にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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028 石の墓場

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 暗闇の中を身を低くして進む。
 ここ『常夜の道』は狭く天井も低い。人の子どもならばほふく前進でどうにかといったぐらい。
 とはいえ自分たちはタヌキとネコの一行なので、ふつうに歩けなくもないのだが、ときおり天井から岩や木の根が突出しており、油断していると頭をゴッチン。
 和香も一度やらかした。しゃかしゃか足下で蠢くムカデに驚き、立ち上がった時に脳天をジョリっとして「うんにゃーっ!」
 以降はとくに気をつけながら、そろりそろりと動いている。

 はじめのうちは水平であった洞穴内部、じきに緩やかな下りへと変わった。
 で、進んだ先にて待ち受けていたのが――

「ウユユ~ン。(うわ、水が溜まってる)」
「キュンキュン。(これは潜るしかないわね)」
「んにゃ! (まじかー)」

 道が水没していた。
 先へと進むには、この試練を越えねばならない。
 じつはイヌ科のタヌキ、足こそはあまり速くないものの、泳ぎは達者だったりする。
 だからパウロとサンはためらうことなく、ずぶずぶと水溜まりの中へ踏み込んでいく。
 けれども和香はちがう。
 ネコは基本的に水が苦手なのだ。
 とはいえネコも身体能力が優れているので、まったく泳げないわけではない。水遊びだって大好き。だからとて好んで泳ぐことはしない。ベンガルやサイベリアンなどの一部のネコたちは、みずから川や湖に飛び込みバシャバシャ泳ぐらしいが、全般的にネコは水中を苦手としている。
 ちょんちょん手を出し遊ぶのはいいけれど、ガチ泳ぎになるのはちょっと。
 なんとも矛盾しているが、これもまたネコらしいといえばネコらしいわけで……

 閑話休題。

 では和香自身はどうかといえば……ぶっちゃけ微妙である。
 いちおう二十五メートルは泳げる、けれども五十メートルはちと厳しい。飛び込みと息つぎがあまり上手くないし、プールの水を飲んではゲホゲホむせるし、懸命なバタ足のわりには前になかなか進まない。そのため水泳の授業のあとは、いつもぐったりしている。
 よって水泳が得意かと問われれば、答えは「あんまり」だ。
 ましてや洞穴の奥の暗い水底への潜水ともなれば、どうしたって物怖じしてしまう。
 なのにパウロたちはさっさと行ってしまった。
 ぽつんとひとり暗闇の中に取り残され、和香は喉をゴロゴロ鳴らす。

「ぐるるるるるるぅ。(う~、女は度胸だ。えいっ)」

 意を決した和香は大きく息を吸い込んでから水の中へと。
 とたんに体全体がキュッと締まる。
 陽がまったく当たらない場所、水はかなり冷たい。
 けど、おもいのほか水質はキレイであった。
 必死になって足を動かし、水を掻き掻き。
 幸いなことに、水が溜まっていた距離はほんの六メートルほど。
 それでもネコの身にすれば、ずっともっと長く感じたものである。
 これをどうにか泳ぎきり、水面に顔を出しては「プハァ」
 陸へとあがった和香はブルルルと身震い、体についた水を振り払った。

 水溜まりを抜けた先にて。
 道はなだらかな上りへと転じる。
 三頭がトテトテ歩き続けること、しばし。
 彼方に小さな光が見えた。
 出口だ。

  ◇

 ようやく『常夜の道』が終わる!
 なんだかんだで息苦しくて不安だったこともあって、喜びのあまり三頭は光に向かってひゃっほうと駆けていく。
 が、外へ飛び出す寸前でピタリと止まった。

 びゅるるるるる~。

 風が鳴いていた。
 暗闇を抜けた先は垂直に切り立った崖――谷であった。
 大地に刻まれた亀裂、細長く溝状に伸びた地形にて、底に川は流れていない。
 でも、代わりにあったのが大量の四角い石たち。百や二百ではきかないだろう。それらがうず高く積まれており、谷底を埋め尽くさんばかり。
 異様な光景であった。
 石の角がキレイにカットされていることから、おそらくは人の手が入っているのだろう。
 よくよく見てみれば表面に何やら文字が彫られている。
 その文字をにらんでいるうちに和香はあることに気がつき、ハッ。
 漢字にて『○○家』と読めた。

「にゃにゃにゃにゃあ。(これって墓石だ。でもどうしてこんなところに、それもこんなにたくさん……)」

 するとパウロが吐き捨てるように言った。

「シャーッ、グルル。(きっと人間たちの仕業だ)」

 違法業者による不法投棄。
 山へゴミを捨てる悪質な行為があることは、和香もテレビのニュースなどで知っていた。
 お金を貰って引き取ったくせに、きちんと処理せずに捨ててはしらんぷり。
 心無い行為である。とてもよくないことだと思う。
 けど、そのわりにはたいした罪にも問われず、解決までには多大な時間と労力がかかることから、現状ではやったもの勝ち。

 被害者は泣き寝入りなことに和香は憤慨している。
 でも、それはあくまでテレビのモニターの向こう側の世界での出来事であった。
 どこか他人事であったことは否めない。
 でも、ちがった。
 自分の身近なところでも起きていたのだ。
 そのことを知って、和香はとてもショックを受けていた。


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