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森の恵みとノアの名付け
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「ほっほっほ、こりゃまた見事な出来栄えじゃのう!」
ゼムの陽気な声が森の空気を和ませる。木漏れ日の差し込む広場で、悠馬たちは新たに作った木箱や乾燥ハーブ、ユキのミルクから作ったチーズを見せていた。
「このチーズ……塩加減も絶妙じゃ。森の暮らしとは思えん腕前じゃのう、おぬしら」
「ありがとう、ゼムさん。最近は動物たちが手伝ってくれるから、作業もずいぶん楽になったんだ」
悠馬が振り返ると、そこにはピコとポコが肩を寄せて座り、チュンがポコの頭にちょこんと乗っていた。ユノはリリーナの膝の上で丸まり、シエルとルーファスは静かに周囲を見回って警戒を怠らない。
「そりゃまた……賢い連中じゃな。あやつらがいれば、森での暮らしも心強かろうて」
ゼムが目を細めると、ルーファスは「ふん」と鼻を鳴らし、誇らしげに背を伸ばした。
リリーナが笑いながら言った。
「ルーファス、自慢してるの? かわいいわね」
ルーファスは少し照れたように頭を振り、悠馬の元へ戻ってきた。
「ゼムさん、そろそろ本格的に取引を始めてもいいですか?」
悠馬は言った。
「もちろんじゃとも。これだけの品がそろっておるなら、次の街へ持っていけばすぐにでも売れるわい」
ゼムは腰に手を当て、得意げに言った。
「ほっほっほ、次は三日後に戻ってこよう。そのときまでにまた少しずつ準備を頼むぞい」
「はい、楽しみにしてます!」
悠馬とリリーナは顔を見合わせて笑った。少しずつ、森の暮らしが街とのつながりを持ち始めていた。
その夜。夕食を終えたあと、囲炉裏の前で家族のように寄り添う一同。
「ねぇ、子鹿ちゃんの名前……もうさすがに決めないとね」
リリーナが静かに言った。
「そうだな。もう生まれて数日になるし、呼び名がないと落ち着かない」
悠馬はモカのそばに座り、小さな白い子鹿を見つめた。まだよちよちとした足取りだが、元気にピコたちと追いかけっこする姿は愛らしくて仕方ない。
「やっぱりノア……ってどうかな?」
「ノア……そうね!やっぱノアがいいわね!」
「うん。『祝福』とか『希望』って意味があるらしい。前に、こっちに来る前の世界で読んだ本に出てた」
リリーナは微笑んで、白い子鹿の頭をなでた。
「ノア……うんやっぱ、ぴったりだと思う。ふわふわの白い毛も、やさしい目も、希望そのものだもの」
「ノアって名前に決定、だな」
「メェェ……」
モカが嬉しそうに鳴いた。ユキがそれに応えるように声を上げ、周囲の空気がふわっと温かくなる。
次の日から、森の中は少しずつ「作業の場」へと変わり始めた。
悠馬はルーファスと共に倒木を加工して木箱を作り、リリーナはユキのミルクを煮詰めてチーズを製造。ピコとポコは森から木の実や果物を運んでくる。シエルは離れた場所から見張りを担当し、ユノとノアはその作業を興味津々に見守っていた。
「ほらポコ、これを運ぶんだ。そうそう、ちゃんとつついて押すんだよ」
「コッコー!」
ポコが小さな体で木の実の詰まった袋を運ぶ。ときどきチュンが応援するように上空を飛び回った。
そんな様子を見て、リリーナはほほえんだ。
「なんだか……ほんとに家族が増えたって感じがするわね」
「うん。たぶん、これが俺の目指してた“スローライフ”ってやつかもな」
悠馬は穏やかに笑いながら、額の汗をぬぐった。
その日の夕暮れ、森の中にどこか異質な気配が漂った。
シエルとルーファスが同時に立ち上がり、森の奥へと視線を向ける。
「誰か……来る」
悠馬も斧を手に取り、構えをとる。
だが、森の茂みから現れたのは――。
「おぬしら、ここにおるかのぅ?」
聞き覚えのある声だった。
「ゼムさん!? どうしたんです、三日後の予定じゃ――」
「ほっほっほ、すまんのぅ。どうにも気になって、また来てしもうた。ほれ、追加で売れそうな品を見つけてな」
ゼムはそう言って、背負い袋から一冊の小さな本を取り出した。
「こいつは異国の魔法植物図鑑。もしおぬしらの森に似た植物があれば、もっと価値のある品になるかもしれんぞい」
悠馬は目を輝かせた。
「これ……すごい! ありがとうございます、ゼムさん!」
「礼には及ばんわい。また何かあれば、すぐにでも来るでな」
ゼムはウインクをひとつ残して、陽が沈みかけた森の奥へと消えていった。
その晩、ノアはピコとポコと一緒に丸まり、すやすやと眠っていた。
悠馬はリリーナの手を握りながら、そっとつぶやいた。
「また少しずつ、前に進めてる気がするよ」
リリーナは微笑み、彼の肩に頭をあずける。
「ええ……この森と、家族のみんなと一緒なら、きっとどこまでだって行けるわ」
