異世界農家のスローライフ

asahi

文字の大きさ
15 / 25

森に響く商人の笑い声

しおりを挟む
早朝、霧の立ち込める森の中、白い毛並みのシエルが静かに歩いていた。霧狼と呼ばれるだけあって、彼女の姿はまるで森そのものと一体化したかのように幻想的だ。シエルは小屋の周囲を巡回し、危険がないことを確認してから、焚き火のそばに戻ってきた。

 その焚き火では、悠馬とリリーナが並んで朝食の準備をしていた。

「今日はゼムさんが来る日だな。霧も晴れてきたし、きっとすぐ姿が見えるよ」

「ええ。ほら、ユキのミルクも新鮮だし、この野菜の干し物もばっちりよ。売り物として十分よね?」

「うん、リリーナが手入れしてくれたおかげだよ。ピコたちもよく手伝ってくれたしな」

 リリーナは微笑みながら、さらりと銀髪をかきあげた。その髪は朝の光に照らされてキラキラと輝き、まるで精霊のような美しさを放っている。

 焚き火のそばでは、ポコが好奇心旺盛に地面をつついていた。彼はピコの子供で、まだ空を飛ぶことはできないが、元気いっぱいだ。

 その隣ではユノ――ふわふわなモフウサギ――が、ピコの羽に頭をすり寄せて気持ちよさそうに丸まっている。

 そして、屋根の上では小さなチュンが「チュンチュン」と朝の挨拶をするように鳴いていた。

「動物たちも、すっかりこの暮らしに馴染んできたわね」

「うん。最初はどうなるかと思ったけど、今じゃ家族みたいだ」

 その時――。

「ほっほっほっ、こりゃまた立派になっておるわい!」

 森の奥から、朗らかな笑い声が響いた。やってきたのは、いつもの旅商人・ゼムだった。

「また一段と暮らしぶりが板についてきたようじゃの!」

「ゼムさん! ようこそ!」

「今日も荷物、たっぷり持ってきてますか?」

「うむうむ! 街で仕入れてきた良き物が満載じゃ。おぬしらの育てた野菜や薬草の評判は上々でのぅ。今日も期待しておるぞ!」

 ゼムの荷車には、丈夫な布、精巧な工具、保存用の瓶など、森の生活に便利な道具がずらりと並んでいた。

「おや、これは……?」

 悠馬が指さしたのは、小さな麻袋の中に詰められた白い粉だった。

「それは粉石鹸じゃ。香り付きでな、洗濯がずっと楽しくなるぞい。街の婦人たちの間で大人気じゃよ」

「本当ですか!? リリーナ、良かったな!」

「うふふ、嬉しい。最近洗濯の量も増えてきたから、助かるわ」

 ゼムはにっこりと笑いながら、動物たちにも目を向けた。

「ほっほ、相変わらずにぎやかじゃのぅ。おや、このちっこいのは……?」

「ポコです。ピコの子供で、最近ようやく飛ぶ練習を始めたんですよ」

「ほぉう、ワイルドコッコの子供とは珍しい……元気そうで何よりじゃ!」

 ポコは「クェ!」と鳴いてゼムの足元をちょこちょこと歩き回り、荷車の中に興味津々で首を突っ込んだ。

「ちょ、こらポコ、勝手にあさるな!」

「はっはっはっ、ええんじゃ、ええんじゃ。好奇心は成長の糧じゃからな」

 悠馬とリリーナは、今朝仕分けたばかりの取引品を持ってきた。

 乾燥した薬草、ユキの乳を冷却して保存したチーズ、リリーナの作った保存食の瓶詰。モカの出産で増えた鹿の乳も新たな商品として試しに出してみることにした。

 ゼムはそれらをひとつひとつ丁寧に確認していく。

「うむ……これは文句なしじゃ。特にこの鹿の乳、ええ味がしそうじゃのぅ。街で高級食材として売り出せそうじゃ!」

「よかった……モカも最近、子育てが落ち着いてきたから搾れる量が増えてきたんです」

「ふむふむ、そろそろ子鹿の名前も考えねばのう?」

 モカの子鹿――白い毛並みで元気に走り回る姿は、森の妖精のようだ。

「リリーナ、名前……どうする?」

「ふふ、そうね……。『ノア』なんてどうかしら。静かな森にぴったりな響きでしょ?」

「ノアか。いいな、それ」

「ふむ、ノア……よい名じゃ!」

 その後も取引は順調に進んだ。ゼムは商品を積み込み、悠馬たちは道具や生活用品を受け取り、さらに精霊鉱の鑑定までしてもらった。

「おぬしら、これから鉱脈を掘るなら、無理は禁物じゃ。森と対話しながら進めるんじゃぞ」

「はい、わかっています。森の声に耳を澄ませて、必要な分だけをいただくつもりです」

 ゼムは満足そうに頷いた。

「よき心じゃ。わしも商人として、そういう者から物を買いたいと思うもんじゃよ」

 そして、ゼムは出発の準備を整えながら、最後にもう一度二人に向き直った。

「次に来る頃には、また家族が増えておるかもしれんな?」

「はは……かもしれませんね」

 悠馬がリリーナと目を合わせると、彼女は頬を染めてうなずいた。

 その横では、ピコがポコを翼で包み込むように寄り添い、ユノとチュンが一緒にうとうとと昼寝を始めていた。

 ルーファスは森の外れで斥候として静かに見張りを続け、シエルが焚き火のそばに座っていた。

「……また来ますぞい。元気で暮らすんじゃぞ!」

「はい! またね、ゼムさん!」

 荷車を引いて去っていくゼムを見送りながら、悠馬とリリーナは肩を寄せ合う。

 銀髪の妻が微笑み、悠馬もその手をぎゅっと握った。

 森は静かに、しかし確かに――今日も家族を包み込んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

処理中です...