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リリーナの体調と、新しい命の兆し
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それは、いつもと変わらない朝だった。
庭でピコが羽をばたつかせ、ユノが小さく鳴いて跳ねている。シエルは小屋の上から森を見渡し、モカは木陰で草をはんでいた。
悠馬は井戸から水を汲み上げ、木製の桶に注ぎながら「今日も晴れそうだな」と呟いた。
──だが。
家の中から、いつも聞こえるはずの音が、ひとつ足りなかった。
「……リリーナ?」
呼びかけながら扉を開けると、リリーナがベッドに腰を下ろし、顔を蒼白にしていた。
「おはよう……悠馬……ごめんなさい、ちょっと、立ち上がれなくて……」
その瞬間、悠馬の心臓がぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
「熱があるな……薬草で冷やさないと」
すぐに悠馬は冷水を用意し、乾燥していた薬草をすり潰し、額に湿布を当てた。
リリーナは微かに目を細めながら、静かに息をしていた。
「大丈夫……ちょっと身体が重いだけだから……」
「無理するなって。今日の畑は俺が全部やるから、ちゃんと寝ててくれ」
「ありがと……」
それは、森に来てから初めてのことだった。
リリーナが、ベッドから起きられないほどに体調を崩すのは。
その日は、一日中バタバタとした。
ユノは何かを感じ取ったのか、リリーナの枕元に寄り添って離れず、ピコは高い木の上から周囲を見張るようにして飛び回っていた。
シエルは庭に誰も入らせないよう、静かに番をしてくれている。
そして──
「モカ、お前……なんでそんなにソワソワしてんだ?」
いつもはのんびりしているモカが、落ち着きなく庭を行き来している。
ときおり、寝床の藁を口にくわえては、器用に何かを作っているようにも見える。
「まさか、お前……巣作りしてる?」
その瞬間、悠馬は気づいた。
モカの腹が、わずかにふっくらしていることに。
「……妊娠してるのか……!」
動物たちの中で、一番新しく加わったモカ。
彼女が森で悠馬たちと暮らし始めてから、数ヶ月──
その体に、すでに新しい命が宿っていたのだ。
夜、少しずつ熱が下がってきたリリーナに、悠馬はそのことを報告した。
「……モカ、お腹に子どもがいるかもしれないんだ」
「……ほんと……?」
「ああ。今日ずっと藁で寝床を作ってた。落ち着かない様子で、何か探してるみたいだった」
リリーナはふわりと微笑んだ。
「そっか……モカも、お母さんになるんだ……」
「リリーナ……お前は、どうだ? 少しは楽になったか?」
「ええ、だいぶ。……ありがとう、悠馬がいてくれて」
「当たり前だろ。……何があっても、俺はお前のそばにいるよ」
ふたりは、静かな夜の中、手を重ね合った。
焚き火の灯りが揺れ、壁に映る影が、まるで寄り添うように伸びていた。
翌朝、リリーナの熱はすっかり引いていた。
顔色も良く、少しずつ動けるようになっていた。
「本当に無理するなよ?」
「わかってる。今日は、屋内の作業だけにするから」
朝食を終えたあと、悠馬は畑のチェックと、モカの様子を見ることにした。
巣のある場所に行くと、モカが静かに寝転がっていた。
その腹は、昨日よりさらに膨らんでいるように見える。
そして、藁に包まれた巣の中から──
「……!」
かすかな、かすかな、小さな鳴き声。
悠馬は目を見開いた。
「……もう、生まれてるのか……!」
巣の奥、ふわふわの毛に包まれた中から、ちいさなちいさな、白い子鹿がぴくりと動いた。
「……お前、本当に……立派だよ、モカ」
モカは、その言葉に応えるように、ゆっくりと首を上げ、悠馬を見つめた。
その目には、どこか誇らしげな光が宿っていた。
リリーナもモカの子を見に来た。
「……なんて、きれいな子」
「真っ白な毛並みだな。母親譲りかな」
「きっと、優しい子になるね」
ふたりは、しばらくの間、子鹿の寝息を見守っていた。
生まれたての命は、やがて立ち上がり、森の中で遊び、育っていく。
その未来を想像するだけで、胸が温かくなる。
その晩。
焚き火の前で、お茶を飲みながら、リリーナがふと話した。
「……私ね、今日、すごく思ったの。命が生まれるって、本当にすごいって」
「ああ。……奇跡だよな」
「ねえ、悠馬……もし、私たちにも、いつかそういう日が来たら」
その言葉に、悠馬はリリーナの肩をそっと抱いた。
「……そうなったら、きっと……最高に幸せだよな」
