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046 レベルアップ?
しおりを挟む教室での騒ぎは、駆けつけた先生と古峰玲央をはじめとする有志らによって、揉めていたふたりを引きはがすことで、いちおう収束する。
散らかった机やイスもすぐにきれいに並べ直して元通り。
でも教室内のピリピリムードは続いており、空気はずんと重たいまま。
突然のことにすっかり肝が冷えた。暑さはどこぞに吹き飛んだけれども、ねっとりした不快感がまとわりつく。
どうにも息苦しさを覚えた和香はひとりトイレへと向かった。
誰もいない静かなトイレ。
洗面台にてバシャバシャ顔を洗う。
蛇口から流れる水がなまぬるい、けど気持ちいい。
ようやくさっぱりした。
とおもったら、ギョッ!
顔をあげた瞬間、和香は鏡の中にいる三輪瑠璃と目が合った。
うしろに無言で立っている瑠璃。
(えっ、いつの間に……ちっとも気がつかなかった)
瑠璃があらわれた理由は、おそらく先の教室での騒ぎを聞きつけてのことであろう。
彼女が会長をしている『玲央さまファンクラブ』の情報網は、校内の津々浦々にまで及んでいる。いまでは和香もその一部に組み込まれているようなもの。
和香が内心「またか」とげんなりしていると、背後からのびてきた手に肩を掴まれた。
「ねえ、古峰くんは無事なの? まさかとはおもうけど、巻き込まれてつまらないケガとかしていないでしょうね?」
バスケの試合が近いこともあって、瑠璃は彼の身を案じている。
それはいつものこと――なのだけれども。
和香は顔をしかめた。
瑠璃が肩を掴む手に力を込めたからだ。それも爪が肉に食い込むほどに強く、ギュッと。
「痛っ! ちょ、ちょっと三輪さん、ヤメて」
たまらず和香は身をよじる。
すると瑠璃はハッとしてすぐに手を放してくれたものの、なぜだかやった方が驚いた表情をしているからわけがわからない。
「あら? 私、どうしてこんな……そんなつもりはなかったのに……。ごめんなさい、失礼するわ」
よほど気まずかったのか、瑠璃は頭を下げそそくさと立ち去った。
残された和香は、いつもの彼女らしくない行動に眉をひそめる。
瑠璃はたしかに玲央ファーストで、彼のこととなると目の色を変える。
けど、乱暴を働くような子ではない。せいぜい和香を追いかけ回しては、壁ドンにて根掘り葉掘り、愛しの王子さまの情報を聞き出そうとすることぐらい。
本当にらしくない。
彼女も暑さでイライラしていたのだろうか?
「うわ~、赤くなってる。どおりで痛いはずだよ」
シャツをずらして掴まれたところを確認したら、薄っすら手のあとが残っていた。
「アザにならなければいいんだけど……って、あっ、いけない」
水道の水が出しっ放しであった。
和香はキュッと蛇口のハンドルをひねり、すぐに水を止めた。
◇
近頃、小学校の様子がおかしい。
子どもたちが何やらヘンだ。
ぼーっとして気もそぞろ、かとおもえば一部がやたらと好戦的にてガルルル。
ちょっとしたことで声を荒げたり、取っ組み合いをしたり、不意に泣き出す子までいる。
下級生になるほど情緒が不安定気味のようだ、一方で上級生たちもどこかギクシャクしており、まるで見えない何かを警戒しているかのよう。先生たちもまるで参観日の前のように口数が減っている。
事実、不穏な気配がひたひたと忍び寄っているのを、和香も肌で感じていた。
だが、その正体がわからない。
どうにも得体が知れない。
異変は校内だけでなく、校外でも起きていた。
救急車の出動件数がさらに増えており、一時間と間を置かずにサイレンの音が聞こえてくる。ひっきりなしにて、それが当たり前になりつつある。
まるで町全体が浮足立っているかのよう。動物たちも落ち着かない。
そのためあちこちで人間とトラブルを起こしており、ちょっとマズイ状況になりつつある。こうなると市役所の環境課の動向も気になるところだ。
自分の住む町に何かが起きようとしている、あるいはすでに起きているのか。
予感が確信へと変わりつつある。
まだまだ半人前だけれども、猫又の超感覚が告げている。
『このままだときっとよくないことが起きるぞ。気をつけろ』と。
そんな気がしてしょうがない和香は、次の週末に本家へ行ったら御所さまに相談してみようと決めた。
でもその矢先のことであった。
下校時、スズちゃんと別れて、ひとりになった和香が町中を歩いていると、不意に聞こえてきたのが――
「ナァー! ナァー! ナァー!」
ネコが激しく鳴いている。
それも必死に何事かを訴えかけるような声で。
和香は立ち止まってキョロキョロ、どこから聞こえているのか探すも、周辺にネコの姿はなし。
声はなおも続いてる。
だから目を閉じ、より耳に意識を集中して居所を探ってみると……
「ナァー! ナァー! ナァー! (お願い、誰か助けて。このままだとサッちゃんが、サッちゃんが)」
先祖返りにて猫又の力に目覚めた和香は、ネコに変身できるほかに、動物たちとおしゃべりできる。
だが、能力はあくまでネコの姿になっている時のみ。
いまは下校時だから、もちろん人の姿だ。
なのに動物の言葉がわかったもので。
(――えっ、もしかして能力がレベルアップしたの?)
いきなりのことに和香は戸惑いつつも、「ハッ、いまはそれどころじゃない」とすぐに向かったのは近くの民家であった。
鍋島という表札を掲げているお宅。
ここには和香の祖母である斗和のテニスサークル仲間の幸恵さんが住んでいる。
幸恵さんがみんなからサッちゃんと呼ばれているのを知っていた和香は、どこから助けを求められているのか、すぐにピンときた。
インターフォンを鳴らすも、当然ながら応答はなし。
だから門扉を開けて、敷地内へと入り玄関ドアを叩くも、聞こえてくるのはネコの焦り声のみ。
ドアはしっかり施錠されており、一階の窓はすべて閉じられている。
でも、二階のベランダの窓がわずかに開いていた。
ネコの姿になればどうにかいけそうだ。
緊急事態につき和香に迷いはなかった。
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