ。
だけど、僕はエイミーを愛していたわけじゃない。
──きっと、僕が愛していたのは自分自身だけ……。
僕の容姿を褒めてくれるのならば、誰でもよかったんだ。
「サミュエル……?」
隣に座るクライドが、気遣わしげに僕の顔を覗き込む。
だけど、僕の頭の中には、過去の記憶が次々と浮かび上がっては消えていく。
(ああ、そうか……)
オーレリアは、自分の容姿にしか興味がない僕にずっと声を掛けてくれていた。
『ここへくる以前にも、殿下の能力を認めている方がいらっしゃいましたよ』
これはきっとオーレリアのことだ。
思い返してみれば、容姿以外の些細な僕の成長をオーレリアは気づいて褒めてくれていた。
小言だと聞き流していた言葉だって、僕のために言ってくれていたのだと今ならわかる。
だけど、僕はそんなオーレリアに……。
「僕は……馬鹿だ……」
そんな言葉が口から零れる。
王都を追放されてからも、どうして僕がこんな目に遭うんだとそればかりを考えて、オーレリアのことなんてこれっぽっちも考えなかった。
僕は何も見えていなかったんだ。
クライドは僕に「自業自得」だと何度も言い続けてくれていたのに……。
「おい! 本当にどうしたんだよ? 何かあったのか?」
戸惑うアイザックの紫の瞳に、愚かな僕の姿が映っている。
「僕は……僕は……」
そのまま、胸の内をアイザックに吐き出した。
オーレリアに対する過去の振る舞い、卒業パーティーでの出来事、そしてクライドの言葉……。
たどたどしく話す僕の言葉を、アイザックは黙って最後まで聞いてくれていた。
「………僕はどうしたらいいと思う?」
縋るようにアイザックを見つめる。
「どうすればいいのか……それを自分で考えなきゃだめなんじゃないか?」
「自分で………?」
「ああ。サミュエルはどうしたい?」
そうアイザックに聞き返されたことで、僕の中に一つの感情が浮かび上がった。
「オーレリアに謝りたい……」
「まさか、謝罪もしていなかったのか!?」
「えっ? いや、えっと、オーレリアはすぐにフォーラス王国へ旅立ってしまったから会えなくて……」
驚いているアイザックの姿に、自分の行動がどれだけ非常識であったのかを認識する。
そんな自分が恥ずかしくて情けなくて……今さら言い訳めいたことを言ってしまった。
「だったら今からでも謝罪をするべきだな」
「うん………」
「だけど、謝ったからといって許されるとは思わないほうがいい」
「…………」
アイザックの言葉が胸に重くのしかかる。
それほど僕はひどいことをしたのだ。
今まで何も見えていなかった……いや、見ようともしていなかった過去の自分。
今思うと、なぜそんなことをしてしまったのか……。
だけど、どれだけ後悔しても過去の行いが消えてなくなるわけじゃない。
きっと、これがクライドの言っていた『自身の愚かさに向き合う』ということなのだろう。
そんなことを考えていると、僕の頭にアイザックがぽんっと手を乗せた。
「あー……悪いけど、今回の件に関してはサミュエルを庇うことはできない。だけど、そんな自分を変えるためにここに来たんだろ?」
「うん………」
そのまま、アイザックの手が僕の頭を優しく撫でる。
それが心地よくて、僕はゆっくりと目を瞑った。
(自分を変える………)
ふと、ノアのことを思い出す。
彼の事情も考えずに、変わるべきだと髪を切ることを強引に勧めた。
(僕にはあんな偉そうなことを言う資格はなかったんだ。ノアにも謝らないと……)
考えれば考えるほどに、気持ちがどんどん落ちていく。
身体からも力が抜けてしまい……つい、隣に座るアイザックにもたれ掛かった。
「ぐっ………」
喉が鳴る音が聞こえ、僕の頭を撫でるアイザックの手が止まる。
「もうちょっと撫でていてほしいんだけど……」
今だけはアイザックに甘えたくて、思わずそんな言葉が口から出てしまう。
「……ああ。わかった」
もたれ掛かった部分から、じんわりとアイザックの体温が伝わるのも悪くない。
そのまま、彼の大きな手の平の感触に身を委ね続けていた。
◇
翌朝、僕は一通の手紙をクライドへ託す。
隣国の第一王子シリルの婚約者となったオーレリア。そんな彼女に直接会って謝罪をすることは難しいだろう。
そもそも、僕の顔なんて二度と見たくはないのかもしれない。
そう考えた僕は、手紙を書くことにしたのだ。
これまで謝罪の手紙なんて書いたことのなかった僕は、何をどう書けばいいのかわからず……結局、ありのままの気持ちを書くことにした。
当時の僕は何も見えていなかったこと、王都を追放されてからもしばらくは何も反省していなかったこと、ようやく過去の自分と向き合えるようになったこと……。
そして、愚かな僕をずっと支えてくれたオーレリアに感謝と謝罪の言葉を綴った。
この手紙を読んだオーレリアが何を思うかはわからない。
何を今さらと、読まずに破り捨てられる可能性だってある。
(それも仕方ない……)
しかし、一週間も経たないうちに、オーレリアから二通の手紙がオールディス辺境伯領へ届けられる。
一通は僕に宛てたもので、便箋には一言だけ……。
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