異世界農家のスローライフ

asahi

文字の大きさ
16 / 25

森の恵みとノアの名付け

しおりを挟む
「ほっほっほ、こりゃまた見事な出来栄えじゃのう!」

ゼムの陽気な声が森の空気を和ませる。木漏れ日の差し込む広場で、悠馬たちは新たに作った木箱や乾燥ハーブ、ユキのミルクから作ったチーズを見せていた。

「このチーズ……塩加減も絶妙じゃ。森の暮らしとは思えん腕前じゃのう、おぬしら」

「ありがとう、ゼムさん。最近は動物たちが手伝ってくれるから、作業もずいぶん楽になったんだ」

悠馬が振り返ると、そこにはピコとポコが肩を寄せて座り、チュンがポコの頭にちょこんと乗っていた。ユノはリリーナの膝の上で丸まり、シエルとルーファスは静かに周囲を見回って警戒を怠らない。

「そりゃまた……賢い連中じゃな。あやつらがいれば、森での暮らしも心強かろうて」

ゼムが目を細めると、ルーファスは「ふん」と鼻を鳴らし、誇らしげに背を伸ばした。

リリーナが笑いながら言った。

「ルーファス、自慢してるの? かわいいわね」

ルーファスは少し照れたように頭を振り、悠馬の元へ戻ってきた。

「ゼムさん、そろそろ本格的に取引を始めてもいいですか?」

悠馬は言った。

「もちろんじゃとも。これだけの品がそろっておるなら、次の街へ持っていけばすぐにでも売れるわい」

ゼムは腰に手を当て、得意げに言った。

「ほっほっほ、次は三日後に戻ってこよう。そのときまでにまた少しずつ準備を頼むぞい」

「はい、楽しみにしてます!」

悠馬とリリーナは顔を見合わせて笑った。少しずつ、森の暮らしが街とのつながりを持ち始めていた。

その夜。夕食を終えたあと、囲炉裏の前で家族のように寄り添う一同。

「ねぇ、子鹿ちゃんの名前……もうさすがに決めないとね」

リリーナが静かに言った。

「そうだな。もう生まれて数日になるし、呼び名がないと落ち着かない」

悠馬はモカのそばに座り、小さな白い子鹿を見つめた。まだよちよちとした足取りだが、元気にピコたちと追いかけっこする姿は愛らしくて仕方ない。

「やっぱりノア……ってどうかな?」

「ノア……そうね!やっぱノアがいいわね!」

「うん。『祝福』とか『希望』って意味があるらしい。前に、こっちに来る前の世界で読んだ本に出てた」

リリーナは微笑んで、白い子鹿の頭をなでた。

「ノア……うんやっぱ、ぴったりだと思う。ふわふわの白い毛も、やさしい目も、希望そのものだもの」

「ノアって名前に決定、だな」

「メェェ……」

モカが嬉しそうに鳴いた。ユキがそれに応えるように声を上げ、周囲の空気がふわっと温かくなる。

次の日から、森の中は少しずつ「作業の場」へと変わり始めた。

悠馬はルーファスと共に倒木を加工して木箱を作り、リリーナはユキのミルクを煮詰めてチーズを製造。ピコとポコは森から木の実や果物を運んでくる。シエルは離れた場所から見張りを担当し、ユノとノアはその作業を興味津々に見守っていた。

「ほらポコ、これを運ぶんだ。そうそう、ちゃんとつついて押すんだよ」

「コッコー!」

ポコが小さな体で木の実の詰まった袋を運ぶ。ときどきチュンが応援するように上空を飛び回った。

そんな様子を見て、リリーナはほほえんだ。

「なんだか……ほんとに家族が増えたって感じがするわね」

「うん。たぶん、これが俺の目指してた“スローライフ”ってやつかもな」

悠馬は穏やかに笑いながら、額の汗をぬぐった。

その日の夕暮れ、森の中にどこか異質な気配が漂った。

シエルとルーファスが同時に立ち上がり、森の奥へと視線を向ける。

「誰か……来る」

悠馬も斧を手に取り、構えをとる。

だが、森の茂みから現れたのは――。

「おぬしら、ここにおるかのぅ?」

聞き覚えのある声だった。

「ゼムさん!? どうしたんです、三日後の予定じゃ――」

「ほっほっほ、すまんのぅ。どうにも気になって、また来てしもうた。ほれ、追加で売れそうな品を見つけてな」

ゼムはそう言って、背負い袋から一冊の小さな本を取り出した。

「こいつは異国の魔法植物図鑑。もしおぬしらの森に似た植物があれば、もっと価値のある品になるかもしれんぞい」

悠馬は目を輝かせた。

「これ……すごい! ありがとうございます、ゼムさん!」

「礼には及ばんわい。また何かあれば、すぐにでも来るでな」

ゼムはウインクをひとつ残して、陽が沈みかけた森の奥へと消えていった。

その晩、ノアはピコとポコと一緒に丸まり、すやすやと眠っていた。

悠馬はリリーナの手を握りながら、そっとつぶやいた。

「また少しずつ、前に進めてる気がするよ」

リリーナは微笑み、彼の肩に頭をあずける。

「ええ……この森と、家族のみんなと一緒なら、きっとどこまでだって行けるわ」

炎の揺らめきが、ふたりの影を暖かく包み込んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

処理中です...