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271 帰還
しおりを挟む病み上がりのクルセラの体調と相談しつつ、彼女の歩みに合わせ、ときおり休憩を挟んで進んだので、ルクたちが砂の海を抜けたのは夜明け前でした。
外縁部の密林に足を踏み入れると、一転して景色が緑にかわり、空気が湿り気を帯び熱気とあいまって、むせ返るような青臭さ。
ここではいろんな木や蔓(つる)らが互いにからみあって、まるで一つの生命体のようになっている姿が目立ちます。おそらくは限られた水源と生存可能な場所をめぐり、植物たちは争うよりも手をたずさえる道を選んだのでしょう。
砂漠とはまたちがった暑さ。だけれどもこちらには生命があふれています。
地面にうねる木の根を伝うかのように、器用にひょいひょいと進んでは、先を行くクルセラ。
この辺りは自分の庭だとばかりに、歩みが軽快です。
じきにルクの鼻に感じられたのは、清浄なる水のニオイ。泉、もしくは池でもあるのでしょう。
クルセラの向かっていたのは、そのニオイが漂ってくる方向。
と、前方にはちがう気配が突如としてあらわれ、ルクたちは行く手をはばまれました。
物陰より音もなく姿をみせたのは十ものオオカミたち。
それを率いるのは他の個体よりも一回り半は大きな青年のオオカミ。
色味の強い金色の眼光が鋭く、おおきな口からのぞく白い牙や、たくましい四肢の先にある黒いツメも立派。そのわりに全身を包むのはやわらなか栗毛にて、強さの中に優美さも兼ね備えている。
「とまれ! クルセラ。いきなり飛び出し何日も留守にしたあげくに、ようやうもどったとおもえば、こんな怪しげなヤツを連れてくるとは、いったいどういうつもりなんだ」
低いながらもよく通る声にて詰問されたものの、当の彼女は「フン」と鼻を鳴らしての不遜な態度。
「どうもこうもあるか、シュプーゲル。ルクはわたしの命の恩人だよ。砂漠で行き倒れていたところを助けて介抱してくれただけでなく、親切にも送ってくれたんだ。それを怪しいだなんて」
「なにっ、あれほどダメだといったのに勝手に砂の海に入っていたのか、おまえは」
いきなり言い争いをはじめてしまったクルセラとシュプーゲル。
互いに牙をむいて、たいそうな剣幕。
まわりのオオカミたちもどうしたものかとオロオロうろたえるばかり。
部外者であるルクにいたっては完全に蚊帳の外。
ギャンギャン吠える両名。気取らぬ言葉の応酬からして、彼らは相当に気安い間柄のよう。
でもシュプーゲルという名の彼の言動の端々からは、ずっとクルセラの身を案じていた様子がみてとれます。
もっとも彼女の方は彼のそんな不器用なやさしさには、まるで気がついていないみたいですけれども。
こんな具合に二頭がやり合っていると、ガサゴソと近くのシゲミが鳴って、中ならひょっこり顔を出したのは新たなオオカミ。顔立ちがまだ幼い女の子。
「あっ! なんだかさわがしいとおもって来てみたら、やっぱりクルセラの姉御だ。おかえり、あねさーん」
言うなり、ピューっと飛び出した女の子。
そのままモメている現場に突撃。
いきなりぶつかるようにして突っ込んできた子を受けとめたクルセラ。
「おや、ニャモかい、ただいま。留守中、心配をかけてすまなかったね」
「あねさん、あねさん、あねさん」
鼻先やら頭なんぞをグリグリこすりつけて甘えてくるオオカミの子。それを見つめるクルセラの瞳は、とってもおだやか。シュプーゲルとやり合っているときとは、えらいちがいです。
これには苦虫をかみつぶしたような表情になるシュプーゲル。
そんな彼を放っておいて、ひとしきり甘えたニャモが、ふいにルクの方をふり返る。
「そういえばさっきからずっと気になっていたんですけど、アチラのステキな方は」
「あぁ、彼はわたしの恩人のルクだよ」
クルセラから紹介されて「よろしく」とルクがあいさつをするなり、いきなりニャモが叫ぶ。
「クルセラの姉御が男を連れて帰ってきたっ! こいつは一大事だ、早くみんなにしらせないと!」
まちがってはいないけれども、なんとなく意味合いがちがうようなニャモの物言い。「おい、ちょっとまて」というクルセラの制止をふり切って、彼女はそのまま駆けていってしまいました。
まるでつむじ風のような彼女の行動にて、かき回された感が漂う現場にとり残された面々。
けれどもシュプーゲルは、まだまだお説教が言い足りないようです。
コホンと咳払いののちに、ふたたび始めようとする。
でもそれはかないませんでした。
ニャモの広報活動を受けて、ワラワラと若い娘さんたちが集まってきたからです。
「おかえりクルセラ」「心配してたんだからね」「ちょっとどこでこんないい男つかまえてきたのよ」「キレイな色ねえ、それにサラサラだわ」「くんくん、ちっとも汗くさくない」「ねえねえ、どこからきたの?」「キーッ、まさか男勝りのクルセラに先を越されるなんて」「さすがです、アネさん。やるぅ」「うちの姉さんを選ぶなんて、あんた見る目あるよ」「いいなー、わたしも彼氏ほしい」
いきなりとり囲まれて、もみクチャにされながらの質問攻め。
これには水色オオカミのルクもあわてるばかり。
「ちがうってば、ルクは恩人であって、そんなんじゃあ……」
女の子たちをまえに、クルセラがムキになればなるほどに、照れ隠しだなんぞと、さわぎがキャアキャアおおきくなっていく。
ルクとクルセラはそのまま黄色い嵐に連れられていってしまい、結局、シュプーゲルのお説教は中断されることになりました。
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