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村のキッチンと新たな挑戦
しおりを挟む日記、三日目。
この世界に来て、ようやく三日目だ。
昨日、僕たちはリナの案内で村にたどり着いた。
エルドリア大陸の小さな村、「オークウェル」
木造の家々が並び、煙突から漂うスープの匂いがどこか懐かしい。
でも、やっぱりこの世界の独特な雰囲気があって、僕の知ってる日本の田舎とは全然違う。
今日は初めてこの世界のキッチンに立った。
そして、料理を通じて、この世界のことをもっと知ったんだ。
---
村に着いたのは、夕暮れ時だった。
オークウェルの入り口には、木の看板が立っていて、擦れた文字で「ようこそ」と書かれていた。
文字も日本語で見えるんだなあとぼんやり思う。
家々は丸太でできた簡素な作りで、屋根には藁やスレートが葺かれている。
道は土と石が混ざったもので、馬車や人の足跡で少し凸凹だ。
遠くには、畑や牧場が見えるけど、規模は小さくて、必要最低限の食料を賄っている感じ。
リナが連れて行ってくれたのは、村の中心にある宿屋だった。
「オークの休息」という名前で、木の温もりが感じられる建物だ。
中に入ると、薪が燃える暖炉の匂いと、煮込み料理の香りが混ざった空気が迎えてくれた。
でも、その香りは……正直、ちょっと物足りない。
塩気が強すぎるか、逆に薄すぎるか。
スパイスやハーブのバランスが悪いのかな、って思った。
宿屋の主人は、ガッシリした体格のオッサンで、名前はカールさん。
リナが僕のことを説明すると、カールさんは眉を上げて、興味深そうに僕を見た。
「ほう、別の世界から来たって? そりゃ珍しいな。で、リナの話だと、料理が得意だと?」
「はい、料理は好きで、よく家で作ってました。」
カールさんは、腕を組んでニヤリと笑った。
「そいつはいい。この村の料理は、はっきり言ってマズいぞ。腹を満たすだけで、味なんて二の次だ。何か美味いもん作れるなら、歓迎するぜ。」
リナが、目をキラキラさせて割り込んできた。
「ね、ね、優! さっそく何か作ってよ! 昨日、森で集めた食材、使えるでしょ?」
「うん、確かに。ミストマッシュルームとサファイアベリー、ルミナフラワーの蜜があったよね。キッチン借りられるなら、試してみたいな。」
カールさんが、顎を撫でながら答えた。
「キッチンは自由に使っていい。ただ、うちの調理器具は大したことないぞ?鍋とフライパン、後は薪の火くらいだ。都会の料理屋みたいな凝った道具は期待するなよ。」
「都会?」
思わず聞き返した。
この世界にも、都会と村の違いがあるんだ。
首を傾げていたら、リナが説明してくれた。
「そう、エルドリア大陸には、大きな都市もあるんだよ。例えば、王都のルミエール。そこには、魔法で動く調理器具とか、珍しいスパイスを扱う市場とか、すっごい料理屋があるんだ。でも、こんな田舎の村じゃ、基本は自給自足。鍋一つ、火一つでなんとかするしかないんだよね。」
「魔法で動く調理器具!?
どんなの?」
「えっと、例えば、自動で火加減を調整するオーブンとか、食材を瞬時に切り分ける魔法のナイフとか! 王都の料理人は、魔法と料理を組み合わせて、すっごい料理を作るんだって。でも、めっちゃ高いから、私みたいな冒険者は滅多に行けないけど。」
リナの話に、頭の中でイメージが膨らんだ。
魔法で動くオーブン!?
火加減を自動で調整してくれるなんて、夢みたいな話だ。
でも、この村ではそんなハイテクな道具はないらしい。
シンプルな調理法で、最大限の味を引き出すしかない。
それは…逆に燃えてくるな。
「よし、カールさん、キッチン貸してください! 今夜はみんなで食べられる料理を作ってみます!」
カールさんが、ニヤッと笑ってキッチンに案内してくれた。
宿屋のキッチンは、想像以上に簡素だった。
石造りの竈に、鉄の鍋とフライパンが一つずつ。
木のまな板は、使い込まれて表面がボコボコだ。
ナイフは錆びてないけど、刃が少し欠けている。
調味料は、塩と何か乾燥した葉っぱだけ。
葉っぱを嗅いでみると、ちょっとローズマリーに似た香り。
でも、この世界のハーブだろう。
名前はわからないけど、使えそうだ。
「これが、村のキッチンか……。確かに、さっき話してた都会の料理屋とは大違いだな。」
独り言をつぶやきながら、森で集めた食材を並べた。
ミストマッシュルーム、サファイアベリー、ルミナフラワーの蜜。
カールさんが、村の貯蔵庫からジャガイモみたいな根菜と、ゴブリンホッグの干し肉を少し分けてくれた。
これで、何か作れる。
まずは、ミストマッシュルームのスープにしよう。
リナが言ってた通り、焼くと甘みが出るらしいから、フライパンで軽く炒めてみる。
火を熾すのは、ちょっと手間取った。
薪に火をつけるのに、擦り合わせる石を使って火花を飛ばすなんて、キャンプ以来だ。
でも、なんとか火が点いた。
フライパンに干し肉の脂を少し溶かして、ミストマッシュルームを炒める。
紫色のキノコが、熱で少し縮んで、香ばしい匂いが漂ってきた。
うん、いい感じだ。
次に、根菜を小さく切って、鍋に水と一緒に入れる。
水は、村の井戸から汲んできたもの。
ガルドさんが「煮沸すれば安全だ」と教えてくれたから、しっかり沸騰させる。
そこに、炒めたキノコと、ちぎった干し肉を加えた。
干し肉を入れているから塩を控えめに、ローズマリーっぽいハーブをパラパラと振ってみる。
「ゆーうー、出来たー?うわ、いい匂い!」
リナが、キッチンの入り口で鼻をヒクヒクさせながら現れた。
「まだできてないよ。でも、いい感じになってきたかな。」
「絶対美味しいよ、これ! 優、ほんとすごいね!」
リナの期待の目に、ちょっと照れた。
でも、プレッシャーも感じる。
この世界の人は、こんなシンプルな料理でも喜んでくれるのかな?
