にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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045 兆し(きざし)

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 凍らしたチューペットを、パキリ。

「ほい、ワカちゃん」
「ん、ありがとうスズちゃん」

 公園の木陰にあるベンチに並んで座り、チューペットを分け合うふたり。仲良くちゅうちゅう。
 今日も陽射しがきつい。ここのところ季節外れの暑さが続いている。

「もう何日、雨、降ってなかったっけ」
「え~と、九日……いや、十日だったかな?」
「降ったら降ったでうっとうしいんだけど、こうもカンカン照りなのもねえ。お肌が焼けちゃう」
「だよねえ~、熱中症とかも怖いし」

 ここのところピーポーピーポーという救急車のサイレン音をよく耳にする。それだけ出動件数が増えているということ。
 祖母と同居しているので、音苗家では気候や温度の変化にはわりと敏感だ。

「そうそう、うっとうしいといえば、アレもちょっとかんべんして欲しいんだけど――」
「あー……」

 とけはじめているチューペットをくわえながら、ふたりがジト目を向けたのは、公園の遊具の陰からこちらの様子をうかがっている男子である。
 クラスメイトの高槻悠太だ。当人は隠れてこっそり観察しているつもりらしいのだが、ちらちら姿が見切れており、丸わかり。
 あれで本人はマジメなのだから、まるでコントのような状況だ。
 でもって、悠太のお目当てはもちろん和香である。

 悠太はUMA(未確認生物)マニア、ひょんなことから和香に猫又疑惑を抱くようになった。以来、何かと和香の周辺をうろちょろしては、ときに首をかしげるようなアプローチをしてくるようになった。
 だがそんな彼の言動は傍からみれば、いろいろと誤解が生じかねないもので……

「ちょっと! 高槻くん……あんた、いい加減にしなさいよ。そんなにワカちゃんのことが気になるんだったら、男らしく堂々と告白しなさい。そしてスパッと振られちまえ!」

 スズちゃんが吠えた。
 いきなり叱られて、悠太はギョッ!
 そりゃあ驚くのも無理からぬことであろう。
 なにせ悠太にそんなつもりは毛頭なく、また和香もそのことをちゃんと理解しているから。ふたりを繋いでいるのは恋愛感情ではなく、一方通行な好奇心だけである。
 でも、スズちゃんは親友がネコに化けられるだなんて夢にも思っていないし、悠太の真意も知らない。そして世間一般的にみれば、悠太の行動の数々はストーカーっぽいことこの上なし。
 結果としていろいろとズレが生じ、ほら――ね?
 とんだかんちがいが起きちゃうわけで。

「はぁ、告白? 振られる? 赤宮さん、キミはさっきからいったい何を……って、あぁーっ!」

 いまさらながらに己の置かれた立場、周囲からの目に気がついた悠太は絶句する。その顔がみるみる赤くなっていく。
 かとおもえば気の毒なぐらいに狼狽し、「ち、ちがう! 僕はただ音苗さんの……」

「ただ……何よ? 男だったらはっきりしなさい」
「んぐっ、それは……」
「そ・れ・は?」
「そ、それは……」

 スズちゃんから「さぁさぁさぁ」と詰め寄られ、悠太はタジタジ。
 それでもこの場で猫又うんぬんについて言及しないだけの分別は残っているらしく、うらめしそうに和香の方をにらんでから、悠太は後ずさり。
 からの、いきなりバッと背を向けたかとおもったら猛ダッシュにて駆けていく。
 悠太は逃げ出した。

「ちっ、あのヘタレめ」

 スズちゃんは唇をとがらせる。
 和香はなんとも言えない表情にて、遠ざかる背を見送るばかりであった。

  ◇

 スズちゃんのお説教がよほどこたえたのか、ここしばらく悠太はおとなしい。
 かといって油断はならない。
 ときおりこちらに向ける目からは、いまだに闘志が失われていないからだ。あの様子だとまだまだ諦めそうにない。
 和香は「はぁ」とタメ息をつきつつ、ハンカチで首筋の汗を拭う。

「……にしても暑い。教室がサウナみたいになっている」

 うだる暑さのせいでみんな朝からイライラしており、クラスの空気もどんより。
 しかもこんな時にかぎって、エアコンが故障中ときたもんだ。
 業者に修理を頼んでいるそうだけれども、この陽気のせいで急に仕事が増えたらしく、なかなか順番が回ってこない。
 そしてみんなのイライラがピークになったところで、ついに事件は起きた。

 男子同士がケンカを始めたのである。
 休憩時間中のこと、ささいなじゃれ合いが高じてのもの。
 いつもならば笑ってすませる程度のことが、カッチーン。「このやろう!」「なんだ、このやろう!」と取っ組み合いへ発展する。
 教室内はたちまち騒然となった。

「おまえたちは何をしているんだ、やめないかっ!」

 あわてて悠太が止めに入る。委員長としては暴力沙汰は看過できない。
 でもすっかり頭に血がのぼっている当事者たちは、まるで聞く耳を持たず。それどころか逆に「うるさい」「邪魔だ」と悠太を突き飛ばしてしまった。
 よろめき机にぶつかる悠太、ひょうしに彼の眼鏡がはずれた。机もひっくり返ってしまい、中身が床に散乱する。イスもガタンと倒れた。
 驚いた女子が悲鳴をあげて、騒ぎがいっそう大きくなる。
 やんやと騒ぎを煽る者や、怯える者などが入り交じり、教室内はすぐに興奮のるつぼと化す。

 和香とスズちゃんはいち早く廊下へと避難していたもので難を逃れたものの、「なにこれ」「みんなどうしちゃったのよ」と呆然、騒動を眺めていることしかできない。
 無意識のうちに和香は、首からさげているお守り袋をぎゅっと握っていた。


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