にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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047 バレちゃった!?

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 鍋島さん家(ち)のサッちゃんこと幸恵さんは独り暮らし。
 たしか数年前に夫を病気で亡くしており、子どもたちはすでに独立して実家を出ているはず……

 ネコの姿になった和香は、隣家との境にあるブロック塀へあがると、一階の屋根へ飛び移り、そこから屋根伝いに二階のベランダへと向かう。
 あっという間にベランダに到着した。
 手すりの柵の隙間からするりと身を滑り込ませる。
 柔軟かつ身体能力に優れたネコならではの芸当だ。
 で、いよいよ開いていた窓から室内へと踏み込んだところで「にゃっ!」

 和香は尻尾をピンと立ててはたいそう驚く。
 いきなり人が倒れていたからだ。
 サッちゃんだ! 意識を失っている。にゃあにゃあ呼びかけたり、ふみふみ揺すったりしてみたけれども反応がない。
 ぐったりしており、顔が赤く火照っている。汗もやたらとかいていた。
 これは……

「にゃにゃにゃん!? (もしかして熱中症!?)」

 それもかなり重症っぽい。
 こうしちゃいられないと、和香はすぐに人間の姿に戻って階下へと。
 探したのは家の固定電話だ。いまどきだからサッちゃんもスマートフォンを所持しているかもしれないけど、ロックがかかっていたら使えない。

 ここは他人様のお宅。
 電話のある場所がわからないので、片っ端から確認していく。
 するとある部屋のドアを開けたところで、いきなり「ニャーっ」
 アメリカンショートヘアが飛び出してきた。必死に叫んで外に助けを求めていたあの子だ。
 サッちゃんの飼いネコは、和香には目もくれずに飼い主のもとへと駆けていく。
 それを横目に、ようやく電話を発見した和香はすぐに119番をした。
 幸い電話はすぐに繋がった。
 だがしかし――

「えっ、到着が少し遅れるって、そんな……」

 女性の通信員からそう告げられ、和香は絶句する。
 ここのところ救急車の出動件数が急増しているせいだ。
 平時ならば十分もあれば駆けつけられるのに、いまは運悪く救急車がすべて出払っているから時間がかかるという。

 和香は一瞬頭の中が真っ白になった。パニックを起こしそうになる。
 だが、そこで受話器の向こうから聞こえてきたのが「あわてないで、しっかりしなさい」との励ましの言葉であった。
 けっして語気を荒げることなく、それでいてとても心強い。
 声に勇気を与えてくれる不思議な響きがある。
 うつむきかけていた和香はキッと顔をあげた。

  ◇

 通信員の指示に従い応急処置を行い、祈りながら待つことしばし。
 じょじょに近づいてくる救急車のサイレンの音に、和香はへたり込みそうになるも、「まだ気を抜いちゃダメ、しっかりしなくちゃ」と己の頬をパチパチ叩く。
 玄関に向かいドアを開け、救急隊員らを迎え入れる準備をする。
 サッちゃんはいざという時のために、お薬手帳やら保険証などをまとめてポーチに入れて、固定電話の脇に保管してあったので、これもいっしょに隊員に託す。
 身内への連絡まではさすがに手が回らない。
 あとは大人たちに任せるしかないだろう。

 さすがはスペシャリストである。
 現場に到着した救急車が、患者を積み込み出発するまでにかかった時間は、ほんの五分ほど。
 和香があれこれお手伝いをしてくれたおかげだと、隊員のお兄さんから褒められたけど、それを抜きにしても速かった。
 とにかく動きに無駄がない。隊員同士の連携も見事で、とてもテキパキしており、安心感が半端ない。和香は目をぱちくりさせながら、ほとほと感心するばかりであった。

 サッちゃんが救急車で搬送されていく。
 それを和香は門前で見送った。
 この頃になると家の前に野次馬の人垣が出来ていた。なかには「どうかしたの?」と訊ねてくる近所の人もいたので、和香はかくかくしかじか。さしさわりのない範囲で説明しておく。

 とりあえずやれることはやったと思う。
 あとはサッちゃんの無事を願うばかり……ではない。
 なにせいまの和香の腕の中には「ナァ~ナァ~ナァ~」と鳴いては、ご主人さまの身を案じているアメリカンショートヘアがいたもので。
 この子はカリンちゃん。
 サッちゃんが名前をつけてくれたそうだけど、飼い主があんなことになったもので、このまま無人宅に置いておくわけにもいかないだろう。

「とりあえず、うち来る?」

 和香が声をかけるとカリンちゃんは「にゃうん」とうなづく。
 と、その時のことであった。
 突き刺さるような視線を感じて、和香はハッ。

 ぼちぼち散開し始めていた野次馬たち。
 その奥にいたのは高槻悠太。
 目が合ったものの、不自然に顔をそらされたばかりか、悠太はまるで逃げるようにしてその場から立ち去ってしまった。
 そんな彼の態度に、和香は言い知れぬ不安を覚えた。


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