炎の揺らめきが、ふたりの影を暖かく包み込んでいた。
ゼムの陽気な声が森の空気を和ませる。木漏れ日の差し込む広場で、悠馬たちは新たに作った木箱や乾燥ハーブ、ユキのミルクから作ったチーズを見せていた。
「このチーズ……塩加減も絶妙じゃ。森の暮らしとは思えん腕前じゃのう、おぬしら」
「ありがとう、ゼムさん。最近は動物たちが手伝ってくれるから、作業もずいぶん楽になったんだ」
悠馬が振り返ると、そこにはピコとポコが肩を寄せて座り、チュンがポコの頭にちょこんと乗っていた。ユノはリリーナの膝の上で丸まり、シエルとルーファスは静かに周囲を見回って警戒を怠らない。
「そりゃまた……賢い連中じゃな。あやつらがいれば、森での暮らしも心強かろうて」
ゼムが目を細めると、ルーファスは「ふん」と鼻を鳴らし、誇らしげに背を伸ばした。
リリーナが笑いながら言った。
「ルーファス、自慢してるの? かわいいわね」
ルーファスは少し照れたように頭を振り、悠馬の元へ戻ってきた。
「ゼムさん、そろそろ本格的に取引を始めてもいいですか?」
悠馬は言った。
「もちろんじゃとも。これだけの品がそろっておるなら、次の街へ持っていけばすぐにでも売れるわい」
ゼムは腰に手を当て、得意げに言った。
「ほっほっほ、次は三日後に戻ってこよう。そのときまでにまた少しずつ準備を頼むぞい」
「はい、楽しみにしてます!」
悠馬とリリーナは顔を見合わせて笑った。少しずつ、森の暮らしが街とのつながりを持ち始めていた。
その夜。夕食を終えたあと、囲炉裏の前で家族のように寄り添う一同。
「ねぇ、子鹿ちゃんの名前……もうさすがに決めないとね」
リリーナが静かに言った。
「そうだな。もう生まれて数日になるし、呼び名がないと落ち着かない」
悠馬はモカのそばに座り、小さな白い子鹿を見つめた。まだよちよちとした足取りだが、元気にピコたちと追いかけっこする姿は愛らしくて仕方ない。
「やっぱりノア……ってどうかな?」
「ノア……そうね!やっぱノアがいいわね!」
「うん。『祝福』とか『希望』って意味があるらしい。前に、こっちに来る前の世界で読んだ本に出てた」
リリーナは微笑んで、白い子鹿の頭をなでた。
「ノア……うんやっぱ、ぴったりだと思う。ふわふわの白い毛も、やさしい目も、希望そのものだもの」
「ノアって名前に決定、だな」
「メェェ……」
モカが嬉しそうに鳴いた。ユキがそれに応えるように声を上げ、周囲の空気がふわっと温かくなる。
次の日から、森の中は少しずつ「作業の場」へと変わり始めた。
悠馬はルーファスと共に倒木を加工して木箱を作り、リリーナはユキのミルクを煮詰めてチーズを製造。ピコとポコは森から木の実や果物を運んでくる。シエルは離れた場所から見張りを担当し、ユノとノアはその作業を興味津々に見守っていた。
「ほらポコ、これを運ぶんだ。そうそう、ちゃんとつついて押すんだよ」
「コッコー!」
ポコが小さな体で木の実の詰まった袋を運ぶ。ときどきチュンが応援するように上空を飛び回った。
そんな様子を見て、リリーナはほほえんだ。
「なんだか……ほんとに家族が増えたって感じがするわね」
「うん。たぶん、これが俺の目指してた“スローライフ”ってやつかもな」
悠馬は穏やかに笑いながら、額の汗をぬぐった。
その日の夕暮れ、森の中にどこか異質な気配が漂った。
シエルとルーファスが同時に立ち上がり、森の奥へと視線を向ける。
「誰か……来る」
悠馬も斧を手に取り、構えをとる。
だが、森の茂みから現れたのは――。
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聞き覚えのある声だった。
「ゼムさん!? どうしたんです、三日後の予定じゃ――」
「ほっほっほ、すまんのぅ。どうにも気になって、また来てしもうた。ほれ、追加で売れそうな品を見つけてな」
ゼムはそう言って、背負い袋から一冊の小さな本を取り出した。
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悠馬は目を輝かせた。
「これ……すごい! ありがとうございます、ゼムさん!」
「礼には及ばんわい。また何かあれば、すぐにでも来るでな」
ゼムはウインクをひとつ残して、陽が沈みかけた森の奥へと消えていった。
その晩、ノアはピコとポコと一緒に丸まり、すやすやと眠っていた。
悠馬はリリーナの手を握りながら、そっとつぶやいた。
「また少しずつ、前に進めてる気がするよ」
リリーナは微笑み、彼の肩に頭をあずける。
「ええ……この森と、家族のみんなと一緒なら、きっとどこまでだって行けるわ」
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