夜空には、満天の星。
森の静けさの中、新しい命が芽吹き、また一歩、家族が増えていく。
庭でピコが羽をばたつかせ、ユノが小さく鳴いて跳ねている。シエルは小屋の上から森を見渡し、モカは木陰で草をはんでいた。
悠馬は井戸から水を汲み上げ、木製の桶に注ぎながら「今日も晴れそうだな」と呟いた。
──だが。
家の中から、いつも聞こえるはずの音が、ひとつ足りなかった。
「……リリーナ?」
呼びかけながら扉を開けると、リリーナがベッドに腰を下ろし、顔を蒼白にしていた。
「おはよう……悠馬……ごめんなさい、ちょっと、立ち上がれなくて……」
その瞬間、悠馬の心臓がぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
「熱があるな……薬草で冷やさないと」
すぐに悠馬は冷水を用意し、乾燥していた薬草をすり潰し、額に湿布を当てた。
リリーナは微かに目を細めながら、静かに息をしていた。
「大丈夫……ちょっと身体が重いだけだから……」
「無理するなって。今日の畑は俺が全部やるから、ちゃんと寝ててくれ」
「ありがと……」
それは、森に来てから初めてのことだった。
リリーナが、ベッドから起きられないほどに体調を崩すのは。
その日は、一日中バタバタとした。
ユノは何かを感じ取ったのか、リリーナの枕元に寄り添って離れず、ピコは高い木の上から周囲を見張るようにして飛び回っていた。
シエルは庭に誰も入らせないよう、静かに番をしてくれている。
そして──
「モカ、お前……なんでそんなにソワソワしてんだ?」
いつもはのんびりしているモカが、落ち着きなく庭を行き来している。
ときおり、寝床の藁を口にくわえては、器用に何かを作っているようにも見える。
「まさか、お前……巣作りしてる?」
その瞬間、悠馬は気づいた。
モカの腹が、わずかにふっくらしていることに。
「……妊娠してるのか……!」
動物たちの中で、一番新しく加わったモカ。
彼女が森で悠馬たちと暮らし始めてから、数ヶ月──
その体に、すでに新しい命が宿っていたのだ。
夜、少しずつ熱が下がってきたリリーナに、悠馬はそのことを報告した。
「……モカ、お腹に子どもがいるかもしれないんだ」
「……ほんと……?」
「ああ。今日ずっと藁で寝床を作ってた。落ち着かない様子で、何か探してるみたいだった」
リリーナはふわりと微笑んだ。
「そっか……モカも、お母さんになるんだ……」
「リリーナ……お前は、どうだ? 少しは楽になったか?」
「ええ、だいぶ。……ありがとう、悠馬がいてくれて」
「当たり前だろ。……何があっても、俺はお前のそばにいるよ」
ふたりは、静かな夜の中、手を重ね合った。
焚き火の灯りが揺れ、壁に映る影が、まるで寄り添うように伸びていた。
翌朝、リリーナの熱はすっかり引いていた。
顔色も良く、少しずつ動けるようになっていた。
「本当に無理するなよ?」
「わかってる。今日は、屋内の作業だけにするから」
朝食を終えたあと、悠馬は畑のチェックと、モカの様子を見ることにした。
巣のある場所に行くと、モカが静かに寝転がっていた。
その腹は、昨日よりさらに膨らんでいるように見える。
そして、藁に包まれた巣の中から──
「……!」
かすかな、かすかな、小さな鳴き声。
悠馬は目を見開いた。
「……もう、生まれてるのか……!」
巣の奥、ふわふわの毛に包まれた中から、ちいさなちいさな、白い子鹿がぴくりと動いた。
「……お前、本当に……立派だよ、モカ」
モカは、その言葉に応えるように、ゆっくりと首を上げ、悠馬を見つめた。
その目には、どこか誇らしげな光が宿っていた。
リリーナもモカの子を見に来た。
「……なんて、きれいな子」
「真っ白な毛並みだな。母親譲りかな」
「きっと、優しい子になるね」
ふたりは、しばらくの間、子鹿の寝息を見守っていた。
生まれたての命は、やがて立ち上がり、森の中で遊び、育っていく。
その未来を想像するだけで、胸が温かくなる。
その晩。
焚き火の前で、お茶を飲みながら、リリーナがふと話した。
「……私ね、今日、すごく思ったの。命が生まれるって、本当にすごいって」
「ああ。……奇跡だよな」
「ねえ、悠馬……もし、私たちにも、いつかそういう日が来たら」
その言葉に、悠馬はリリーナの肩をそっと抱いた。
「……そうなったら、きっと……最高に幸せだよな」
夜空には、満天の星。
森の静けさの中、新しい命が芽吹き、また一歩、家族が増えていく。
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