水色オオカミのルク

月芝

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273 ゆらぎ

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 群れでの役割分担は主に二つ。
 狩りを行う者と居留地を守る者。
 朝陽が昇るまえに、経験豊かな大人たちを先頭にして、あとに若い連中がつづき、一団が狩りへと向かう。
 半日ほどで帰ってくるときもあるが、最長だと五日はもどらないこともある。
 だが往復で考えれば、片道二日半の距離。
 丸一日でも駆けつづけられるオオカミたちの体力や健脚ぶりからすると、たいした道のりではない。
 つまりこれがこの群れの現在での活動限界。
 これ以上先に進めば、他の群れの縄張りに抵触する危険があるということ。
 いかに植生が豊かで、ケモノの気配が濃い密林地域とはいえ、ゆうに百五十を超える群れを維持するには、いささかこころもとない範囲の縄張り。
 しかも加速する砂漠化によって、これさえもがジリジリと削られているのが現状。
 いまのところ食糧事情はなんとかなっているが、それとていつまでもつものか。
 女神さまの慈悲にすがって、事態が好転するのを座して待つよりも、原因を究明して打開策を模索すべきだと、クルセラが強く主張しているのもムリからぬこと。
 そんな彼女は今回は居残り。
 病み上がりというのもあるが、勝手をしてみんなに心配をかけたので、謹慎処分の意味合いもあります。
 そして客分である水色オオカミのルクもまたそろってお見送り。
 狩りへと向かう一団。若手をまとめていたのはシュプーゲル。きびきびと指示をとばすその姿は頼もしく、早くも王者の風格を漂わせている。
 シュプーゲルはちらりとこちらに視線を送るも、ひと言も発することなく行ってしまいました。
 いつもそんな無愛想な態度なのか、クルセラは特に気にもしていませんでしたが、ルクは彼の金の瞳の中に浮かんだわずかな変化を見逃さない。

 アレは……、感情のゆらぎ。

 ニャモの話では、シュプーゲルはクルセラに複雑な感情を抱いているらしいので、そのせいかともおもいましたが、ちょっとちがうような気がします。よくわからずにモヤモヤする。それにあの瞳はどこかで見たことがある気がする。
 ちらりと脳裏をよぎったのは弓の街。
 あのとき、彼女も同じような目をしていたような……。
 しかしルクの思考はそこで中断されてしまう。
 クルセラに呼ばれたからです。
 あわてて駆け寄るうちに、せっかく思い出しかけていた記憶も、ポロリとどこぞに落ちてしまいました。

 シュプーゲルの瞳に浮かんでいたモノの正体。
 それは苦渋の選択をせまられたときに、瞳に宿る感情のゆらぎ。
 大切なモノをあきらめさせられたときに現れる、ココロのかげり。
 昨日の夜更けのことです。
 シュプーゲルは父である現首長のガロと三長老たちから秘密裡に呼び出されました。
 そこで告げられたのは、群れの意志決定。

「この難事のおりに、水を自在にあやつれる天の国の水色オオカミとめぐり会えたのは、僥倖(ぎょうこう)以外のなにものでもない。われらはなんとしてもルク殿を群れにとり込むつもりだ。そのためにクルセラをあてがう。幸いなことことにアレも彼を気に入っているみたいだしな」

 三長老のうちの一頭にして唯一の女性である老オオカミから言われて、愕然としたのはシュプーゲル。
 幼いころより想っていた相手を、群れ存続のために生贄(いけにえ)に捧げるだなんて、とても承服できることではありません。毛が逆立ち、顔には怒気が浮かぶ。

「おまえの気持ちは知っている。だがあきらめてくれ。こうするよりわれらに生き残る道はないのだ」

 父のガロから浴びせられた無慈悲なる言葉。
 それが冷や水のごとく、ぴしゃりとシュプーゲルの胸の奥にあった激情を打ち消す。
 水場の確保、群れの存続にはどうしても外せない重大要素の一つ。
 これさえあれば、いかなる土地でも生きていける。
 群れの首脳陣たちは、すでに先の先までをも見通していたのです。いずれ遠くない将来、砂によって自分たちがこの地を追われることになると。
 だからこその非情なる決断。
 すべては群れを、ひいてはみんなを守るため。
 そのためならばクルセラの尊厳も、シュプーゲルの想いをも踏みにじる。
 それがどれだけ残酷な仕打ちなのかわかっているがゆえに、ガロも三長老もあえて謝罪の言葉も言い訳も一切口にはしませんでした。
 彼らは目的のために自分たちが業を背負う覚悟をとっくに決めていたのです。
 シュプーゲルの中で天秤がはげしくゆれ動く。
 どちらが群れにとって正しい選択かなんて悩むまでもない。
 だからとてあっさりと捨てられるほど、この想いは軽くない。
 それでも天秤が前者へと傾きつつあるのを、シュプーゲルは自覚してしまう。
 培ってきた責任感、幼い頃に不甲斐ない自分のせいで傷つけてしまったクルセラへの負い目、彼女の強さへの憧れ、恋慕、いろんなモノがココロのうちにて渦をまいては、感情をユラユラゆらす。
 やがてすべてをのみ込み、あきらめにも似た境地にて受け入れたシュプーゲルがガクリとうつむく。


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