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109 弓術大会八日目 決勝戦
しおりを挟むリリアとクロフォードで競われることになった決勝戦。
事前の情報では、ややクロフォード有利との下馬評。
ウマは風の草原産のビエラを駆るりリリアの方が有利。ですが馬射競技のコース内にはそこかしこに小技が必要なところがあります。そこでモノをいうのは手綱さばきと、ウマ自体の個人技。
名門貴族の騎士の家系ゆえに、幼いころからウマと接してきたクロフォード。その愛馬もまたしかり。人を乗せて動くことに長けています。
すぐれた騎乗技術を持つ人間とウマの組み合わせ。
対してビエラは能力こそは頭一つ以上も飛び抜けていますが、このヘンがいまひとつ。訓練にさける時間が短かかったのが悔やまれるところ。
弓の腕では逆にリリアがやや優勢か。
なんといっても日の出のごとき勢い。強敵揃いの大会を勝ちあがっていくことで、なおもグングンと成長を続けていますから。
よくもわるくも完成された感のあるクロフォード。はたして猛追する弓姫を前にして、いかに自分を保てるのかが勝敗のカギだとは、目の肥えた玄人客たちの意見。
決勝戦が行われる会場の内外にあふれる観客たち。
あちらこちらで交わされる予想を小耳にはさみつつ、女傭兵フレイアと水色オオカミのルクが向かっていたのは、つい先日、乗り込んだ場所。
上客用の観覧個室の特等席。
大会終了までここを借りていたルシアーノは、悪事が露見してライトテール商会のベスさんから、手痛いお灸をすえられて途中退場。
空けておくのももったいないので、よろしければどうぞとベスさんからすすめられて、ありがたく申し出を受けることにしたのです。
ここならば水色オオカミの子どもも周囲に気をつかわずに、思う存分、リリアの応援ができますから。
フレイアさんが窓辺に寄せてくれたイスの上に、ちょこんとお座りし、ひょこっと首をだして、会場を見下ろすルク。
「うわー、すごい人の数」
「あぁ、決勝ってことを差し引いても、ここまで人が集まったことって、ほとんどないんじゃないのか。なにせ魅惑の貴公子と弓姫との対決だからな。街中から若い男女がこぞってつめかけてやがる」
「あっ! あそこ、リリアとビエラだ」
競技場の一角にてたたずむ彼女たちの姿を見つけたルク。うれしくなってシッポをゆらゆら。すると向こうでもこちらに気がついたのか、手にした弓をふってこたえてくれました。
「いくらルクの色が目立つからって、この距離を……。どうやらあの子は狩人としての目もスゴイみたいだね」と感心するフレイア。
観衆たちが固唾をのんで見守る中、宙をまう金貨。
審判が投げたコインが示したのは表。これによって先攻はクロフォードに決まりました。
さっそくスタート地点へと向かう貴公子と愛馬。
ここまではさわやかな笑顔を絶やすことのなかった彼。しかし今はその顔から笑みは消えて、夜の森にて闇に潜むエモノを狙うフクロウのように、眼光するどく、全身からは闘志が気焔をあげて、あまりの迫力に、客席につめかけた若い娘さんたちがおもわず口を閉じてしまうほど。
生まれながらの騎士。何代にも渡って磨きあげられてきた武芸。武門の誉れを背負いし若者が、ついに牙をむく。
主人の気迫にこたえるかのように、土を蹴り上げて、コース内を駆ける濃紺毛の駿馬。
ムダに高く飛ぶこともなく、軽やかに柵を越え、一気に進んだかとおもえば、急制動して足を小刻みに動かし、地面に転がる丸太の間をリズミカルにまたいでいく。山の斜面を力強く登ったあとは、滑るように坂をくだり、池で不用意に暴れることもなく静々と進む様は、まるでドレス姿の貴婦人の歩みのよう。
緩急自在にて見事な手綱さばきを見せたクロフォード。
そして最後の砂場の直線。ただの一枚も的を外すことなく駆け抜ける。
彼は口にくわえた手綱にてウマをあやつり、これをなしとげました。
人馬が一体となった見事な勇姿。
観客たちが万雷の拍手をおくる。
的はすべて落とし、速さも申し分なし。
まさに圧巻の出来栄え。
わきにわいている会場内の異様な雰囲気の中で、スタート地点に立つことになったリリアとビエラ。
ウマのビエラは生あくびをして、あいかわらずのトロンとした目で、いつも通り。
ですが騎乗しているリリアのほうは、表情が硬く、ちょっと緊張の色が見えます。どうやらあれほどの技量を見せつけられた影響を受けているみたい。
と、そんな彼女の目の前に、パッと咲いたのは一輪の花。
その辺の道端に咲いている、とくにめずらしくもない小さな花。だけど、それはキレイなうすい氷でできており、陽を受けてキラキラとかがやいておりました。
ふわりと落ちるそれを、おもわず手の平で受けとめたリリア。
「氷でできているのに、ちっとも冷たくないや。それどころかなんだか温かい」
ふしぎな氷の花を見つめているだけで、自然と心が落ちついて、胸のあたりがポカポカしてくる。
リリアが上客用の個室を見上げると、そこには水色オオカミのルクと、フレイアさんの姿。
「ルクってば、ちょいちょい女心をくすぐるのよね。人間の男だったら間違いなくホレてる。ねえ、あなたもそう思わない?」との問いかけに「ニシシ」と歯茎を見せたビエラ。
「さてと、それじゃあ、いくとしますか」
氷の花飾りを頭につけたリリアが合図をおくり、ビエラが駆け出す。
出だしは先攻のクロフォードと遜色なし。ですが中盤の山を登りきった先にて、観衆たちは度肝をぬかれました。
だってリリアが完全に手綱を手放したのですから。
これを合図にビエラの走りがガラリとかわる。
人を乗せているので、かなりおさえていたチカラを一気に解放。
数多の英雄英傑たちを背にのせ、ともに伝説となった風の戦士。
その一族に名を連ねるビエラが踊るように競技場内を駆ける。
あまりの勢いにて、背中のリリアがふり落とされそうですが、そのそぶりがまるでない。
もちろんリリアが足をしっかりとしめて、必死に喰らいついているからなのですが、それだけではありません。おどろくべきはビエラ。これだけ激しく四肢を動かし、右へ左へと移動しているというのに、その背がほとんどブレておらず、上下に暴れることもなく、つねに一定の水平を保っていたのです。
だから見た目に反して、ビエラの背の上はずっと安定しておりました。せいぜいちょっと風が強い日に、湖に浮かべた小舟ぐらいのゆれ。
それを維持しながら速く駆け続けることが、どれだけたいへんなことかはリリアにもわかっています。
体への負担もかえりみずにムチャをしてくれている相棒。
その心意気にこたえるために、全身全霊にて弓を射るリリア。
最後の直線、一陣の風が吹き抜けたように、そこに集った者たちの目には映りました。
そして風が去ったあとには、すべての的に矢が見事に突き立っておりました。
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