魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ

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獣王国ベスティア

晩酌

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「ほら、ジーク立って?」
「うぉ……レイラが四人いるぅ」
 
 獣王の催した宴の席も終わりを告げたが、ジークと軍団長ウリムが酒を飲み過ぎて寝てしまった為、獣王の計らいで王宮に特別に泊めてもらうことになった。

 ジークをレイラとライラが担ぎ、飛行部隊と兵站部隊の軍団長、ララとリリがウリムを足で雑に掴みながら引き摺っていく。
 グレイもレイラ達の後ろを歩く。だが、やはりネロの言葉が頭の中をぐるぐると回り離れない。

(「死ななかったのか」ってどういうことなんだろう。まるで死ぬことが決まってたみたいに聞こえる……)

「……イ?…レイ?グレイ!」

 思考の渦から強制的に引き戻されたグレイはびっくりしたように頭を上に向ける。
 すると、ジークの肩越しにレイラが心配そうに見ていた。

「大丈夫?何か考え事なら相談に乗るよ?」
『大丈夫。気にしないで』
「そう?いつでも相談になるからね」

 レイラの気遣いに心で感謝をしつつグレイは重そうにジークを担いでいる二人に密かにルーンを付け手助けをした。

◇◇◇

 その頃、獣王宮の中央庭園ではグレイ達と別れたネロは空に浮かぶ月を手すりに身体を乗せ足を伸ばしながら見ていた。
 勝って知ったる自分の家のような態度は通りがかった兵士が見ても崩さないどころか兵士は注意すらしない。

「ふぅーーー」
「お前はいつも悩み事があるとここにいるな、ネロ」

 コツ、コツ、コツ、とゆっくり闇の中から足音がネロの耳に入る。ピクッと耳を動かして反応するが振り返りもせずぶっきらぼうに足跡の主へと答える。

「何しに来たの?獣王サマ」

 闇から月明かりに出て来たのは宴の時より幾らか装飾の少ない服装をした獣王アグリナだった。
 対外用の服装ではなく数少ない心を許したものにしか見せないような軽装で周りには兵士すら連れていない。

「口煩い腹黒蛇はいないみたいだね」
「彼奴なりに国の為に泥水を啜る思いでもがいているのだ、もう少し寛容に見てやれ。まぁ、今はそのような事を言いに来たのではない。久しぶりに晩酌に付き合え」

 アグリナはちゃぽんという音が鳴る茶色い瓶を取り出した。
 ネロはその中身を鼻で感じ取り警戒した様子で振り向く。その顔はグレイ達と無邪気に笑う天真爛漫さは鳴りを顰めている。

「毒は入ってないみたいだね」
「お前達とは違う。折角の酒を台無しにしては勿体無いだろう」

 アグリナもネロと同じように手すりに乗り懐から取り出したお猪口にトクトクトクっと瓶の中の酒を注ぐ。
 月明かりに照らされてキラキラと輝くその酒はお猪口に小さな月を浮かべる。

 一つをネロに手渡しもう一つを静かに飲む。その姿は妖艶で酒を飲む姿だけで国を傾けるほどに美しい絵になる。
 
 アグリナはわざとお猪口の中をネロに見せ飲む動作をする。
 ネロも観念したのか一気に飲み干す。

「ぷはぁ!美味しいにゃね……」

 頬を染め、少し鉄仮面が崩れるネロにアグリナは続けて酒を注ぐ。
 加えて自分のお猪口にも。

 そうしてお互いに酔いが回り口が滑りやすくなってきた頃合いで先にネロが酒に流される。

「………獣王、まだやるの?」
「当たり前だ。でなければ敗れた者達に顔負けできないからな」
「いつもそう……そうやって獣王の肩書きとか死んだ人たちを盾にして。獣王なんて体の良い言葉で繕った、ただの生け贄でしょ!?」

 泣きそうな声で堰き止めていたものが溢れ出す。涙を流しながらアグリナを見るネロは確かに子猫だった。

「次、封印したら命を使い切って死んじゃうんだよ!?私が何のために国を出てグレイをここまで連れて来たと思ってるにゃ!!」

 アグリナの髪は元々はネロと同じ黒髪だった。それが老人のように白くなっているのは命を削り封印を起動したからなのだ。
 それを理解しているからこそ、ネロはアグリナを獣王から解放したかった。かつてはロクスタと共謀し、毒を盛ってまで辞めさせようとした。

「あの娘か……確かに封印を施したエルフと似た力を使えるようだ。そのような人間をお前が連れて来た事には驚いた。だが、どうする?封印が破れる日は近い。それまでにあの娘に何とか出来るのか?」

 それは獣王として、復活して即座に封印しないリスクとメリットを秤にかけた発言。
 それにネロは「出来る」と断言する。

「だから封印は待ってほしい。グレイが封印を解析して、聖獣を倒す方法を見つけるまで」

 ネロはアグリナの返事を真剣な眼差しで待つ。
 アグリナのお猪口の酒はネロの言葉で水面が揺れる。

「十年前、聖獣とお前を戦わせないとお前の父と約束したのだ。そのために全力を尽くし、私だけが生き残ってしまった。それから色々な手を使い聖獣から遠ざけて来たが失敗だったようだ」

 アグリナはお猪口を一飲みし、立ち上がりネロを尻尾も絡めながら抱きしめる。
 そこには獣王のマント肩書きを脱ぎ捨てたただの母親がいた。

「子猫だったのにいつの間にか成長するものだな」
「母猫が育児放棄したせいで背は伸びなかったけどにゃ」
「そうだな、すまない」

 軽口を叩きながらアグリナはネロから離れる。その手には透明な液体が入った瓶が握られていた。

「また盛るつもりだったのか?」
「最終手段にゃ、数日昏倒するロクスタ謹製睡眠薬。使う機会がなくてよかったにゃ」

 半分本気でそう言いながら笑うネロはアグリナのマタタビ酒を注ぎ始めるのであった。
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