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Ⅷ
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異動願を出したリアクションはまだない。
俺は資料をまとめていた手を、止めた。
白鷹課長が隣のデスクに立ち、静かにファイルを差し出してくる。
「この件、追加で確認を頼む」
「……はい」
いつも通りの口調。
けれど、視線が合った瞬間、息が詰まる。
あの日から、どうしてもまっすぐ見られなかった。
昼休みに聞いてしまった会話──
“夕菜さんと課長って、昔付き合ってたらしい”
その言葉が頭のどこかでこびりついて離れない。
「体調は? 最近、残業が多いようだが」
唐突な気遣いに、心が揺れる。
以前ならそれだけで嬉しかったのに、今はどう返せばいいかわからない。
「大丈夫です。……慣れましたから」
「そうか」
課長は短くうなずき、去っていった。
その背中を見送りながら、
(どうして、何も変わってないふりができるんだろう)
と、胸の奥で呟いた。
書類をめくる手が、かすかに震える。
冷めたコーヒーの味が、やけに苦かった。
時計の針が、十九時を指そうとしていた。
周囲のデスクが次々と空になっていく。
残っているのは自分と、課長だけ。
書類をまとめ、ノートPCを閉じた。
帰ろうと立ち上がった瞬間、背後から声がした。
「もう上がるのか」
その声だけで、心臓が跳ねる。
振り返ると、課長がコピー用紙を揃えながらこちらを見ていた。
柔らかい笑みではない。
いつもの、業務の確認をする時の表情。
「はい。……今日の分は終わりました」
「そうか。無理はするな」
短いやり取り。
それだけなのに、息が詰まる。
課長の手元から、紙の音がかすかに響く。
それが、やけに遠く感じられた。
「……お疲れさまでした」
「お疲れ」
会釈してその場を離れる。
背中に、何か言いかけたような気配を感じた。
けれど振り返ることはできなかった。
自動ドアが閉まる音がして、夜風が頬を撫でる。
外に出た瞬間、ふっと息を吐いた。
胸の奥に残った熱が、まだ消えない。
(……あと少しで、あの人とも、違う部署になる)
そう思うと、ほんの少しだけ足取りが重くなった。
とりあえず、仕事だけはちゃんとしなきゃ、と思った。
俺は資料をまとめていた手を、止めた。
白鷹課長が隣のデスクに立ち、静かにファイルを差し出してくる。
「この件、追加で確認を頼む」
「……はい」
いつも通りの口調。
けれど、視線が合った瞬間、息が詰まる。
あの日から、どうしてもまっすぐ見られなかった。
昼休みに聞いてしまった会話──
“夕菜さんと課長って、昔付き合ってたらしい”
その言葉が頭のどこかでこびりついて離れない。
「体調は? 最近、残業が多いようだが」
唐突な気遣いに、心が揺れる。
以前ならそれだけで嬉しかったのに、今はどう返せばいいかわからない。
「大丈夫です。……慣れましたから」
「そうか」
課長は短くうなずき、去っていった。
その背中を見送りながら、
(どうして、何も変わってないふりができるんだろう)
と、胸の奥で呟いた。
書類をめくる手が、かすかに震える。
冷めたコーヒーの味が、やけに苦かった。
時計の針が、十九時を指そうとしていた。
周囲のデスクが次々と空になっていく。
残っているのは自分と、課長だけ。
書類をまとめ、ノートPCを閉じた。
帰ろうと立ち上がった瞬間、背後から声がした。
「もう上がるのか」
その声だけで、心臓が跳ねる。
振り返ると、課長がコピー用紙を揃えながらこちらを見ていた。
柔らかい笑みではない。
いつもの、業務の確認をする時の表情。
「はい。……今日の分は終わりました」
「そうか。無理はするな」
短いやり取り。
それだけなのに、息が詰まる。
課長の手元から、紙の音がかすかに響く。
それが、やけに遠く感じられた。
「……お疲れさまでした」
「お疲れ」
会釈してその場を離れる。
背中に、何か言いかけたような気配を感じた。
けれど振り返ることはできなかった。
自動ドアが閉まる音がして、夜風が頬を撫でる。
外に出た瞬間、ふっと息を吐いた。
胸の奥に残った熱が、まだ消えない。
(……あと少しで、あの人とも、違う部署になる)
そう思うと、ほんの少しだけ足取りが重くなった。
とりあえず、仕事だけはちゃんとしなきゃ、と思った。
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