水色オオカミのルク

月芝

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270 月夜の砂漠行

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 日中の砂漠の灼熱も、夜間の極寒すらものともしない、ルクのふしぎな氷のドーム。
 救助されてから三日間。
 ドームの中で養生したクルセラは、元気をとりもどしました。
 共に過ごしている間、水色オオカミのことや自分のことなどを話していると、クルセラがとくに興味を示したのが旅の話。冒険譚をせがまれるままに語って聞かせるほどに、彼女の琥珀色の瞳がキラキラとかがやく。
 たった一頭きりで砂の海に挑戦するような彼女ですから、そういう気性なのでしょう。
 以前に弓の街で出会った狩人のリリアもそうでしたが、どうやら自分が出会う女性たちにはこの手のタイプが多いようだと、今さらながらに気がつくルクなのでした。

 みんなが心配しているだろうから、いったん自分の群れのところに帰るという彼女を、ルクは送り届けることにします。
 もう、だいじょうぶとはおもいますが、まだまだ病み上がりにつき、念のため。
 日が暮れるのを待ってから動き出す二頭。
 吐く息までもが凍りそうなほどの砂漠の夜。
 月明りを受けてぼんやりと光る海は、幻想的でただただうつくしい。
 だけれどもあんまりのんびりと見惚れているヒマはありません。
 ほんの少しまえまでは、焼けた鉄板のような白砂であったというのに、一転して雪氷のようになって、足の裏からグングンと体温をうばっていこうとするから。
 だから熱をとられるまえに足を動かす。
 そしてつかれたら、やや足を砂に埋もれさせるかのようにして休む。
 こうすると地中にわずかながらも残っている熱がじんわりと伝わり、凍えたココロとカラダを癒してくれる。だけれどもあまり長いことそうしているのは危険。この行動は眠気を誘うゆえに、もしもうっかり寝てしまったら、きっと助からない。
 道行にて、砂漠の旅についてあれこれと語るクルセラ。
 ダテに死にかけたわけではないようです。

「そういえば砂甲虫(さこうちゅう)だっけ? クルセラがおそわれたのって。ずっと気になっていたんだけど、それってどんな生き物なの」
「あー、連中の見た目はデカいムカデみたいなもんかな。おおきいのになると丸太ほどもあるかな。この砂の海の中に生息しているんだけど、ふだんはわりとおとなしいんだよ。ただ腹が減っているときは機嫌がわるくてね。とたんに見境なしになるからやっかいなんだ」

 砂漠に潜む巨大生物。
 話を聞くかぎり、なんともおそろしい存在ですが、じつは肉食じゃなくて砂の中に含まれるなんらかの成分を食べて生きているそう。いわば砂食生物?
 おそわれるにしても、理由の大半は彼らの食事をさまたげたから。
 ふだんはおおらかでのんびりしたものらしいのですが、食事時になるととたんに神経質になるそう。
 もっとも野生においては、寝るときや食べるときは隙が生じやすいので、特に用心する生き物は多いのですけれども、砂甲虫はそれがいささか過敏なようです。
 注意すべき相手ではあるものの、対処法さえ知っていればそれほど危険でもない。
 よき隣人とまではいきませんが、それなりにウマくつき合えていたご近所さん。
 でもその関係を崩したのもまた、この砂の海に起きた異変でした。
 広がり続ける砂の領域。
 それにともない住処とエサ場も拡大の一途をたどり、天敵らしきモノもいない状況下にて、砂甲虫たちは爆発的に増えていく。

「それまではめったに見かけることもなかったんだ。それこそおそわれた話なんて、年に一回あるかないか。でも今はもうちがう。外縁部でさえも三日に一度は見かける。しかも中央に近づくほどに多くなるから。いったいどれほどの数が住んでいるのか、想像もつかないよ」

 クルセラの話しに耳を傾けながら、小走りにて駆けつづけている二頭。
 ここでハタと気がついたのはルク。「あれ? でもそのわりにはさっきから不用心に進んでいるような。だいじょうぶなの」
「あぁ、心配ない。連中、夜はほとんど動かないから。どうやら熱い砂漠で暮らしているせいか、冷たいのはあんまりスキじゃないみたい」とクルセラ。

 彼女の説明を聞いたかぎりでは、砂甲虫はかなり健全な生活を営んでいるみたいです。
 ひょっとすると砂の中の何かを食べるだけでなく、砂漠の熱をもとり込んで生きているのかも。自分で体温を上手に維持させられない生き物たちが、たまに日向ぼっこに興じているのを見たことがあります。
 ふと、そんな考えが脳裏に浮かんだルク。
 しばし己の考えに没頭していたせいか、黙り込んでしまいました。
 急に静かになった水色オオカミ。
 どうかしたのかと彼を見つめる琥珀色の瞳。
 すべてをやさしくそっと包み込むかのような月の光とも、いささか乱暴ながらも肩に腕を回してくるかのような情愛のこもった太陽の光ともちがう。金の光を宿したクルセラの瞳。
 彼女にじっと見つめられていることに気がついて、おもわずドキリとさせられたルク。
 どぎまぎしながら「ごめん、なんでもないよ」と答える。
 するとクルセラは「そっか」とだけつぶやき、ふたたび前を向きました。

 並んで外縁部の密林を目指し走りつづける二頭。
 こうして地の国のオオカミといっしょに走るのは、ルクにとってははじめての経験。
 これが彼らの歩み、彼らの速さ、彼らの見ている景色……。
 チラリと横に目を向けると、視界に映ったのは、月明かりを受けて風に流れる黒まじりの茶色い毛に、躍動するクルセラの四肢。
 オオカミという生き物に産まれ、オオカミとして生きるために完成されたひとつの形が、そこにはありました。
 そんな彼女をルクはとてもキレイだとおもいました。


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