にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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029 老クスノキ

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 洞穴を抜けた先は名も無き谷であった。
 巻物によれば、ここから一本橋で向こう側へと渡ることになっていたのだけれども、その肝心の橋がどこにも見当たらない。
 おそらくは崖の上から大量に不法投棄された墓石のせいで、ぷつんと切れて落ちてしまったのだろう。
 心無い人間の所業に三頭は「余計なことをして、もうっ!」とぷりぷり怒るも、こうなってはしょうがない。どうにかして自力で谷を越えるしかないとの結論に達する。
 というわけで……

「うんなぁあぁぁぁぁぁ~~」

 情けない声が谷間に木霊する。
 悲鳴をあげていたのは和香であった。
 ただいま岩壁に張りついてはロッククライミングの真っ最中。

 谷を越えるには、まず下まで降りなければならない。
 タヌキは水泳だけでなく木登りも得意にて、岩登りが上手なのは天狗岩のところですでに示されている。
 だからパウロはわずかな隙間やでっぱりを見つけては、これを器用に伝って順調に降下していく。サンもそれに続く。

 一方でネコの和香はどうかといえば、高所への恐怖が先に立つもので、さっきからずっとこんな調子であった。
 ネコはその優れた身体能力と爪により、垂直な壁をも忍者のようにシュタタと駆け上ることができる。
 でも、じつは降りるのはちょっと苦手だったりする。
 ある程度の高さであれば、ぴょんと飛び降りて華麗にスタッと着地を決められるのだけども。

「ふんぎにぃいぃぃぃぃぃ~~」

 和香の苦難は続く。

 一行は無事に谷底へと降り立った。
 しかしどこもかしこも墓石だらけ、なんとも罰当たりで不気味な光景だ。いかにもお化けが出そうな雰囲気である。
 でも、そう感じていたのは和香だけであった。
 タヌキであるサンとパウロにとって、墓石はただの石である。
 やや腰がひけている和香を尻目に、サンとパウロは谷底をずんずん遡っていく。
 捨てられた墓石が山となっている一角があり、それが坂となっては上の方にまで続いている。これを使えば谷越えがかなり楽になるだろう。
 そんなわけで、お次は墓石の巨大ジャングルジムに挑むハメになり、和香は「なぁーっ! (もうやだぁー!)」

  ◇

 どうにか谷越えに成功したところで、パウロが「ウユン? (おや?)」と首をかしげては周囲をキョロキョロ。

「ワ~ン、ユンユン。(ここってポンポン山のすぐ近くじゃないか)」

 パウロによれば人間たちをよく見かけるハイキングコースからは、ちょうど裏手にあたる場所らしい。
 なんやかやあってすっかり忘れていたけれども、いまの和香は遠足を無断で抜け出しているようなもの。本来ならばすぐに戻って、同班であるスズちゃんらと合流しなければならない。それに古峰玲央のことも気になる。
 ……のだけれども、ここまできてお宝を拝まずに冒険を切り上げるのだなんて、そんなせっしょうな。
 というわけで、和香は最後まで付き合うことに決めた。

 巻物に記されていた秘宝へと至る道。
 第一のヒントは天狗岩、第二のヒントは光る滝、第三のヒントが常夜の道、第四のヒントが谷の一本橋ときて、第五のヒントにして最後なのが老クスノキである。
 クスノキとは神社などでよくみかける大きな木のこと。
 樟脳(しょうのう)が採れる香木であり、かつてはこの木で仏像が彫られていたそうな。
 ちなみに樟脳は天然の防虫剤としても昔から重宝されており、消臭やアロマ効果もあって、清涼感のあるスースーしたニオイがする。

 大人が数人がかりでも手が足りないほど太い幹に、雄々しい枝ぶり、見上げるほどに高い背……
 そんな巨木があればすぐに見つかりそうなものなのに、どこにもそれらしい樹は見当たらない。
 それもそのはずであった。
 なぜならお目当てクスノキは、もう……

「ウユ~~ン。(くそ、なんてこったい)」
「キュ~~ン。(そんな、ここまできて)」
「なぁ~~ん。(ぺっきりいってるねえ)」

 雷でも落ちたのか、はたまた樹齢のせいか。
 老クスノキは折れていた。
 朽ち具合からして昨日今日のことではないらしいが、これにはまいった。和香たちは頭を抱える。
 なぜなら巻物に記されてあったタヌキの宝箱の隠し場所が、この老クスノキの上の方にある樹洞(じゅどう)となっていたから。
 このありさまではきっと宝箱も無事ではあるまい。
 がっくり肩を落とす一行。
 それでも「なぁなぁなぁ。(ダメ元で探してみよう)」との和香の提案により、三頭は手分けして付近を捜索してみることにした。
 そうしたら……

 ご都合主義万歳!
 天はがんばるタヌキカップルたちを見捨てなかった。
 なんと! 折れて投げ出されるようにして倒れていた木の幹、たまさか樹洞の箇所が地面の方に面していたもので、雨風から守られていたばかりかひっそりと隠されてもいたのである。
 しかもご丁寧に、宝箱はビニール袋で梱包されていたものだから、三頭は「ひゃっほう」と小躍りして喜ぶ。文太親分、グッジョブ!
 でも、そんなお祝いムードに水を差す者が、ここであらわれた。

「ギュギュギュギュギュッ、ウユン。(案内ごくろうだったな。では、その宝箱をこちらに貰おうか)」

 あらわれたのは目つきの悪いタヌキが率いる一団。
 このタヌキこそがサンとパウロを追っていた、フォルなる雄タヌキであった。


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