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2.盛大な勘違い
しおりを挟む――――カテラの街での再会3時間前、サイアス王国 聖騎士団執務室
「はぁ?嫁に逃げられたぁ!?」
そこはサイアス王国の王城内にある聖騎士団専用執務室。部屋の中に響く大きな声に、不本意そうに眉間の皺をわずかに深くすると、目の前の少年はぎゃははと腹を抱えて笑い出す。
「ま……っじかよ……!天下の雷神の聖騎士様が……ッ嫁に……ッ逃げ……逃げられ……ッ……ぶふ~!!」
涙さえ浮かべながら、少年は小柄な身体をソファに横たえるとじたばたと足を動かした。
「ちょっとぉ、そんなに笑ったらフィグちゃんが可哀そうよぉ」
少年のその態度を嗜めるように、のんびりとした声がかかる。女性っぽい口調だが、声は低音だ。笑い転げる少年の向かいのソファに長い脚を組んで座り、自身の爪に施された爪紅を眺めている、真っ赤な長い髪を持つ中性的な美青年がいた。青年の言葉に、少年が身体を起こす。
「バカだな。こんな話、笑い飛ばしてやったほうが本人も気が楽だろうが。なぁ?フィグ」
盛大に笑い転げた少年が急に真顔になってそう反論した。彼の名はディー・ホーク・シグルス。風神ホークの祝福を受けた聖騎士だ。見た目は十四、十五歳くらいの少年だが、実年齢は二十九歳と聖騎士団では最年長である。その外観が少年なのは、風神ホークがデカい男は空に浮かべたくない、という理由から見た目の成長を止められたからだ。その守護の通り、ディーは風を操り唯一空を飛ぶことが出来る。
「そうかしら?聖騎士が伴侶に逃げられたなんて相当な醜聞よぉ。前代未聞じゃないかしら。フィグちゃんの気持ちも察してあげなさいよ」
ふぅ、と塗ったばかりの爪紅を乾かすように息を吹きかけながら赤い髪の青年が言うと、ディーは胡坐をかいて頬杖をついた。
「逃げられたもんはしょーがねーだろ。うじうじしているほうが聖騎士の名折れだ。こんなもん、笑い飛ばして次に行け次に」
美少年とも呼べる可愛らしい見た目とは相反して男らしい提案に、赤い髪の青年が眉を顰めた。この美意識の高い男の名はエカルラート・サラマンダー・フラム。炎神サラマンダーの祝福を受けた聖騎士だ。
「もぉ~。ディーちゃんは本当に情緒がないわぁ」
「うるせ。男女」
「男ですぅ」
「……じゃぁその口調と化粧を止めろ」
「美に性別は関係ないわ」
口喧嘩を始めそうな二人の間で、一人重たい空気を背負ったフィグルドが、執務机に肘を置き組んだ手に額をつけながら、小さな、本当に小さな声で呟いた。
「……だと思っていたんだ……」
「あ?聞こえねーよ」
「何て?フィグちゃん」
二人がフィグルドの方に視線を向けて、首を傾げた。
「……両想いだと……思っていたんだ……」
「……は?」
「……え?」
先ほどまでうるさかった執務室に静寂が落ちた。
さすがに二の句が継げないでいる二人の横をするりと一つの影が移動して。フィグルドの執務机の上におかれた一枚の紙きれを影が拾い上げた。そうして、濃い紫の長い前髪の隙間から紙を見つめて、ぼそぼそと猫背の青年……水神スネークの祝福を受けたイサラ・スネーク・カシェが読み上げた。
「……拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう。長い間、お荷物である私を世話してくれて本当にありがとうございます。もう王様への義理立ては十分だと思います。だから、貴方は貴方の幸せを探してください。私はもう一人で立派に生きていけます。貴方の献身に最大の感謝を。リナリア。敬具……」
決して大きな声ではないのに、言葉が、執務室に奇妙に響いた。
「……まじかよ……」
「……フィグちゃん、き、気を落とさないでね……」
さっきまで口喧嘩をしていたディーとエカルラートが気まずそうに声をかけてくる。それはそうだろう。あれだけ盛大に国をあげて祝われて結婚した二人は、平和になった世界の象徴だったはずだ。
共に旅をした聖騎士と召喚された聖女が大恋愛の末の結婚。世界中がそう信じて、思い込んでいた。フォルティアーナで聖騎士と聖女は神の御使いだ。その二人が結ばれることは世界中の人々が望む幸福と言っていい。
そう、思い込んでいたのは民衆だけではなかったということだ。
ディーの座るソファの後ろに立っていた巨躯の男……地神グリズリーに祝福された聖騎士ノエス・グリズリー・マクシムスが、ぼそりと呟く。
「……両想い……、勘違い……」
執務室内の空気が一瞬で、キン、と凍った。
思わずディーがソファの上に立ち上がってぺしんとノエスの頭を叩く。
「ばっかやろ!言っていいことと悪いことがあるだろうが!」
「そうよ!ノエスちゃんのばかぁ!勘違い振られ男のフィグちゃんが絶望したらどうするの!」
エカルラートは目に涙を浮かべてノエスを責め立てている。が、どう考えてもトドメを刺しているのはエカルラートの方である。
フィグルドはイサラから離縁状を乱暴に奪い取ると、ぐしゃりと握りしめた。
「……連れ戻す……!」
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