スープが煮えたところで、サファイアベリーを試してみることにした。
そのまま食べると、甘酸っぱいらしいけど、デザートっぽくしたい。
ルミナフラワーの蜜を少し混ぜて簡単なコンポートにしてみよう。
鍋にベリーと蜜を入れて、弱火で煮る。
甘い香りがキッチンに広がって、リナがまた叫んだ。
「やばい! やーばい!なにこれ、めっちゃ美味しそう! 優、王都の料理人に負けてないよ!」
「いやいや、まだ食べてないでしょ。味見してから褒めてよ。」
スープとコンポートが完成した頃、宿屋の食堂に村人たちが集まってきた。
カールさんが、「新しい料理人が何か作ってるぞ」って触れ回ったらしい。
テーブルには、10人くらいの村人が座っていて、みんな興味津々だ。
「ほら、優、持ってきな。みんな、待ってるぞ。」
カールさんに促されて、鍋と皿を運んだ。
スープを木のボウルに盛り、サファイアベリーのコンポートを小さな皿に分ける。
村人たちの目が、キラキラしてる。
でも、ちょっと不安そうでもある。
そりゃ、知らないやつが作った料理は警戒するよね。
「えっと、ミストマッシュルームとゴブリンホッグのスープです。デザートに、サファイアベリーのコンポートも。どうぞ、食べてみてください。」
みんなは恐る恐るスープを口に運んだ。
最初は静かだった食堂が、急にざわめき始めた。
「うわ、なんだこれ! スープが、こんなに美味いなんて!」
「キノコの甘みがすごい! 肉の臭みもないぞ!」
「このデザートも甘酸っぱくて、めっちゃいい!」
リナはボウルを両手で持って、ガツガツ飲んでる。
女の子とは思えない食べっぷりだ…。
「っはー!優ってば天才! こんな美味しいスープ、初めてだよ!コンポートも甘いのに、くどくない!」
初めて食べると言うのに食レポ出来ちゃうみんなに僕としてはびっくりなんだけど。
でも美味しそうな顔に嬉しくなる。
カールさんも満足そうに頷いた。
「こりゃ、すげえな。優、お前、都会の料理人顔負けだぞ。この村でこんな料理が食えるなんて、夢みたいだ。」
みんなの笑顔を見て、胸が熱くなった。
料理って、こんな風に人を幸せにできるんだ。
この世界でも、僕の居場所が見つかった気がした。
でも、カールさんがポツリと言った。
「ただな、優。 この村でこんな料理が食えるのは奇跡だ。都会じゃもっとすごい料理があって、魔法で食材の味を引き出したり、見た目も派手にしたりする。 お前、才能あるんだから、いつか王都で腕試ししてみねえか?」
「王都で?」
「ああ。ルミエールじゃ、料理コンテストが開かれてる。勝てば名声も金も手に入る。 お前ならやってけるんじゃねえか?」
それを聞いたリナが、目を輝かせて言った。
「いいね、それ! 優!絶対王都に行こうよ! 私も冒険者としてもっと稼ぎたいし、一緒に行ったら楽しいよ!」
王都、ルミエール。
魔法の調理器具、珍しいスパイス、料理コンテスト。
なんか、めっちゃワクワクしてきた。
でも、今はまだこの村で、もっとこの世界の料理を学びたい。
どんな食材があって、どんな味がするのか。
一つ一つ、試してみたいんだ。
この日記も、リナが貸してくれた紙に書いている。
彼女はほんと頼りになるな。
明日も、村の食材で何か作ってみよう。
ゴブリンホッグの肉、もっと柔らかくする方法、考えてみるか。
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