彼はやっぱり気づかない!

水場奨

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23話 sideカラン

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サリス様を探しながらミニマム商会のお手伝いをする日々の中で、突然のように開かれた土地に俺たちは驚いた。
今まで危険な森に分断されていた向こう側に、安全に渡れる道ができたのだ。

山や森など、今まで未開であった土地を新しく開拓した場合、その土地の権利はその人の物になる。
もちろんその土地を治める領主には税を納めなければならないが。
ビアイラの森には森を守護する神獣がおり、心証を悪くすれば町が獣達に襲われることもあるのだ。
その神獣とどんな交渉をしたのかは分からないが、ビアイラの森の一部を譲り受けることができたということである。
おかげで危険な土地を通らずとも反対側へ行ける道ができたわけだ。

となれば、許可を取りその道を使わせてもらえるよう交渉するのは当然のことだろう。
あまり強欲な人でないといいなと門を叩いた先にいたのは、再会を夢にまでみたサリス様だった。
けれどこちら側の歓喜とは違い、サリス様は目を泳がせた後、部屋から出ていってしまったのだ。

……俺のことを、呼んでもくれなかった。

内心のショックを目の前の相手への対抗心へと替えて、サリス様を取り戻そうと奮闘するも手応えなくその日は帰宅することとなった。
旦那様にサリス様の無事を報告し、また翌日サリス様に会うために出かける。
旦那様への報告もあるため行ったり来たりを繰り返し、だいたい3日に1度の頻度で逢瀬を続けるうちに、あることに気がついた。

本家では見ることのなかった、サリス様の満面の笑顔……こちらでの生活が楽しそうなサリス様の様子に。
そして、話を聞くにつれて判明したサリス様の才能に。
何も持たない状態から、財を成したその手腕。

果たして、サリス様を本家に戻すのはいいことなのだろうか?
あれほど確執があったのだ。
いくら旦那様が大切に思っていたとしても、会わせることは正しいことなのだろうかと。

そしてもう一つ。

「もう、サリス様にとって俺は必要のない存在ですか?」

ここには、サリス様を笑顔にしてくれる存在がたくさん、いる。

「……俺も、カランに聞きたいことがあったんだ。カランはなんで俺に会いにきてくれるのかなって。俺、すごい意地悪だっただろ?他の使用人みんなは俺のこと嫌いだったみたいだし」

俺が半ば諦めを伴って聞いた答えは、サリス様の泣きそうな小さな声でボロボロと崩れ落ちた。
サリス様の不安……胸の内を聞いたのは初めてではないだろうか。

「サリス様が意地悪だったことなんかありませんよ!いつも、その小さな手で俺達を守ってくれていたじゃないですか!」
「!!……カラン?」
驚いたような顔をして、震える腕でしがみついてきたサリス様を、俺も戸惑いながら抱きしめた。

『なるほどそっかぁ。まだ最終章じゃないから、カランに嫌われてなかったんだあ。サリスフィーナがお母さんの意思を継いで施しをしてるの、ちゃんと気づいてくれてる人がいたんだな。カランは気づいてくれてたんだ』

サリス様が聞いたことのない言葉を俺の胸の中で呟くと、そっと離れた。
その離れていく温もりを、離したくない、そう強く思う。
俺が弱気になってどうする!
サリス様をいろいろな悪意から守るのが、俺の仕事だったじゃないか。

「サリス様、使用人達がサリス様を嫌うことだってあり得ませんよ」
サリス様の心をお守りしたい。
「そんなことない。俺のこと、悪く言ってるの聞いたからな。でも、一度もカランからは聞いたことなかったから、カランだけは信じようって……信じたいって思ってた」
薄っすらと浮かぶ涙が、あの場所で孤独だったサリス様を思い浮かばせる。

なぜ、気づかなかったのだ。
なぜこの方の苦しみに、俺は気づけなかったのだ。

「誰が、そのような?どこに配属されている者でしょうか」
「……もう屋敷にはいない。みんな喜んで新しい職場に出向いたからな」
事実を問い詰める者は既におらず、この言いようのない怒りを、どう収めたらいいのだ。

「カランにも、本当はもっといい仕事を斡旋することだってできたんだけど、俺……俺、カランにもう少し一緒にいて欲しかったから」
俺は耐えられずサリス様を抱きしめた。

「サリス様、俺を側に置いてください!俺もアイツみたいにサリス様の役に立ちたいです。サリス様の側に置いてください……以前のように」
後は押して押して、自分を売り込むしかない。

その言葉にサリス様は『そういえば、カランも魔力ある設定だよな?』と何かを悩んだようだった。
まさか、必要ない、なんて言われるんじゃないよな?

