拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう~履いてない!?聖女逃亡手記~

花虎

文字の大きさ
5 / 80

2-2.

しおりを挟む



 カテラの街で一番大きな大衆食堂兼宿屋。一階に併設された食堂の一角に、明らかに場違いにキラキラオーラを背負った男が目の前に座っていることに違和感を覚えながら、リナリアはひとまずおすすめ料理を頼んだ。すると、目の前の男も倣うように注文する。
 
「では、同じものを」
 
注文を取りに来た女性店員が頬を染めて嬉しそうに「はい」と答えている。リナリアは先に運ばれてきたオレンジジュースを、ずず、と飲みながら男を盗み見る。聖騎士を名乗った彼の名はフィグルド・ティガー・ヴァリアントというらしい。

 だがおかしい、聖騎士は四人のはずだ。浄化の旅をした時に随行してくれた聖騎士の中に彼はいなかったはず。この一年の間に新しく祝福でもされた新米聖騎士だろうか。
 
「……リナ」

呼ばれて、ぴくりと片方の眉があがる。

 リナリアの本名は確かに「莉奈」だが、この世界にきて聖女として正式に神託を受けた時に女神レプスより「リナリア」という真名を与えられた。だから、この呼び方をする親しい人間はいないはずだ。

 彼が何故、その呼び方なのかと警戒心が膨らむ。街中で彼に声をかけられて、聖騎士である身分を証明するものも提示してもらった。だからこそ、人の多いこの街の食堂でなら話を聞いてもいいという条件でここまで来た。

 リナリアとしては急ぎ今日の宿を決めてしまいたかったが、彼の真剣な様子から簡単に解放されないだろうと判断して、とっとと話を聞いて終わらせようと判断したのだ。

 視線が鋭くなって警戒心が強まったのが伝わったのか、フィグルドは仕切り直すように小さく咳払いをすると続けた。
 
「リナリア、君はどこまで覚えている……?」

 不思議な質問だ。彼は、最初からリナリアの記憶が欠けていることを知っているかのような問いかけ。

 相手を信用していいかわからず、リナリアは押し黙る。浄化の旅をしていた時、聖騎士達からは「聖女」というだけで攫おうとする厄介な輩も存在していることを教えられた。旅をする聖女に、聖騎士が護衛としてつく理由は、闇神フォグから狙われると同時に、それ以外の危機からも守るためだ。当然ながらこの世界の人間も善人ばかりではない。

 彼が身分を証明するものとして示してきたのは、聖騎士の証である聖紋。それぞれ祝福を受けた神によって位置は違うが、フィグルドは右の首筋に刻まれていた。

 偽造することは叶わず、聖女にはその真偽がわかるようになっている。ゆえに、リナリアは信じるしかなかった。確かに、彼は神の祝福を受けた聖騎士だ。

 だが、リナリアは彼を知らない。聖騎士だからといって、どこまで信用していいかなど、わからない。
 
「……すまない。突然知らない男から聞かれても、戸惑うだけだな」

 フィグルドの表情は変わらない。ここまで見てきて思ったが、彼はあまり表情筋が豊かではないようだ。

 常に淡々としていて、感情が読めない。下手すれば冷たくも聞こえるその口調に、リナリアは無視できないものも同時に感じてしまう。

 ふぅ、とフィグルドは息を吐き、整えていた前髪を無造作に大きな手でかきあげた。ひと房前髪が落ちて、男の色気が増すのに知らず心臓が変な音を立てた。
 
「先に、俺の話をするべきだった。怯えさせてすまない」
 
 実直に謝罪されて、リナリアはなんだか居た堪れなくなりながらオレンジジュースを口に含んだ。甘酸っぱい味が口内に広がって、少しだけ気持ちが落ち着く。

 浄化の旅の間も、自分の傍には常に見目麗しい四人の聖騎士が居てくれたけど……彼に感じる緊張は何かが違う気がする。

 タイガーアイの瞳が、少しだけ細められる。

「俺は、サイアス王国のヴァリアント侯爵家の者で、フォルティアーナ聖騎士団の団長をしている」
 
 ん……?聖騎士団に団長なんていたかな……?

リナリアは旅の記憶を引き出そうとするが、靄がかかったように思い出せない。四人いたが、その誰かが団長と呼ばれているところは記憶にない。つまり、彼は新しく祝福された新米聖騎士などではなく、何か事情があり、旅に同行しなかっただけということだろうか。ひとまず大人しくフィグルドの話に耳を傾ける。
 
「聖騎士団は、国の垣根を超えて世界共通の有事の際その力を振るう役割を任されている。常時活動をしているわけではなく、普段は侯爵としての職務兼、国立騎士団の顧問も担っている」
 
 自己紹介なのか何なのかわからず、リナリアは瞬きをする。多分きっと、この人は口下手なのだろう。仕方ない、とリナリアは口を開いた。

「そんな立派な方が、私に何か御用ですか?」
 
突き放したつもりはなかった。けれど、今まで表情が変わらなかったフィグルドの瞳が、少しだけ、揺らいだ。フィグルドは一瞬何か言いたそうに口を開いて、けれど打ち消すようにはっきりと言葉を紡ぐ。
 
「そして――――俺は、君の夫だ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】 二年契約の婚約者がグイグイ迫ってきます

紬あおい
恋愛
巷で流行りの言葉「俺は君を愛さない。」 そう言ったのはあなた。 冷たい態度が一夜で豹変し、溺愛モードに突入。 選択肢が 0か100 しかない極端な公爵様と、実家を守りたい伯爵令嬢の恋物語。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました

ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。 けれどその幸せは唐突に終わる。 両親が死んでから何もかもが変わってしまった。 叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。 今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。 どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥?? もう嫌ーー

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ

西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。 エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。 ※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。 2025.5.29 完結いたしました。

【完結】 女に弄ばれた夫が妻を溺愛するまで

紬あおい
恋愛
亡き兄の恋人を愛し、二年後に側室に迎えようと政略結婚をした男。 それを知りつつ夫を愛し、捨てられないように公爵夫人の地位を確立しようと執務に励む女。 そんな二人が心を通わせるまでのお話。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

処理中です...