無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

文字の大きさ
29 / 53
第二部

しおりを挟む
外はまだ薄暗くて、街が静まり返っている時間。
俺は布団の中でもぞもぞと目を開けた。
隣ではまだ迅さんが寝ている。
横顔、やっぱりカッコいいなぁとおもいながら、寝ぼけた頭の中で、
「今日は早起きするんだった」と思い出す。

――迅さんに、お弁当を作る。

そう決めて、昨夜は少し緊張して眠りについた。
迅さんが仕事の合間に、ふとお弁当を開いて、
「直樹が作ってくれた」と思ってくれたら、それだけで嬉しい。

そう思うだけで胸がくすぐったくなる。

寝癖を直してエプロンを結ぶと、キッチンに立つ。
慣れない手つきで卵を割る。
ボウルの中で殻が入ってしまい、焦る。
あたふたしてたら、菜箸が落ちて床に卵液が垂れる。

「うわ……!」

慌ててキッチンペーパーを探す。
早朝の台所に小さな騒ぎが起きている。
でも、そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまう。

「こういうのも、悪くないな」

卵焼きは少し焦げてしまったけれど、
おにぎりはハートの形にならなかったけれど、
それでも、俺の手で作ったお弁当だ。

――きっと迅さん、笑ってくれる。

そう信じて、最後に小さなペンギンのピックを刺した。
(水族館のお土産。迅さんとお揃いのやつ)

出勤前の朝食の時間。
コーヒーの香りが部屋に満ちて、テーブルの上に湯気が立つ。

俺はトーストをかじりながら、少し照れくさそうに言った。
「今日は……お弁当、自分で作ったんです。あの、迅さんの分も」

迅は少し驚いた顔をして、次の瞬間、穏やかに微笑んだ。
「……本当に? ありがとう、直樹」

「あんまり上手にできなかったんですけど……頑張りました」

迅は手に取った弁当箱を撫でながら、
まるで宝物に触れるように、丁寧に扱う。
「直樹が作ってくれたなら、それが一番うまい」

その言葉に、俺の頬がほんのり染まった。
胸がきゅっとなって、なんだか泣きそうなくらい嬉しい。


家を出て、俺は少しお腹を押さえた。
(ん……ちょっと違和感? 冷えたかな?)
でも、すぐに「気のせいだ」と思い直す。

「いってきます、迅さん!」
「気をつけろよ、無理するなよ」

会社の前でわかれる。
いつもの朝。
ただ、その中に“誰かのためにがんばった時間”が加わっただけ。
それだけで、世界が少し明るく見えた。


昼下がり。
デスクの上の書類が積み上がり、会議資料のチェックが続いていた。
空調の風が首筋を撫でるたび、妙な寒気がした。

(なんか……変だな……)

背中の奥が重い。胃のあたりが鈍く痛い。
でも、あと少しでこのタスクが終わる――そう思うと、止まれなかった。

舟形先輩が隣の席からちらりと視線を送る。
「おい、直樹。顔、真っ白だぞ?」

「えっ……そんなことないですよ」
笑ってみせるけれど、声がかすれている。

「本当か? 昼飯もろくに食ってねぇし」

「大丈夫です。今日ちょっと早起きしただけで……」

笑いながら、書類に目を落とす。
手元のペンがかすかに震えるてるのが、自分でもわかった。

(頭がぼんやりする……なんでだろ……)

舟形先輩は眉をひそめた。
「……おい、ちょっと顔上げてみろ」

舟形先輩が俺の顔を覗き込む。
顔面蒼白、自分でも血色が悪いのがわかる。
額には薄く汗が浮かび、目は焦点を失っている。

「おい、直樹! おまえ、熱あるだろ!」

「へ……? そんな……僕、まだ資料が……」

「いいから休め!」

舟形先輩が立ち上がり、俺の体を支えてくれる。
その瞬間、ぐらりと視界が傾いた。

机の端に置いた手がすべって、書類が舞う。
自分の体が傾くのが、スローモーションのように感じた。

「……あれ……?」

そこまで言って、意識はふっと途切れた。



「救急車呼べ!」という舟形先輩の声が、遠くで聞こえる。
俺の頭の片隅では、
(迅さんに怒られちゃうかな……)
そんなことを考えていた。

――心配をかけたくない、ただそれだけだったのに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

秘密

無理解
BL
好きな人に告白するために一緒に帰る約束をした、ある放課後

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

恋が始まる日

一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。 だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。 オメガバースです。 アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。 ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。

幸せごはんの作り方

コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。 しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。 そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。 仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた

星群ネオン
BL
幼い頃に結婚の約束をした──成長とともにだんだん疎遠になったアルファとオメガのお話。 美しい池のほとりで出会ったアルファとオメガはその後…。 強くてへたれなアルファと、可愛くて一途なオメガ。 ありがちなオメガバース設定です。Rシーンはありません。 実のところ勘違いなのは二人共とも言えます。 α視点を2話、Ω視点を2話の後、その後を2話の全6話完結。 勘違いへたれアルファ 新井裕吾(あらい・ゆうご) 23歳 一途つよかわオメガ 御門翠(みがと・すい) 23歳 アルファポリス初投稿です。 ※本作は作者の別作品「きらきらオメガは子種が欲しい!~」や「一生分の恋のあと~」と同じ世界、共通の人物が登場します。 それぞれ独立した作品なので、他の作品を未読でも問題なくお読みいただけます。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

処理中です...