「なあ、カラン。ダメ元でやってみたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう」
「ちょっと待っててな」
言うなり、ただ抱えられていたサリス様がぎゅっと抱きついてきて心臓が跳ね上がった。

柔らかい、小さい、細い、いい匂い……そしてあたたかい。

「なあ、俺からなんかカランの方に送られてるのわかるか?」
「はい、わかりますよ。サリス様からの愛、ですね。あたたかいです」
「は?あ、うん。それ俺の魔力なんだよ。おんなじの、カランも俺にくれるか?」

おんなじの、カランも俺にくれるか?
……くれるか?
は!
俺のことを、サリス様が欲しがっている、だと!?

「は、はい!ただいま!!」
うおおおおお!!
俺の愛、サリス様に届け!!

「ま、待って!!お前もリクと同じかよ!多い!多すぎるから!!あっ、まっ、はっ」
な、なんという表情かおをなさってるんですか!

「サリス様が、俺の愛を受け止めてくださってる……」
「違う、違うから!これ、ただの、魔力!」
「はい……サリス様♡」
「ダ、ダメだ。こいつもリクと同じだった。言葉が通じねえ。こうなると、危なくて力も出せねえのに」

なんとあの愛の交換は、魔力を認識するためのものだったらしい。
魔力がわかるようになると、身体から溢れる黒くもやがかったモノを動かすことが可能になった。
それは、思い通りに動かすことが可能で、サリス様の邪魔になる者を排除することもできた。
なぜか1番邪魔なリクには効かないのが頭にくるけどな。

……もっと精進しなければならないということか、ぐぬぬ。



今日も元気に大木を引き抜いてくるサリス様。
最初は驚いたものだが、よく見るとキラキラとした笑顔を振りまきながら懸命に働くサリス様の可愛さが、こう、グッと胸にきて……はあ、本当に尊い。

抜いて来た木を乾燥(?)させ、するりと皮を剥ぎ、それを手下に引き渡すと、直ぐに隣に置いてある加工済の木材を担ぎ上げ運んでいく。
働き者のサリス様……いい。

なんでもレンガを用意するには、お金も時間もないということだ。
あくまでも本家の力を借りないというその姿勢は、違う意味で胸にくるものがある。

しかし、木だけでも家というのは立派に建つものなのだな。
サリス様の購入したという本邸のみがレンガ造りで、他の3棟と風呂は木造だ。使用人達は、順次そちらに移るそうだ。

サリス様が恥ずかし気に
「ここをカランの部屋にしてもいいか?」
と本邸に俺の部屋を作ってくれて、感無量で呼吸を忘れた。
機会をみて、リクをサリス様の部屋から追い出したいと思う。

サリス様はキサラ街とヤビス町を繋ぐ道中にも家屋を建設しようとしていたが、リクの許可が出なかった。
「でも向こう側、すっごく遠いぞ?全速力の馬で移動しても1、2時間かかるだろ?」
キサラ街側で仕事をしていた者が、向こうでも泊まれる施設をと、手下を労るとはさすが優しいサリス様。

「この程度の道を、馬と同じ速度2時間で移動できないなど、サフィ様の手下として名折れです。そんなこと許されません」
「ばっ!そんなわけねーだろうが!!俺もアイツらもただの人間なんだっつーの!」

サリス様はそう言うけど、リクは手加減などする気はないらしい。
正直、師匠のしごきの10倍以上よりひどい。
よく頑張ってるよなー、アイツら。
どうしてそんなにも頑張れるんだろうか。

そして、リクがアイツらの体力を鍛えるならば、俺は頭脳を鍛えてやらねばならないだろう。
サリス様の周りに侍る人間が愚かだとか我慢ならない。

正直、リクの情けないところも見られるかと思ったが、意外にもリクは字も読めるし計算もできた。
いや、意外ということもないか。
外見は、王族も霞むほどの貴族らしさがあるからな。

まあ、リクの事情なんてどうでもいいんだ。サリス様の妨げにならなければ。

そう、サリス様の妨げにならないのであれば。
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